患者を決して不安にさせない主治医と妻に救われました 灰谷健司 × 鎌田 實
相続問題にアピールした「ずっと安心信託」
鎌田 ところで、私は信託銀行の業務はがん患者さんと関連深いと思っていますが、三菱UFJ信託銀行の「ずっと安心信託」という商品がヒットしているようですね。この商品はいつできたんですか。
灰谷 平成23年3月です。私たちが相続業務をやっている中で、相続で問題になる点が3つあるんです。第1は相続税問題、第2は相続争い、第3は相続手続きに時間がかかり、亡くなった人の銀行預金が下ろせず、葬儀費用も支払えないという問題です。亡くなった人の預金を下ろすには、相続した人全員の印鑑や印鑑証明書、戸籍謄本などが必要になるんです。それに対応する商品として開発されたのが、「ずっと安心信託」です。
鎌田 ものすごくヒットしていると聞きました。
灰谷 おかげさまで(笑)。これは“コロンブスの卵”なんですよ。みんな、こういう商品があるといいなと思っていたけれど、なかなか思いつかなかった。
鎌田 「ずっと安心信託」に入っておけば、収入が少なくなってきたときに、毎月年金のようにお金が払い戻され、その人が亡くなったときには、預金が封鎖されることなく、指定された人が下ろすことができ、さらに残った資金は指定された人に年金のように払い戻される。そういう商品ですよね。
灰谷 まさしくそのとおりです。発端は、その人が亡くなったとき、葬儀費用など当座の費用を、残された人が一時金としてすぐに下ろすことができるようにするということでした。それに加えて、生前本人が定期的に受け取る機能と、本人が亡くなった後、指定されていた人が定期的に受け取るという、3つの機能を無料で付けたわけです。
鎌田 最近、一般の家庭でも相続でもめるケースが増えており、全国の家庭裁判所に持ち込まれる相談件数は、年間18万件にも達しているようですね。
灰谷 その背後には、相続問題で家族の関係が悪化した方が、その何倍もいらっしゃると思います。
鎌田 2015年1月から相続税が厳しくなり、これまで4人家族なら財産8,000万円以下の相続には税はかからなかったのが、4,800万円に引き下げられるようです。
灰谷 仮に東京で古い家だけを相続した場合でも、土地の価格が高いため、相続税がかかり、税金を支払うためには、家を手放さざるを得なくなることがあります。また1軒の家を2人の兄弟で相続する場合、家は分けられませんから、兄弟でもめる可能性がありますね。
遺産を公平に分けることは不可能?
鎌田 相続は難しいですね。一生懸命働いて、仲よくやってきた家族が、親が亡くなったのをきっかけに、骨肉の争いをするというのは、話を聞くだけで切なくなりますね。どうすればいいんですか。
灰谷 やはり遺言を書いておくことでしょうね。不動産があったり、介護をしたりしていると、遺産を公平に分けることはほとんど不可能です。遺産相続は遺す人が分け方を考えてしっかりした遺言を書いておくことが大事です。
鎌田 私は万が一のときのために、遺言を書こうとしています。葬式はお経は短く(笑)、質素で心のこもったものに。お清めの食事は精進料理ではなく、焼き肉やカレーを(笑)。その他、いろいろな自分の思いを書き、最後に、女房には苦労をかけたから、財産はすべて女房に。これではダメですか。
灰谷 いえ、奥さまがいらっしゃる方は、そういう方が多いですよ。なんだかんだと言っても、奥さまが一番大事ですから。ただ、法律的には子どもにも最低限の相続分である遺留分というのがあります。子どもが「奥さまに全部」を納得すればいいですが、子どもは遺留分を主張することはできます。
鎌田 それから私は、自宅として「岩次郎小屋」という、育ての親の名前を付けた丸太小屋をつくってありますが、この小屋をとても愛しているんです。この小屋は350年もつと言われたので、これを最終的には長男やその子どもに相続してもらい、350年にわたって代々持ち続けてもらいたいと思っています。岩次郎への思いを含めて、そのことも遺言に書くつもりです。
灰谷 遺言に財産の分け方だけでなく、分けた理由や自分の意思を遺すことは大事なことです。そうすれば、きっとその人の意思は代々受け継がれます。
信託銀行がお手伝いする正しい相続・遺言の仕方
鎌田 聞くところ今年から売り出した、孫に対する「教育資金贈与信託」も好調のようですね。
灰谷 今年の税制改正で、一定の子どもさん・お孫さんなどに教育資金を一括して贈与した場合、贈与税は非課税になりました。それに合わせて、私どもでは「孫よろこぶ」という商品名で、教育資金贈与信託を始めたわけです。これが大ヒットして、半年足らずで1万7,000~8,000件の申し込みがありました。
鎌田 1人の孫に上限1,500万円贈与できるということですね。
灰谷 実際はお1人当たり平均700~800万円というところですね。
鎌田 この「孫よろこぶ」では手数料は取らないんですよね。
灰谷 「ずっと安心信託」もそうですが、私たちはこれらの商品で儲けることは、あまり考えていないんです。ただ、これまで信託銀行はあまり知られていませんでした。信託銀行に預けたことなどない、という人がいっぱいいらっしゃいます。ですから、こうした相続とか贈与といった商品をきっかけに、信託銀行に足を運んでほしいと思っています。
鎌田 近々、12冊目の本を出されるとか。
灰谷 以前、『相続の落とし穴』という本を出しましたが、今回は『遺言の落とし穴』です。遺言は大事ですが、書けばいいってもんじゃないですよ、という内容の本です。遺言を書く人は増えていますが、遺言が原因でトラブルになっている例も少なくありません。トラブルになった12の事例を通して、遺言の落とし穴とトラブルになりにくい書き方を明らかにしました。
鎌田 どんなトラブルがあるんですか。
灰谷 遺言書が見つからないとか、内容がよくわからないとか、財産や相続人が変わってしまったといった問題があります。そういう問題を回避するためには、やはり専門家に相談して遺言を書き、見直し・管理することが大事ですね。信託銀行は相続・遺言の専門家がいて、担当者が常に相談を受けられるようにしていますから、お役に立てると思います。
鎌田 それにしても、灰谷さんはがん治療を何度も乗り越えてきていらっしゃるわけですが、とてもお元気で、声も大きいですね。
灰谷 痛みが出ているときは声も小さくなりますが、今は痛くも痒くもなく、仕事も充実していますから、声も自然と大きくなりますよ(笑)。
鎌田 これからは相続・遺言問題がますます重要になってきます。灰谷さんのように難しい相続・遺言問題をやさしく説明する人材は欠かせません。がんとの闘病は大変でしょうが、ますますのご活躍を期待しています。

と灰谷さんを激励する鎌田さん
同じカテゴリーの最新記事
- 遺伝子を検査することで白血病の治療成績は向上します 小島勢二 × リカ・アルカザイル × 鎌田 實 (前編)
- 「糖質」の摂取が、がんに一番悪いと思います 福田一典 × 鎌田 實 (後編)
- 「ケトン食」はがん患者への福音になるか? 福田一典 × 鎌田 實 (前編)
- こんなに望んでくれていたら、生きなきゃいけない 阿南里恵 × 鎌田 實
- 人間は死ぬ瞬間まで生きています 柳 美里 × 鎌田 實
- 「鎌田 實の諏訪中央病院へようこそ!」医療スタッフ編――患者さんが幸せに生きてもらうための「あたたかながん診療」を目指して
- 「鎌田 實の諏訪中央病院へようこそ!」患者・ボランティア編――植物の生きる力が患者さんに希望を与えている
- 抗がん薬の患者さんに対するメリットはデメリットを上回る 大場 大 × 鎌田 實 (後編)
- 間違った情報・考え方に対応できる批判的手法を持つことが大切 大場 大 × 鎌田 實 (前編)