今日めげるのがもったいない。今日できることは、今日したいんです 「深見賞」受賞者 渡辺禎子さん・「佳作」受賞者 西山きよみさん × 鎌田 實
孫の出産と重なって肺がん手術をキャンセル
鎌田 渡辺さんは長女が出産のとき、今度は50代で肺がんになりますが、自分の手術を延期して、長女の出産に立ち会おうとしましたよね。一貫して子どもたちを優先している。
渡辺 私が最初に胃がんの手術をしたとき、そのあとの家事を支えてくれたのは長女でした。それで私は子どもたちのために生きていきたいという思いが強かったんです。しかも、そのときは孫の出産だったんです。だから、手術の予定日も決まっていたんですが、自分勝手にキャンセルしたんですよ。
鎌田 病院もびっくりしたでしょうね。
渡辺 予定日が重なってしまったので、気持ちが長女の出産のほうに行ってしまったんです。そうしたら、院長先生から電話がありまして、「いのちの保証はできませんから」と言われました。
鎌田 それで予定どおり手術はしたんだね。長女はその経緯を知ってるの?
渡辺 ええ、知ってます。
鎌田 長女としては、お母さんが自分のことを思ってくれるのは嬉しかったでしょうが、最終的にはお母さんが手術を受けてくれて良かったんじゃないかな。
渡辺 キャンセルするときは何の迷いもなかったんです。子ども優先の考え方ですから。しかし、院長の声を聞き、「肺がんは怖いんだよ!」と言われたとき、やっぱり手術に行くことにしました。
鎌田 それで良かったんですよ。そして、長女は無事出産したんですね。今は2人のお孫さんのおばあちゃんになってどうですか。
渡辺 よくぞここまで生きてこられたという気持ちです。
鎌田 肺がんのあと、60代になって乳がんになった。ショックだったでしょう。
渡辺 いや、自分自身はそれほどショックではなかったのですが、周りの状況がちょっと大変でした。私が乳がんになったとき、主人が悪性リンパ腫だったんです。そのとき、主人優先ですから、乳がんのことを隠してしまったんです。主人が寛解になるまで8カ月かかりました。その退院のメドがついたときに、私の乳がんが見つかったものですから、入れ替わりで入院するのもどうかと思って、言い出せなかったんです。長女に相談したら、「両方の面倒を見るから大丈夫」って言ってくれました。結局、主人は長女が見てくれました。
鎌田 乳がんは再発したんでしょう?
渡辺 1年弱経ったとき再発し、それはとることができました。その後、また再発したんですが、それは血管についているらしいということです。まだ小さいので様子を見ている状態です。「胃がんのとき抗がん薬を使っているので、こんど手術するときは��射線を使いましょう」と言われていますが、すべて主治医の先生にお任せしています。
鎌田 がんとの闘いを続けながら、心理学の勉強をしたり、絵を習ったりしているんですね。
渡辺 病気と向き合っていると、どんどん年月が過ぎ去っていきますよね。それでいつの間にか、病気のことはちょっと横に置いといて、やりたいことを優先するようになってしまいました。
鎌田 そのたあたりは『がんサポート』の読者のヒントになりますね。がんに支配されるのではなく、母親としての仕事はきちんとやりながら、自分を成長させることをしっかりとやっている。
渡辺 皆さん、そうじゃないかと思います。
長寿の秘訣は生きがいと絆 ふたりはその実践者
鎌田 そうか。西山さんもご自分の病気のことより、ご主人のことを優先された。どうしてそうなれるんでしょう。
西山 鎌田先生のご本に、人のことを考えて生きていると、元気になるホルモンが出てくる、というようなことが書かれていましたよね。
鎌田 オキシトシンというホルモンですね。相手のことを考えて生きていると、オキシトシンが分泌され、回り回って自分が元気になる。
西山 私、そうなんやと思いました。主人が亡くなったあと、少し落ち込みましたが、その後、東日本大震災で多くの人が亡くなられたのを見て、私は本当に恵まれている、このままおばあさんになったらあかん、何かせなあかん、と思いましたもん。
鎌田 今、奈良で何か地域活動してるんですか。
西山 平成25年3月にNCN(奈良キャンサーネットワーク)若草の会というがん患者会が設立され、『がんサポート』にも取り上げていただきましたが、私もそのお手伝いをしています。NCNでは、「珠のコトノハ――がん患者のたまゆらの手記とサポート情報」というがん体験記の小冊子を7000冊作りましたが、私も無我夢中で編集のお手伝いをさせていただきました。また、「あけぼの奈良」という乳がんの患者会のお手伝いもしています。忙しくて、「悲しい」とか「しんどい」とか言ってる暇がないほど、充実した毎日を送っています。
鎌田 私が暮らしている長野県が最近、長寿日本一になりました。その要因をいろいろ調べてわかってきたことのひとつに、高齢者の就業率の高さがあります。高齢になっても生きがいを持って働き続けることが大切なんです。また、ハーバード大学のイチロー・カワチ教授は、住民同士の絆が深い地域ほど寿命が長いと言っています。つまり長寿の秘訣は、生きがいと絆なんです。おふたりとも、がんに支配されず、家族の絆に支えられ、生きがいを持って生きていらっしゃる。がん患者さんの生き方の大きなヒントになると思います。
西山 そうだと嬉しいです。
鎌田 渡辺さんは今も乳がんとの闘いの最中ですが、全然負けていない感じですね。
渡辺 やはり今日が大切なんですね。へんな言い方ですが、今日めげるのがもったいない、という感じなんです。今日できることを、今日したいんです。そして、毎日、朝早く、主人とウォーキングをしたり、主人はマウンテンバイク、私は自転車で走ったりしています。その途中、公園でラジオ体操に出合ったら、私たちも参加しています(笑)。これからの季節は雪との闘いですが、雪かきもいい運動になります(笑)。
鎌田 西山さんは乳がんの手術から3年、何かとくに心がけていることはありますか。
西山 週1回、フィットネスヨガと月2回、ラフターヨガ(笑いヨガ)に行ってます。
鎌田 いい笑顔をしてるわけだ(笑)。
西山 それから、私も渡辺さんと同じようにウォーキングをしています。主人と歩いていた道を歩いていると、大きな川に必ずコイがいるんです。主人はいつも、「オイ、コイがいてる、いてる」と言って、嬉しそうに数えていました。私もその場所へ来ると、ついついコイを数えてしまうんです。歩いていると、一緒に桜を眺めたこと、ドングリを拾ったことなど、主人との思い出が次から次へと蘇ってきます。
鎌田 ご主人がまだそばにいるんですね。
西山 そうですね。先日も、お仏壇に『がんサポート』を見せて、私の「夫婦でがん」が佳作に選ばれたことを報告したんですが、「照れくさいなぁ」という声が聞こえてきたような気がしました(笑)。
鎌田 本日、こうしておふたりにお目にかかり、お話をうかがって、おふたりの作品を選んで良かった、と改めて思いました。おふたりとも本当にいい笑顔です。いつまでもお元気であることを祈っています。ありがとうございました。

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