より早く、より適切な治療を!「血管肉腫」を知ってほしい

取材・文●池内加寿子
発行:2012年11月
更新:2013年4月

治療法の確立していない現状

なんとか専門医療機関に行きついても、今度は医療機関によって治療法が異なることに戸惑う患者さんも少なくない。

これが、この病気にまつわる2つ目の問題だ。症例が少ないために治療成績などのデータを集めにくいことから、治療法が確立されておらず、医療機関ごとに独自の方針で治療を行っている。そうなると患者さんは不安を抱え、手探りの状態で治療に臨まなければならない。

北里大学病院皮膚科では、病気の進行に従った治療法を定めている(図2)。これと差異の生じる例を挙げると、ある大学病院では、斑状の病変にはインターロイキン2の局所注射を行い、それが効かない場合や隆起のある病変には放射線治療を行う。また、別の大学病院では、小さい腫瘍にはインターロイキン2の局所注射と外科手術、場合によって放射線治療を組み合わせ、大きな腫瘍には放射線治療やインターロイキン2の動脈注射、転移したらタキサン系抗がん剤治療を行う。

このほか、分子標的薬治療を積極的に取り入れている医療機関もある。

さらに、がんにできた場所によって手術できるかどうかの判断も、治療の進め方に関係する。この病気は顔面の皮膚に発症するため、治療によって、目、鼻、耳などの大切な機能を損なわないようにしなければならない。また腫瘍の範囲が広い場合、手術には限界があり、その他の治療法で対応する。

それぞれの治療成績や副作用等のデータが蓄積されていない現在、どの治療法がよいのか比較のしようがなく、患者さんにとっては1日も早く信頼できる治療法が確立されることが、何より求められているのだ。

■図2 診療指針(北里大学病院皮膚科)
1期 : 原発巣のみ
1a期 : 小病変のみ インターロイキン2静注・局注+外科的切除
1b期 : 多発または拡大病変 インターロイキン2静注+インターロイキン2・LAK局注・
選択的動注+外科的切除
1c期 : 顔面への拡大病変 電子線照射(+全身化学療法)
電子線照射+全身化学療法
2期 : 原発巣+所属リンパ節転移 原発巣 : 電子線照射
リンパ節転移 : X線照射+全身または選択的動注化学療法
3期 : 原発巣+遠隔病巣(転移) 原発巣 : 電子線照射
遠隔転移 : X線照射+全身化学療法
肺転移 : 胸膜癒着術、または胸腔内化学療法
病気の初期では、小範囲外科的切除や免疫療法(インターロイキン2)などを行う。進行している場合は、放射線療法と抗がん剤治療を併用する。放射線療法は短期間で効果が認められる極めて有効な治療法である。通常の2~3倍の照射を約1カ月半の期間をかけて行う。同時に抗がん剤(タキソテールなど)は低い用量で静脈点滴法にて投与を開始する。2~3カ月の入院が必要だが、抗がん剤の点滴は外来通院で長期間継続し、再発を予防する目的のためである

医療者も症例の情報を求めている

■画像3 サイト「血管肉腫と闘うために」
■画像3 サイト「血管肉腫と闘うために」

治療法や患者さんの体験談をだれでも閲覧でき、医師と患者、家族がコミュニケーションできる

これらの課題の解決に向け立ち上げたのが、前述のサイト「血管肉腫と闘うために」だ。

治療を終え、経過観察のために定期的に通院していた山本さんは、医師と患者間のコミュニケーションを深めることが、これらの問題の解決の一助になると考えていた。そんなある日、増澤医師から「血管肉腫の患者さんは情報不足で困っている。患者さんと医師が交流するサイトができないだろうか」と相談が寄せられたのがきっかけだ。

話し合いを重ねるうちにわかったことは、医療者側にも悩みがあるということ。症例数が少ないために集めにくかった血管肉腫の治療法と治療成績、患者さんの肉声などをサイトを通して集約し、それをもとに裏づけのある治療法を確立させ、ガイドラインの作成につなげられないか。そのような増澤医師の熱意に共感した山本さんは、ソフトウェア会社を経営する友人に協力を仰ぎ、「血管肉腫と闘うために」というサイトを立ち上げた(画像3)。

山本さんはメッセージと体験談を、増澤医師をはじめとする専門医らは実名でそれぞれの治療方針を公開し、Q&Aコーナーでは質問に答えている。

立ち上げから2年。千葉県のある女性からは、血管肉腫と診断された高齢の父に代わり、放射線の副作用や、医療機関の選び方などの質問が寄せられた。

「増澤先生や私が何度か回答した結果、適切な医療機関で無事に治療を受け、元気で過ごされています」(山本さん)

病気の認知度をあげガイドラインづくりへ

■写真4 頭部を保護する帽子
■写真4 頭部を保護する帽子

山本さんの愛用の帽子。頭部を保護するために、帽子は治療中から治療後も必需品だ。山本さんの20以上の帽子は、すべて奥様のお手製。冬は羊毛、夏は綿素材など糸や編み方を変えて、スーツや普段着にコーディネイトしておしゃれに

このサイトは、不安を抱える患者さんや家族の行く先を照らす道しるべになっている。加えて、医療者からのアクセスも予想以上に多い。患者と医師をつなぎ、双方にとって必要な情報が寄せられる。

このサイトを通して治療情報や患者さん情報が数多く集まることで、治療法の確立、ガイドラインの作成に近づけてほしい。これは、この疾患にかかわる患者さんと医療者、共通の願いだ。現在、増澤医師を中心に、血管肉腫診療ガイドラインを作成中である。

ちなみに、山本さんの治療を紹介する。山本さんの場合は、他の臓器への転移はなかったが、頭髪で隠れていた頭頂部を中心に紫斑や紅斑が広がっていため手術は難しく、入院して放射線治療と抗がん剤のタキソテールとの併用療法を行った。その後は、通院して抗がん剤治療を継続したが、1カ月ほどで間質性肺炎になったため治療を中止して今に至る。

「経過観察の検査は、3~4カ月に1度。自分では完治したと思っています」

治療後7年という期間を無事に過ごしているのは、予後のよい例だ。趣味の温泉めぐりで、各地を旅行する山本さん。頭部を傷つけると再発リスクが上がるので、いつも奥様手作りの帽子をかぶり、頭皮を傷つけないように注意している(写真4)。

「このサイトが情報の交差点となって血管肉腫の認知度が上がってほしいです。そうすることで患者さんも、また皮膚科の先生方も血管肉腫の症状に早く気付いて、早期のうちに適切な医療機関で治療を受けられるようになりますから。これが私の1番の願いです」と山本さんは期待している。

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