自分と自分以外の生き物の連環を考えるようになりました 山口ミルコ × 鎌田 實
「つぎのひと、くる」というタイガの先住民の生き方
鎌田 さて、『毛の力』は、かつてヨーロッパで最高級の毛皮として珍重されたクロテン(黒貂)に会うために、極東シベリアの針葉樹林帯、タイガの森を訪ねる物語ですが、最後のほうに「つぎのひと、くる」という一節がありますね。タイガで生活する先住民デルスは、狩りをして肉と毛皮をいただくと、残りは森に生きる動植物のためにその場に置いてくる。つまり「つぎのひと、くる」という考え方は、未来の人間や動植物を含めた「いのちの循環」なんですね。「つぎのひと、くる」、いいですねぇ!
ミルコ いいでしょ。私も気に入っているんです。
鎌田 それから「殺しながら生きる」という見出し部分の冒頭、「ウサギは淋しいと死んでしまう。/猫は好奇心で死んでしまう。/マグロは止まると死んでしまう。/生き物って、いとおしいなと思う」、この部分を読むだけで、この本は値打ちがあるなぁと思った。
ミルコ ありがとうございます。
鎌田 ミルコさんはがんになる前、六本木のマンションに住み、ベンツを乗り回していた時期があったようですが、そういう生活をしていた人が今は、「望むものは自分の脳と感情を豊にする、魂を磨く経験……」と書いている。
ミルコ それ以外、何があるという感じですね。今の私には、それがいちばん大事です。
鎌田 マンションもベンツも要らない。
ミルコ くれると言われても、困りますね(笑)。
鎌田 それが「つぎのひと、くる」という心なんですね。「毛皮の道(ファーロード)」の話を書きながら、人間の生き方に結びつけているところがすごい。
ミルコ 取材していくうちに、何か大きな話になってしまいました。
鎌田 そもそもロシアの「ファーロード」を書こうと思ったのは?
ミルコ 実は私の父が北洋材貿易の仕事に従事したことがあり、私の名前もその縁で「ミルコ」なんです。それでロシアの話を書くことになったんですが、ある方から、「あなたは『毛のない生活』でデビューしたのだから、その次を書くべきだ」とアドバイスされたんです。『毛のない生活』後の私を書くことと、ロシアの話を書くことが、途中でひとつになって、想像もしていなかった本になりました。
鎌田 ミルコさん自身、予定調和の人ではないからね。いろいろ伏線を張りながら結論にもっていったのではなく、一生懸命取材し、必死に生きていたら、そこに辿り着いたという感じですよね。
ミルコ 何かに導かれるようにして、次々に取材していったんです。これが私の過���1 年の生活そのものであり、お目にかかった人が全員、登場します。やっていったら、そうなった。
クロテンに会いに行く旅で身体が丈夫になりました
鎌田 『毛のない生活』のその後と、お父さんと縁があるロシアを取り上げるという中で、どうしてクロテンに興味を持ったの?
ミルコ ロシア史、シベリア史関係の本を読み漁っていたら、クロテンがやたら出てきたんです。それに私、昔、付き合っていた人に「テンに似てる」って言われたことがあるんですよ。
鎌田 ウサギとかリスとか言われると思っていたら、テン!
ミルコ 「テンって、何!」という感じでした。調べてみたら、すごい雪深い森にいる、滅多に捕まらない、警戒心の強い動物だとわかりました。
鎌田 その男性からすると、ミルコに恋してるのになかなか捕まえられなかったからじゃないの。
ミルコ あっ、先生、ロマンティックなこと言いますね(笑)。さすが、詩人ですね。でも、彼のおかげでテンを知っていたから、こうして1冊の本が書けました。
鎌田 クロテンは「走るダイヤモンド」とか「やわらかい金」と言われたように、その毛皮が欧米で珍重され、ひと頃はロシアの外貨収入の30%を占めていた。
ミルコ ロシアがヨーロッパとつながるために欠かせない産品でした。
鎌田 しかし、乱獲されたために数が減り、最近はなかなか会えない。ミルコさんはそのクロテンに会いに、極東シベリアのタイガ地帯へ何度も行ったんだ。行くたびに心身が強くなった?
ミルコ 丈夫になりましたね。だって、ロシアへ行くと楽しくてしようがないんです。私に合っていたんですね、今でも、このまま住みつきたいです。
鎌田 ロシアは面白い国ですよね。普通、日本人は文学、音楽、バレエなど文化でロシアが好きになるんですが、私はチェルノブイリで、ミルコさんはクロテンでロシアと深い接点を持った。
ミルコ 私たち、ニッチですよね。
「タイガの一滴」は「大河の一滴」に通ず
鎌田 『毛の力』で、ミルコさんが初めてタイガの森に入っていき、タイガの森が人間や動植物のいのちの連環を育んでいると実感する場面のタイトルは、「タイガの一滴」となっていますね。
ミルコ やはり先生には気づかれましたね。私が出版社時代に担当し、ベストセラーになった五木寛之さんの『大河の一滴』を使わせていただきました。
鎌田 300万部売ったという伝説的な本ですよね。やっぱり、ミルコさんがタイガに入っていったとき、『大河の一滴』に通底するいのちのつながりを感じたんだ。
ミルコ 全ての動植物のいのちを支えている「一滴の水」というイメージが、タイガの森にもあったということです。『毛の力』はまだ発売されて日が浅いですが、何か牛とか馬とか、いろんな動物が喜んでくれているような気がします。
鎌田 五木さんは読んでくれているかな?
ミルコ そんなこと、私は知りませんよ。でも、五木さんはロシアに詳しい方ですからね、読んでいただけたら嬉しいですけど。
鎌田 結局、『毛の力』ではクロテンに会えなかったんですよね。
ミルコ 会えてません。すでに続編に取りかかっていますが、次作でも会えないかも知れません。一生、会えないかも知れない。でも書きます。
鎌田 人間と動物、植物を含めて世界の調和をとらなくてはならないことを、現代人は忘れていますからね。クロテンとの邂逅を求めながら、「タイガの一滴」の尊さを訴え続けてください。最後に、がんの経過観察は続けていますか。
ミルコ それを訊かれるとまずいと思ってドキドキしていたんですが、実は私、その後、1回も病院に行ってないんです。どこか悪くなると、「もしや」と思うことがあるんですが、行かないんです。クロテンに会う旅は、何かに呼ばれ、支えられて行っている気がしています。どこへ行くのかわからないけれど、神さまが見て、応援してくださっていると思って、この旅をやり遂げるために、日々真面目に暮らすよう努めています。
鎌田 科学的な医療はほどほどに利用しながら行ったほうがいいと思います。ミルコさんにとって人生って何ですか。
ミルコ 生まれてきて何かするということですね。
鎌田 今、それは見つかっている?
ミルコ 毎日やっていることが、そのまま何かをすることにつながっています。
鎌田 それは大きなことでなくてもいい?
ミルコ 小さなかたまりが、ある日大きなことになることもあります。とにかく今やることが大事です。
鎌田 生きていて面白い?
ミルコ 面白いですね。楽しいかどうかは別にして、自分に何が起きるかわからないことが面白い。それを書いて、誰かが面白がってくれればいい。
鎌田 前回も最後にお願いしたかと思いますが、こんど一度、私の本も編集してくださいよ。忘れないでね。ありがとうございました。

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