後遺症・合併症の予防と社会復帰を目指すうえで重要な役割 術前・術後のリハビリが呼吸合併症を予防する

監修:辻哲也 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室講師
取材・文:町口 充
発行:2008年4月
更新:2019年7月

呼吸合併症の予防

このような術後の呼吸合併症を予防するため、術前術後のリハビリとして次のことを行う。

(1)禁煙

たばこを吸っていると、慢性的に気管・気管支に炎症を起こしている状態となる。たばこを吸う人はふだんから痰も多い。何より、できるだけ早く禁煙をすることだ。

(2)術前の腹式呼吸(深呼吸)の練習と、手術直後からの実践

深呼吸にもコツがあり、術後にいきなりやれといってもなかなかできないもの。前もって練習することが大事。

[腹式呼吸の方法]

イラスト
1 2 3 4と吐き
イラスト
5 6と吸う


(3)術前の排痰法の練習と、手術直後からの実践

痛くて痰が出しづらいときでも出せる方法がある。「ハッフィング」といって、深く息を吸ったところで1~2秒息を止め、続いて一気に「ハッ、ハッ、ハッ」と強く息を吐き出し、その吐き出す勢いで痰を出す方法。これも術前の練習が欠かせない。

[痰の出し方(排痰法:ハッフィング)]

イラスト
(1)まず2~3回、深呼吸をする

(2)手術した部位を手や腕でしっかり抑えます

(3)大きく息を吸い、1~2秒間止めて、「ハッハッハッ」と強く息を吐き出す

(4)数回繰り返して、痰がのど元近くまで上がってきたら、

(5)最後に咳払いをして、痰を出しましょう


(4)術後の早期離床

痰は仰向けで同じ姿勢でいるとたまりやすい。早く起き上がれば痰も出やすくなる。起きれば横隔膜が下がるので、呼吸も自然に、深くできるようになる。

呼吸訓練では、インセンティブ・スパイロメトリー(IS)という呼吸訓練器を使った訓練法も有効だ。

術後の肺合併症と入院日数について、呼吸訓練をしなかった群とISを用いて練習・実践した群、腹式呼吸の練習・実践をした群を比較した結果がある。何もしなかった群では無気肺や肺炎など術後合併症の発生が47.7パーセント、術後の呼吸不全の発生が9.17パーセントもあったが、IS群では21.4パーセントと0パーセント、腹式呼吸群では22パーセントと4.9パーセントだった。

[インセンティブ・スパイロメトリー]
写真:インセンティブ・スパイロメトリー

嚥下障害のリハビリ

食道がん手術後の後遺症としてはほかに嚥下障害がある。

術後だいたい1週間ぐらいすると経口摂取を始めるが、その際、患者の多くは多かれ少なかれ飲み込みが悪くなる。とくに手術でのどの部分の神経が損傷され、反回神経マヒ(声帯マヒ)を起こすと、誤嚥といって、食べたものが肺に入って誤嚥性肺炎を発症しやすくなる。

予防のためには、言語聴覚士(ST)などによるリハビリが行われるが、場合によっては嚥下造影検査でチェックしながら、経口摂取のプログラムをきちんと立てて行えば、誤嚥性肺炎の発生はかなり防げるはず、と辻さんは語る。

嚥下の訓練としては間接訓練と直接訓練とがある。間接訓練は食べ物を使わない訓練で、喉頭挙上訓練(俗にのどぼとけと呼ばれる喉頭隆起に手を当て、飲み込んだときに上がったままの状態を数秒間保つ訓練)など、さまざまな方法がある。直接訓練は実際に食べ物を使っての飲み込みの訓練で、食べるときの姿勢、1回の量、食べるペースなど、ここでも各種の訓練法が開発されている。

「また、食道がんの方だと、通過障害を起こして食事が満足にできなくなり、術前から栄養状態が悪くて体重が減っている人がほとんどです。そうすると、手術のときはがんばっても、手術が終わるとがっくりきて、うつ状態になったり、あまり動かないでいて寝たきりになってしまう人が多い。そういう人に対しては術後の経過も見ながら、体力アップとか持久力訓練のようなリハビリも大切です」

胃がん・大腸がんでは術後早期からの歩行が大切

他の消化器系がんの周術期リハビリでは、どんな注意が必要だろうか。

胃がんや大腸がんは、開腹手術のみなので呼吸筋への直接的な侵襲は少ない。このため、肺の合併症を予防するリハビリは食道がんのときほどは必要とされていない。ただ、80歳以上の高齢者とか、もともと歩行など日常生活に制限のある人、脳卒中などの疾患のある人などは、より積極的なリハビリを受けたほうがよいかもしれず、ケースバイケースだ。

ただ、術後の早期離床はどんながんでも必須で、胃がんの場合は翌日からの歩行が大切だし、大腸がんでも術後早期から歩行を行うことで腸蠕動(腸に物が入ると周期的に環状の収縮を行い、下部に物を移動させる運動)を促していく。

このように、消化器系がんの周術期リハビリは後遺症予防と社会復帰へ向けた大切な取り組みだが、急性期の病院では、まだまだがんのリハビリにそれほどの力が入れられていない現実がある。その背景として、病院側の認識不足もあれば、人手不足の問題もある。また、行政面での立ち遅れもあり、たとえば呼吸リハビリに有効なインセンティブ・スパイロメトリーは保険適応外で、自費購入しなくてはいけない。こうした問題点を解決し、急性期病院も含めどの医療機関でもがんのリハビリが受けられるようになってほしい、と辻さんは強調している。

[術後の肺合併症と入院日数(n=172)]

  患者群
対照(n=44) IS(n=42) 腹式呼吸(n=41)
(n) (%) (n) (%) (n) (%)
術後合併症の発生 21 47.7 9 21.4 9 22
術後の呼吸不全の発生 4 9.17 0 0 2 4.9
入院日数 9.7±5.4 7.5±3.1 7.8±3.4
(84 Celli BR) 対照:呼吸訓練をしていない群
IS:インセンティブ・スパイロメトリー
<0.05

1 2

同じカテゴリーの最新記事