「あきらめた」からこそ、生きる力が湧いてくるのだと教えられた 小林弘幸 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2014年6月
更新:2018年8月


血流がよくなれば がん治療にもよい

鎌田 それはがん闘病中の人にも当てはまりますか。

小林 これは仮説になるかもしれませんが、血流が良くなれば、薬や抗がん薬が効くようになり、がん治療にもいいと思います。それから、いまヨーグルトを使った実験を行っているところですが、ヨーグルトを食べると腸のぜん動運動が刺激され、末梢の血流が上がると同時に副交感神経が上がり、ストレスホルモンが減るんですよ。

鎌田 それはヨーグルトでなくても、他の発酵食品でも大丈夫ですか。

小林 大丈夫です。長野県が長寿日本一になったのは、長野にはいろんな漬け物があることも、1つの要因かもしれませんよ。また先日、長野県の松本・飯山を訪ねましたが、千曲川をはじめ素晴らしい景色でした。あの景色を見て暮らしていたら、それは長生きするだろうって感じました(笑)。

鎌田 美しい景色を見ても、副交感神経が刺激されるんですね。

小林 人間って美しいものを見て感動したときは、最高の呼吸になっていますよ。

鎌田 ため息でもいいですか。

小林 ため息はいいですよ。心配事があって沈んでいるときは、呼吸が浅くなっており、そのリカバリーショットで「はぁーっ」とため息をつくんです。ため息をつくと、血流もさぁーっと上がります。

鎌田 私は脱力系ですから、こうして話しているときも、時々、失礼だと思いながら、だらーっとリラックスする姿勢をとってしまいますが、これはいいんですかね。

小林 いいですね。それを体が求めているんですよ。人間、緊張して体をこわばらせていると、どうしても気道は狭くなるし、消化管は圧迫されますし、横隔膜は押しつけられますからね。ですから、体をゆったりさせることはいいことです。人間って上手くできているんですよ。

がん治療中の患者さんも副交感神経を動かせ

鎌田 私最近、副交感神経を動かすために、普通より3倍ぐらいゆっくりしたラジオ体操を始めました。ラジオ体操の中のいろんな動きの2個か3個しかやらないんです。きょうも特急「あずさ」の中で、トイレに立つふりをして、ゆっくりした深呼吸などをやってきました。随分ラクになるんですよ。

小林 人間は呼吸を意識しない生き物です。しかし、どんな理論を展開しようと、人間は呼吸が止まったらお仕舞いです。生きるも死ぬも呼吸次第です。そういう意味では、いま一度、呼吸の大切さを見直す時期なのかもしれませんね。呼吸は社会保険と一緒で、当たり前のように思われて、あまりありがたみを感じないような部分がありますが、呼吸はタダですから、1日1~2回でも、呼吸を意識して生活したらいいと思います。

鎌田 じゃあ、私の2~3種目のゆったりラジオ体操はいいんだ。

小林 いいことですよ。もともとラジオ体操をつくった人の思いは、鎌田さんのようにゆっくり、しっかり呼吸をすることにあったのかもしれませんよ。

鎌田 がんと闘う場合も、ときどき、肩の力を抜いて、副交感神経を刺激すると、リンパ球が増えて、免疫力が上がると考えていいですか。

小林 それをやると、やらないのとでは、かなり違うと思うのは、抗がん薬治療も放射線治療も、両方とも交感神経を上げる治療じゃないですか。

鎌田 そうだ。肩に力を入れて我慢しなければならない。

小林 それに、がんの治療をしていると、消化管が動かなくなってくる。ですから、どこかで力を抜くことが必要だと思うんです。千利休のお茶ではありませんが、静かな心になってふっと気をぬける時間がほしいですね。私は写真は素人ですが、1日1枚、写真を撮ることにしています。きょうは聖橋の上から、神田川を流れていく桜の花びらを撮ってきました。それが1日1回、ふっと気を抜く私の手段になっています。

昔の人が残した言葉を医療最前線で噛みしめる

「医療の最前線でも、もう一度、昔の人たちが残した言葉を噛みしめるべきだと思います」と話す小林さんに「現代医療への教訓になる言葉がありそうですね」と返す鎌田さん(小林さんの教授室で)

鎌田 私は『がんばらない』という本を出していますが、きょう小林さんのお話を伺って、私が言う「がんばらない」ということは、副交感神経を刺激することなのかなと感じました。

小林 ほんとにそうだと思います。

鎌田 実は私は最初に『がんばらない』という本を書き、次に『あきらめない』という本を出したんですが(笑)、小林さんの考え方に通底するものがあると思いますね。

小林 「がんばらない」と「あきらめる」は一緒だと思います。ただ、私の「あきらめる」健康法も、最後は「あきらめない」というところに到達するでしょうね。

鎌田 最後に、小林さんは順天堂大学病院で「便秘外来」を開設されていますが、すごい人気のようですね。

小林 いま申し込んでいただいても、6年半待ちの状態です。

鎌田 6年半! 東京五輪が終わってしまいますね(笑)。

小林 それはともかく、便秘外来に来る人は、もちろん便秘に悩まされている人ばかりですが、私がレントゲン写真を撮って、「いや、これはたいしたことはありませんよ」と言うだけで、治る人が結構いる。また、治ると思っている人より、あきらめている人のほうが治りやすい。ですから、私は「お腹が張る」「残便感がある」と困っている人には、「治ると思わないほうがいいですよ」と言うんです。治らないと腹をくくると、すぅーっと気持ちが抜けて、血流、呼吸が良くなり、便秘が治るんですね。

鎌田 大腸がんで便秘に悩む人が多いようですが、何かアドバイスを。

小林 食物繊維をきちんと摂ること、歩くこと、笑うこと、この3つですね。

鎌田 水はどうですか。

小林 毎朝、コップ1杯の水を一気に飲む。それだけで全然違いますよ。私はそれで生きていますよ(笑)。私が最近よく思うのは、「急がば回れ」とか、「早起きは三文の得」とか、昔の人たちはいいことをいっぱい言っているなということです。『ネイチャー』以上のデータだと思います。

鎌田 なるほど。副交感神経のことを言ってるんですね。

小林 そう思います。

鎌田 「情けは人のためならず」などは、「幸せホルモン」と言われるオキシトシンのことを言っているようですよね。

小林 「二兎を追う者は一兎も得ず」というのも、2つの治療法を追いかけて、かえって血流を悪くして、両方とも失敗することを表しているような気もします。そういう意味では、医療の最前線でも、もう一度、昔の人たちが残した言葉を噛みしめるべきだと思いますね。

鎌田 面白いね。調べてみると、結構、現代医療への教訓になる言葉がありそうですね。当時は科学的根拠がなかったかもしれないけれど、今なら根拠があると科学的に説明できるかもしれない。きょうは小林さんと私の考え方がクロスオーバーしていることがわかって楽しかった。ありがとうございました。

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