心がワクワクしないと 病気は治りません 上田紀行 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2014年7月
更新:2018年8月


母の膵がん闘病により 親子の絆を結び直した

鎌田 お母さんは『推定無罪』などの翻訳家として知る人ぞ知る存在でしたが、晩年は膵がんと闘われたんですよね。

上田 母は一時、「あなたが家を出て行かないなら、私が出て行く」と言って、ニューヨークのマンハッタンに移住し、向こうを拠点に女流翻訳家として仕事をしていたんです。膵がんが見つかったのは、70歳で翻訳家を引退し、75歳で一念発起してスペイン語を習い、グアテマラに何回も旅行したあとでした。「背中が痛い」と言う。医師の義父から、「背中の痛みはよく調べたほうがいい」と精密検査を勧められ、検査を受けたところ、膵がんの4Bでした。その頃、私も「がんサポート」を買って、膵がんに関する記事をくまなく読みましたよ(笑)。

鎌田 お母さんのがん闘病に立ち合い、いろんなことを学ばれたとか。

上田 そうですね。母が免疫療法を受けているとき、毎週月曜日に私が運転して病院に連れて行きましたが、クルマの中でいろんなことを話しました。いい時間を持てたと思います。母も、月曜日になると元気を取り戻す感じでしたね。また、大病院の中には、標準治療にこだわって、患者サイドが他の治療を試したいと言っても、頑なに拒絶する医師がいることも知りました。

鎌田 患者さん側は、何か違う治療を受ければ、張り合いも出てきますから、頭ごなしに拒絶する必要はないと、私は思いますけれどね。お母さんは基本的には在宅ケアだったんですか。

上田 マンションの私たちの下の部屋に住まわせました。図書館で1人12冊まで本を借りられるんですが、私と妻の分も含めて、一度に36冊も借りてきて、それを1週間で読んでいましたね。その旺盛な好奇心には驚くと同時に、改めて尊敬の念を持ちました。また、私の娘ととても仲よくなり、娘が本を読んでやっていることもありました。妻も献身的に世話をしてくれました。

母は82歳で亡くなりましたが、最後が近づいたある日、私と妻を呼んで言ったんです。「あなたを20年間育ててあげて、あなたも迷惑だったろうけど、私も大変迷惑だった。この1年で少しは元をとったつもりだわ。だけど、陶子さん、あなたは1日として私が育てたわけじゃないのに、どうしてここまで良くしてくれるの。本当にありがとう」って。あの毒舌の母がこんなことを言うなんて……、あとで私はひとり、号泣しましたよ。

「心がワクワクしなければ 病気は治らないんだよ」

鎌田 上田さんも救われましたね。がん患者さんたちが生きる意味に近づくためには、どうしたらいいですか。

上田 難しい質問ですねぇ(笑)。結局、孤立してはダメです。人間社会にはエネルギーの流れがあり、自分もその流れの���にあるということを、常に意識することです。例えば、私も今になって思いますが、母から私に受け継がれ、私から子どもに受け継がれる、いのちのバトンタッチとでも言うべき流れがある。そういういのちのエネルギーを、周りの人たちとの関係の中で交換できているときに、生きる意味が見えてくると思います。

鎌田 スリランカの人たちの悪魔祓いの儀式の中に、そういう部分がある。

上田 私は20代の頃から、お祭りにはどういう意味があるのか、ということを研究テーマの1つとしていました。当初はどちらかと言えば、参加者が一体化するお祭りの熱狂のほうに関心があったんですが、スリランカの悪魔祓いに出会って、心身が不調だった人が集団的な熱狂の中で、心身を甦らせていくという、治癒と言うか癒しの部分に焦点を当てるようになったんです。

鎌田 最近、「癒し」という言葉は、いろんな場面で使われていますが、そのきっかけをつくったのは上田さんだと言われてますね。

上田 私ほど厚顔無恥にデカイ声で、「癒し」と言った人はいない(笑)。

鎌田 スリランカの悪魔祓いが癒しにつながっていくポイントは?

上田 スリランカは識字率が95%と高く、国民のほとんどが字が読める。また、150年に及ぶイギリスの統治により、どんな田舎の村々にも西洋医学のクリニックがある。しかも医療費はタダです。だから、スリランカの国民はすべて、ベーシックな医療を受けることができます。

しかし、子どもが不登校になるとか、お父さんが農作業にも出ず酒浸りになっているとか、西洋医学では治らない心身の不調は起きるわけです。そういう場合、占い師などから悪魔憑きだと言われ、患者さんの家の前で住民総出の悪魔祓いの儀式が行われるわけです。

私が最初、「なぜ悪魔祓いの儀式で病気が治るのか」と訊いたとき、偉い呪術師から「どんな患者も心がワクワクしないと、病気は治らないんだよ」と言われ、ショックだったことが忘れられません。そして、「どんな人に悪魔が憑くのか」と訊くと、「孤独な人」という答えが返ってきました。これだ、と思いました。周りの人たちから温かい目で見られている人には、悪魔は憑かないんです。

悪魔祓いの儀式の背後に 大いなる釈迦の存在が

「日本社会もお天道さまやご先祖さまとつながりながら、みんなで幸せを求めていく社会にすべきです。そのカギは団塊世代が握っています」と話す上田さんに「団塊のひとりとして真摯に受け止めておきます」と応える鎌田さん

鎌田 悪魔祓いの儀式は、孤独で不調に陥った人を、周辺住民総出で癒し、救済する儀式なんだ。

上田 儀式は徹夜で行われ、子どもたちも最後まで参加します。途中までは緊張感を伴う雰囲気ですが、最後に悪魔祓いをされた人をはじめ、みんなが笑う場面になり、子どもたちも笑い転げながら見ています。悪魔祓いの儀式によって、不調の人が癒され、治っていくことを、周りの人たちが総出で祈り、祝福する。その様子を子どもたちが目の当たりにする。

悪魔祓いを知っているから、仮に心身が不調になっても、無差別殺人のような行為には走らない。そういう意味では、病むことにも意味がある。スリランカでは悪魔祓いの儀式によって、病み方を教育しているとも言えますね。

鎌田 その底には、祭りで共同体を維持する、確固たる文化がある。悪魔祓いの儀式の後半は、一種の直会ですね。心理療法のリラクゼーション、イメージ療法につながる感じがします。

上田 悪魔祓いを初めて見たとき、がんイメージ療法のサイモントン療法に似ていると感じました。がんを空爆して殲滅するようなイメージのサイモントン療法は、今では少し古い考え方となっていますが、持っているイメージによって、その人の生きる力を最大限引き出すことができることは確かです。スリランカでは、お釈迦さまの大いなるイメージが背景にあり、悪魔祓いもお釈迦さまへの帰依が前提にあって、不調の人が生命力を取り戻すことができる、という考え方になっています。

鎌田 日本社会ももう少しワクワクするような人と人のつながりを構築していかないと、本当の幸せは得られませんね。

上田 つながりとしがらみは違います。がんじがらめにするつながりは、真のつながりではありません。日本社会はもう少し大らかなつながりを大切にする必要があります。スリランカの社会のつながりは、お釈迦さま、仏さまとつながっています。

日本社会もお天道さまやご先祖さまとつながりながら、いま生きている人たちとの幸せを、みんなで求めていく社会にすべきです。そのカギを握っているのは、団塊世代の人たちですよ。

鎌田 団塊のひとりとして真摯に受け止めておきます。ありがとうございました。

直会=祭りの終了後に神前に供えた御饌御酒を神職、参列者で載くこと

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