がんと闘う免疫力を上げるには腸内環境を整えることが大切 辨野義己 × 鎌田 實
腸内細菌の研究のため 毎日1.5キロの肉を
鎌田 大腸がんにならないためには、肉を減らして野菜を多くすればいいんですか。
辨野 肉1に対して、野菜3の割合ですね。私は大腸がんと腸内細菌の研究テーマを与えられたとき、1日1.5キログラムの肉を40日間、食べ続けました。ハム・ソーセージなどの加工肉を朝に300グラム、昼に500グラム、夜は700グラムのステーキを毎日、研究費で食べ続け、羨ましがられました(笑)。しかし、苦しかったですよ。途中でギブアップした仲間もいました。
鎌田 それで結果はどうなりました?
辨野 やはり便が変わってきました。黒くなり、臭くなりました。腸内細菌を調べると、善玉菌が減り、悪玉菌が増えていました。発がんに関係する菌も増えましたね。動物性脂肪を摂れば摂るほど、腸内環境が悪くなることは明らかでした。
鎌田 辨野さんの『免疫力は腸で決まる!』(角川新書)の中に書いてありますが、人間は60兆個の細胞から成り立っており、そのうち2兆個が免疫細胞で、その6割が腸に集まっているということですが、なぜ免疫細胞は腸に集まるんですか。
辨野 やはり外部から入ってきた物と一定期間接するのは腸ですからね。外部から入ってきた物を排除したり、危険な物から身を守るのは、小腸・大腸の免疫機能しかないんです。
鎌田 ということは、大腸がんだけではなく、いろんながんと闘う免疫力を上げるためには、腸が勝負なんですね。
辨野 そういうことです。あらゆる臓器の中で、大腸は最も疾患が多い臓器だと言われています。小腸と大腸を合わせると、身長の4~5倍の長さがありますが、大腸は1.5メートルほどしかありません。その大腸の中に腸内細菌がたくさん棲んでいる。小腸にはそれほど多くはいません。小腸には酸素が入ってきますし、消化酵素も出ますから、細菌が棲むのに適した条件ではない。大腸にはビフィズス菌のような、酸素があると生きられない嫌気性菌が棲んでいる。この地球上でいちばん酸素がない世界は、私たちの大腸の中なんですよ。
遺伝子で腸内細菌を解析し「21世紀は腸の時代」に
鎌田 大腸は細菌が棲みやすいんですね。
辨野 そうです。なぜかと言えば、上から送り込まれた食べかすと、はがれた腸の粘膜を餌にして、ぬくぬくと生きられるからです。大腸に棲んでいる細菌は善玉・悪玉含めて、99.99パーセント、嫌気性細菌です。これは酸素があると生きられない細菌ですから、それを掻き出して調べることは、長い間、難しかった。ところが1990年代になって、遺伝子を使って腸内細菌を解析する方法が確立されたために、腸内細菌の研究が進んで、「21世紀は腸の時代」と言われるまでになったのです。そして最近では、腸内細菌ががんのみならず、肥満、糖尿病、自閉症、うつ病などとも関連することがわかってきました。つまり、これまでブラックホールだった腸内細菌に光が当たり、今では、あらゆる病気の原因が腸内細菌にあるとまで言われるようになってきています。
鎌田 2兆個の免疫細胞のうち1.2兆個が腸にあるわけですから、人間の健康を考える場合、腸を軽視することはできませんね。
辨野 腸内細菌は大腸の粘膜にびっしりとくっついています。これを全部掻き取ると重さは約1.5キログラムになると言われています。その菌は子どもがお母さんから産まれてくるとき、お母さんから受け継いだ菌で、子どもは終生その菌を持ち続けます。問題はそのとき受け継いだ菌の質です。
最近の若い女性は便秘気味の人が多く、腸内細菌の質が低下していますから、そういう質の悪い腸内細菌を受け継いだ子どもは、たまったものではありません。
腸内細菌は老化し 腸内ビフィズス菌が減少
鎌田 以前、ある種の病気の人に、正常な人の便をお尻から大腸に入れてやると、治ったりするという話がありましたよね。
辨野 ありました。潰瘍性大腸炎では、肛門から健康な人の新鮮な大便を入れることによって、急性期から寛解に持ち込んだというデータがありました。
鎌田 それは異常な腸内細菌が潰瘍性大腸炎を引き起こしていた可能性があるということですね。
辨野 そういうことだと思います。最近、ヨーロッパあたりでは大便移植法といって、口から便を移植する療法が行われていて、日本でもいくつかの大学病院で始まると聞いていますが、私は大便移植については慎重論を唱えています。
大便は病原菌の危険度を示すバイオハザードのレベル2に相当し、私たちが大便を扱う場合も、安全キャビネットの中で扱っています。現在、正常な腸内細菌とは何なのか、まだ誰もわかっていないんです。大便移植が効果があるのかどうかも、まだはっきりしていませんし、効果があるのが菌なのか、成分なのかも明確になっていません。もう少し慎重になったほうがいいと、私は思います。
鎌田 辨野さんは20代のときの自分の腸内のビフィズス菌を保管していて、疲れたときなどに飲むんだそうですね。
辨野 はい。保存してある20代のときのビフィズス菌を増やし、凍結乾燥粉末にして飲みますね。
鎌田 腸内細菌が年齢とともに老化していくことがデータでわかっていたんですか。
辨野 歳を取るとともに、腸内のビフィズス菌が減少するんです。ですから自分にいちばん合ったビフィズス菌を持っていれば、これほど強いものはないと思って保存していたんです。
鎌田 そうか。いくらヨーグルトを食べても、自分に合うものでないと、効果は定着しないんだ。
辨野 ヨーグルトのビフィズス菌が腸内を通過するときに、その人の腸内のビフィズス菌が増えることが大事なんです。
鎌田 なるほど。自分の若いときのビフィズス菌を飲むと効きますか。
辨野 効きますよ。ただ普通、自分の若い頃の腸内ビフィズス菌を持っている人はいませんよね。ですから、「お孫さんのビフィズス菌を採ってトライしたらどうですか」と言うんですが、やった人はいませんね(笑)。
良い腸内環境から出る便は 軽くてトイレの水に浮く
鎌田 要するに、免疫力をちょうど良い状態で保つことは、人間の身体にとって大事なことですが、それを腸内細菌がコントロールしているということですね。
辨野 そのコントロールを左右しているのは、ほとんど食品だということです。どんなものを食べれば腸内環境をよく保てるか、そこが大事ですね。そして、毎日、正常なお通じがあるかどうかがポイントです。歳を取ってきますと、どうしてもお通じが悪くなってきたり、賽便になって臭いがきつくなったりします。そして、腸内細菌も善玉菌が減り、悪玉菌が増えるなど、腸内環境も悪化してきます。私自身は50代のとき、腸内環境がかなり悪くなってきたので、食の改善や運動によって改造に取り組み、現在は30~40代の腸内環境を維持しています。
鎌田 私は長野県で「健康づくり運動」をやり出した頃、よく言ったのは「軽いウンチを出しましょう」ということです。長野県は今では日本一の野菜摂取県になっていますが、野菜をちゃんと食べているかどうかは、ウンチが水洗トイレの水に浮くかどうかでわかるんです。人間はあまり軽々しくてはいけないから、「人間は重々しく、ウンチは軽々しく」と、あちこちで説いて回りました(笑)。
辨野 大便の80パーセントは水で、残りの3分の1は食べかす、3分の2は生きた腸内細菌と剥がれた腸の粘膜で構成されているんです。食べかすの部分に野菜の食物繊維が入れば入るほど、ウンチは浮いてくるんです。だから、バナナのようなきれいなウンチより、ごわごわしてほどけそうなウンチがベストだと思います。
鎌田 長野県は以前は脳卒中が多い県でしたが、今や日本一の長寿県となりました。その要因の1つが野菜を多く摂るようになったことです。それによって、がんも減った。また、ある食品会社が各都道府県別に、ウンチの形状、排便時間の長さ、臭いなどを調べたところ、長野県が日本一の大便に選ばれました。これらは結局、野菜をたくさん食べ、腸内環境を良く保った結果だと、今日のお話で納得しました。ありがとうございました。

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