「若年胆管がん」は労災を疑ってみる職業がんが見過ごされないシステムを!
2つの化学物質と胆管がんの因果関係

関西労働者安全センターの副事務局長・片岡明彦さんは、2011年3月、胆管がんですでに死亡した印刷会社の元社員の遺族らから労災申請の相談を受けました。このほかにも複数、20代から40代の若さで胆管がんを発症した同社の現・元社員がいると聞き、片岡さんは業務内容に起因するがんを懸念しました。
そこで、アスベスト問題で旧知の産業医科大学准教授・熊谷信二さん(公衆衛生学)に調査を依頼。すると、胆管がんを発症した元従業員らにはいずれも、肝炎ウイルスや寄生虫、胆管系の慢性炎症など胆管がんの高リスク因子がなく、原因物質として行き着いたのが、有機溶剤の、ジクロロメタンと1、2-ジクロロプロパンだったのです。
これら2つの化学物質は、皮膚や呼吸を介して体内に入ると、血液を通じて肝臓に運ばれますが、吸入量によって代謝の経路が異なります。少量であれば通常通り二酸化炭素などに分解されますが、高濃度曝露すると通常の経路では処理しきれず、胆管上皮細胞内に局在するアミノ酸の1種グルタチオンが関与した代謝経路(GST経路)で処理され、その際に胆管に発がん物質が生じると考えられています。
「胆管がんとこれら2つの化学物質の因果関係は、内外の既存の文献を少し調べれば少なくとも疑いをもつことができます。被害がこれほど広がるまで誰も気付かなかったのは、医者の問題でもなく、“気付けないシステム”に原因があります。見直していかなければ類似事件の再発は免れないでしょう」
このように片岡さんは危機感を募らせています。
職業がんを見過ごさない「問診」の工夫

「今回1つの会社で胆管がんの患者が、1998年から2005年の間に4~5人も出たのは明らかに異常事態でした。通常、患者はいろいろな医療機関に点在しているため、医師は自分の患者さんのことしか把握できません。会社に産業医がいれば気付いたでしょうが、小規模事業所には産業医を雇う義務がないし、違反して雇わない会社も少なくないのが��状です」
渦中の会社には衛生管理者もおらず、衛生委員会も設置されていなかったという。
しかも、今回の事件を契機に行われた学会の調査では、胆管がん患者さんのカルテの問診の職業欄はほとんどが空欄だったため、1件1件業務内容を確認する作業が大変だそうです。
「職業がんを見過ごさないためには、“職業”だけではなく“業務内容”の記載が必要で、保険番号や履歴をもつ患者さんの情報を医療機関以外で一元的に管理するなど、“原因”にだどり着きやすいシステムを国が構築するのも一手です」
こう片岡さんは考えています。
被害者の会を結成し受診の声かけを行う

「臭いがつらいという訴えがあれば換気を整備するとか、会社が従業員の身体を普通に気遣っていれば、ここまでの被害にはならなかったと思います。今はがんと診断されていなくとも、肝機能の検査数値が上がっている人が大勢いるはずです。その人たちと連絡を取り合って、『早く受診して』と伝えたい」
本田さんの元同僚で、今年1月に肝左葉及び胆のうを摘出、抗がん薬治療中の野内豊伸さん(34)は、やはり胆管がんを患う元職場の先輩に、「オレと同じや。早く病院へ行け!」と背中を押されて受診。印刷会社を退職して9年後、就業から16年後、肝内胆管がんと診断されました。
「ほとんどの元同僚が肝臓をやられていたから、自分だけ健康なはずはないと思ってはいました。でも、ここまでとは」
実際の肝臓は「有機溶剤に漬けたようなもの」(写真参照)で、いつまたがんが再発するかわからない不可逆性の病態に大きな不安を抱えています。
2013年4月には、「SANYO-CYP胆管がん被害者の会」(片岡明彦事務局長)が発足。胆管がんの健康被害の原因、背景を明らかにし、患者とその家族に完全な補償をと、会社・行政との折衝、各種調査への協力、職業胆管がんのリスク保持者の発掘・支援を継続的に行います。
野内さんは話します。
「5年以上あそこで働くと、がんになった人のほうが、がんにならなかった人より多い。かなりの高リスクです。辞めた元同僚を探し出して一刻も早く検査や治療、労災申請を勧めたいが、それには会社の協力が不可欠です。個人情報を盾に情報提供を拒むのではなく、元従業員の命を第一に考えてほしい」
これまで労働環境の改善を求める声に耳を貸さなかった会社には、「情報の公開で償ってほしい」と要請します。闘病中の元上司には、「どうか恐れずに真実を明かしてほしい」と呼びかけています。
「1週間の入院・手術で、僕には約53万円もの請求が来ました。これを自費で払って亡くなった人はどれほど苦しい思いをされたかと思う。年配者や再就職が難しい人では、発症後も在職するケースもある。たとえ退職して何年経ってもがんになる可能性が高いのですから、労災の時効撤廃は当然必要です。さらに、若年で胆管がんを発症した人には、ぜひ労災経緯がないかを検証してほしいし、何かあれば被害者の会が窓口になり、ノウハウを伝えたい。専門医にかかるべき疾患としては、労災で賄われる区域以外への通院費も一律に補償をしてほしい」
このような交渉も検討中です。
金属・ガラス加工業など多業種の現場で常用されている有機溶剤ですが、厚生労働省のホットラインに事業主から寄せられた相談件数は少なく、従業員を守る意識の向上が望まれます。
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