バイオマーカーによる乳がんの完全な診断システムは今年完成します 落谷孝広 × 鎌田 實 (後編)

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2015年2月
更新:2018年8月


1回採血するだけで 13種類のがんを検診!

鎌田 ということは、マイクロRNAはがんが生き延びるためのゲリラ部隊みたいなものですね。

落谷 ゲリラ部隊です。がん細胞は、血管新生を起こさせたり、リンパ管を誘導してきたり、攻撃してくる免疫細胞をしびれさせたりする、自分に有利なマイクロRNAを、自分自身が分泌している。そういう意味があるものだからこそ、マイクロRNAはがんの初期から分泌されるんです。

鎌田 なるほど。マイクロRNAはがんの早期発見に欠かせない物質なんだ。

落谷 従来の腫瘍マーカーとは決定的に違います。

鎌田 新聞報道では、マイクロRNAという微小物質を使った検診により、1回の採血で13種類のがんを発見できるシステムが可能になるかもしれない、と報じられましたね。国立がん研究センターには、膨大な数のがん患者さんの血清が保管されており、どんながんだったかも記録されている。今後、その血清からマイクロRNAを調べ、がんの種類と照合していけば、どの程度のエビデンス(科学的根拠)かがはっきりする。そういうことですね。

落谷 基本的な基礎研究は、せいぜいやっても100例ぐらいで、それで論文も書けます。しかし、バイオマーカーとして活用するまでには、もっと検証を積み重ねる必要があります。私どものところには、70万検体の血清がありますが、ひとつのがんで1,000例あれば、確実な答えが出せます。しかも、それには詳細な臨床データが付随していますから、この患者さんがどういう治療をし、いつ転移したかなどに関して、すべてのステージの血清があります。そのマイクロRNAを調べていけば、短時間でエビデンスが出てくると思います。

画期的バイオマーカーを健康診断で使えるように

鎌田 がんの診断だけでなく、がんの進行度なども、マイクロRNAで推測がつくわけですね。

落谷 2,578種類のマイクロRNAのうち、何番目のマイクロRNAが上がっているかを見れば、どのがんかがすぐにわかります(図1 参照)。また、術前に上がっていたマイクロRNAが、術後は下がり、再発してまた上がる様子も一目瞭然です(図2 参照)。3㎜の小さな肝がんでも、はっきりと数値に出てきます。これを放っておく手はないと思いました。

図1 血液中の特定のマイクロRNAが特定の「がん」で上昇
図2 血液中のマイクロRNA-Xを見ることで体内の「がん」の状態が一目瞭然

鎌田 これに国は79億円���いう破格の予算をつけたんですね。

落谷 しかも、お金を出したのは経済産業省です。普通なら厚労省、基礎研究部門なら文科省が出すところですが、経産省が破格の予算をつけてくれました。

鎌田 産業につなげ、世界を動かせる可能性がある、ということでしょう。

落谷 研究レベルでマイクロRNAとがんを関連づけ、がん診断、がん治療に結びつけることは、私たちのレベルでできると思います。問題は、それをクリニックレベルでもできるようにしなければならない点です。そのために、すでに経産省のリードのもとに、東レ、東芝、プレシジョン・システム・サイエンス、アークレイの4社が協力して、血清を一滴落とすだけで、短時間にマイクロRNAを計ることができる小型のバイオマーカーを開発しています。

最終的に100種類のマイクロRNAで、ほとんどのがんを特定できるようになる。これまでは大掛かりながん検診で大変でしたが、これからは健康診断のレベルで、血液を一滴採れば、がんかどうか判定できるようになると良いと思っています。

鎌田 バイオマーカーはもうかなり具体化されているんですか。

落谷 かなりわかってきています。実際に、かなりの高い精度で、がんかそうでないかを見分けるところまできています。

鎌田 私のような地方の医者が使えるようになるまでには、何年ぐらいかかりますか。

落谷 バイオマーカー自体は5年後にはできてます。問題は、それが主な13種類のがんについて完全な診断システムを揃えられるかどうかです。とりあえず乳がんは今年をメドに完成します。最近、乳がんをはじめ、大腸がん、肺がん、前立腺がんなどが、どんどん増えています。とくに、青年期からがんになる人が増える傾向にあります。それを救うためには、早期発見が第一です。そのためには、バイオマーカーを1回2万円以下で、健康診断で使えるようにしたい。

マイクロRNAにより がん治療法も変わる

鎌田 バイオマーカーができたら早期発見が可能になり、がんの治療法も変わりますね。

落谷 例えば大腸がんは、こうしたマイクロRNA診断で、がんがまだ粘膜下層にとどまっている状態で発見できる可能性がでてきましたから、内視鏡で取れば治療は終わりです。問題なのは、進化した最新テクノロジーで、見えすぎてしまい、普通なら消えていってしまう「がんもどき」でも診断してしまうことがありますが、マイクロRNAによる診断はこうした擬陽性、擬陰性等の問題点を克服してくれる可能性が期待されています。

鎌田 肺がんでも小さくて判断がつかないとき、「念のために取っておきましょう」ということがありますよね。

落谷 もちろんマンモグラフィやCT検査は非常に大事で、マイクロRNAなどの新しい診断技術で発見されたがんは、それぞれのがん種に特有の診断システムで精密診断をする必要がありますが、いずれにしても早期かつ正確ながん診断は必要です。現在、大腸がんの便潜血反応の陽性の人で、実際に大腸がんだった人の確率は、日本人で4%強です。残る96%近い人はハズレなんです。その点、擬陽性の少ないバイオマーカーが確立すれば、的確な診断ができるようになるはずです。

鎌田 バイオマーカーの開発・普及によって、人間はさらに健康で幸せに長生きできるようになりそうですね。最後に、マイクロRNAはがんの根本的な治療につながりますか。

落谷 そこがポイントですね。マイクロRNAには機能があって、がんの発生や悪性化に関与している。ということは当然、がん細胞がなぜマイクロRNAを使っているか、ということにつながってきます。それはやはり、がん細胞がどうしたら優位に生体の中で生き延びるか、ということだろうと思います。

ということは、マイクロRNAは単なるマーカーではなく、何か悪さをしているはずです。その機能を検証して、そのマイクロRNAの分泌をしないようにする。そのターゲットがわかれば、製薬会社はその仕様を参考に、創薬につなげることができ、治療にも応用できる。先日、マイクロRNAに関するフォーラムがあり、120人の研究者が集まりましたが、創薬メーカーの人たちが多かったですよ。

鎌田 マイクロRNAに関する話は、読者に夢を与える、とても興味深い話でした。世界に先駆けたバイオマーカーの実用化を楽しみに待ちたいと思います。

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