呼吸器症状への対策:「がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン」を読み解く わかりにくい患者さんの苦しさ。周囲とのコミュニケーションが大切 | ページ 3
薬物療法の第一選択はモルヒネ
「薬物療法では、モルヒネが第1選択として推奨されています(弱い推奨〈2〉)。少量から使い、症状に応じて増量していくという方法をとります。一般的には1日10~20mg程度から開始することが多いですが、ガイドラインでは投与量は明記されていません。患者さんそれぞれの病態によって違いがあるためです」
病態を見分ける目が必要となるため、呼吸器内科や緩和ケアを担当している医師で、呼吸器症状の診断治療に対して詳しく、臨床経験豊富な医師の診療を受けることが重要といえるだろう。
モルヒネ以外も使用の可能性
モルヒネ以外のオピオイド(オキシコドン、フェンタニルなど)の有効性については、現時点では明確な報告がないため、推奨されていないという。
ただし、それらのオピオイドが疼痛に対して既に使用されている場合は、投与中のそのオピオイドを増量するか、または、投与中のオピオイドにモルヒネを上乗せして併用する方法が採られることがある。また、腎不全の患者さんやせん妄、便秘などモルヒネによる副作用が難治性の場合にも、モルヒネ以外の薬剤が引き続き使われることもある。
「腎機能が悪いとモルヒネは副作用が生じやすく使いにくいのです。またモルヒネは頻呼吸の人には比較的有効とされますが、呼吸予備能力が少ない人、呼吸不全が重症な人は、呼吸抑制が出てしまうので使いにくいとされています」
コルチコステロイド(ステロイド)は、がん性リンパ管症、上大静脈症候群(SVC)、がん性胸膜炎、化学療法や放射線治療による肺障害など特定の病態がある場合に使われる。
抗不安薬ではベンゾジアゼピン系薬がモルヒネとの併用で上乗せ効果があるとされ、モルヒネの効果が乏しいとき、不安により呼吸困難が増強しているような場合に使用が考慮される。患者さんの病状に応じて、薬剤を上手に組み合わせながら経過を診ていくことになる。
「治療の途上では、副作用について医療者と患者さんが情報を共有しないと充分な治療ができなくなってしまいますので、患者さんにも副作用についてしっかり理解してもらい、症状がある場合には、逐一伝えていただくことが、適切な治療を受けられることにつながります」
非薬物療法は推奨度低いが重要
1. 呼吸リハビリテーション |
2. 呼吸法のトレーニング |
3. リラクセーション |
4. カウンセリング |
医療者と患者さんとの円滑なコミュニケーションによって、功を奏する治療が非薬物療法だ。
「非薬物療法はガイドラインではエビデンスレベルは低く推奨度も低いのですがとても重要な治療手段です。私たち臨床の現場にいる医療者の間では重視されています。
非薬物療法には、呼吸リハビリテーション、リラクセーションなどがあり、これらは多くの場合、医師・看護師・リハビリ・心理士のアドバイスのもとにおこなわれますが、患者さんご自身が日常生活のなかでできることもありますので、ぜひ実践いただきたいと思います」(図5)
呼吸リハビリテーションは、肺の力を存分に発揮できるようにするのが目的だ。
とくに手術後は呼吸能が低下しているため、痛み止めを使ってでもできるだけ深呼吸をすることに努め、呼吸機能を回復させることが大切となる。そのために役立つのが、腹式呼吸だ。
「腹式呼吸は呼吸困難が発症しているときには、実践しましょうといっても、なかなか難しいですから、肺転移など呼吸困難が生じる可能性があるがんの患者さんには日頃から腹式呼吸を学んでもらっています。ゆったりと呼吸できるようになり、精神的にも安定するのです」
カウンセリングとは、患者さんの問題に対して専門家が相談援助することで患者さん自身が持っている力を引き出すこと。看護師や心理士などが、患者さんが自身でしている対処法を聞き出して、それに対して支持同意することで安心感を与えようというコーピングスキルという方法をとることもある。
「患者さんは症状を自分でコントロールできていると思うと、安心感につながるのです。腹式呼吸など、自分で呼吸のコントロールを覚えることも大切ですし、モルヒネをポケットのなかに入れておいていつでも使えると思うだけでも安心できます。息苦しくなったときに自分で酸素の吸入量を調節するのもいいでしょう」
日常生活におけるセルフケアも大切
十分な睡眠をとりましょう |
便秘に気をつけましょう |
部屋の環境を工夫しましょう |
感染症予防に心がけましょう |
深くゆっくり呼吸しましょう |
腹式呼吸を練習しましょう |
このように患者さん自身が自分でできるセルフケアを日頃からいろいろと考えて日常生活のなかに取り入れていくことが大切ということだ(図6)。
「緊張をほぐし肉体的、精神的にリラックスするための方法を身につけておくと、楽に呼吸をし、余分な酸素の消費を防ぐことができます。体をほぐしてゆったりと腰をかけて、目を閉じて、気持ちよく心地よい場面を想像しイメージをふくらませるというのもいいでしょう。睡眠を充分摂ることも大切です。感染症予防はもちろん大切ですし、便秘を治療すると、横隔膜が下がり肺が十分広がるようになります。
部屋の換気をよくすることも大切でしょう。温度や湿度はなるべく低くしておくことも呼吸に負担をかけるのを防ぎます。扇風機を顔にあてたり、うちわであおぐなど送風するのも、呼吸が楽になることを助けると言われています。
深くゆっくり呼吸をできるようにするには、好きな香りを嗅ぐのもいいと思います。たとえばオレンジが好きであれば、それでもいいでしょうし、アロマテラピーであれば、香りとともに副交感神経を優位にしてリラックスすることができます」
本人はもちろんだが、家族も日常の対処法をしっかり身につけておくことが大切だという。
「患者さんご本人が息苦しさを訴えたときには、ご家族はパニックにならずに、気を落ち着けてください。手を握って「私がいるから大丈夫よ」と声をかけて安心させたり、「吸って~、吐いて~」というように、深呼吸のパートナーになってあげることなどが大切です。そして患者さんの様子が変わってきたら早めに主治医などに相談してください」
非薬物療法の研究促進に期待
田中さんは今後について、呼吸器症状の非薬物療法についても研究を進めて有効性が証明された再現性のあるケアのマニュアルを作っていくことが大切だと話す。
「呼吸器症状と心の問題が関わっていることは間違いありません。がんで闘病中の患者さんは日々つらいでしょうが、前向きに、明るく、不安感を軽くして、治療と療養を乗り切っていただきたいと思います」