「ナノマシン」が体内を循環し、診断・治療することができるように 片岡一則 × 鎌田 實 (後編)

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2015年7月
更新:2018年8月


がん治療だけではなく 認知症、動脈硬化にも

鎌田 進行性膵がんを照準に、シスプラチンを使った「ナノマシン」の臨床試験が、台湾、シンガポールなどで行われているんですね。

片岡 日本でその膵がんの臨床試験が行われていないのは、シスプラチンが膵がんの適用になっていないからだと聞いています。しかし、台湾などで膵がんに対する臨床試験が上手く進んでいるので、いずれ日本でも膵がんの臨床試験に進むと思います。

鎌田 「ナノマシン」が認められれば、がん治療に新時代が到来しますね。基本的な質問になりますが、「ナノマシン」はどのように投与するんですか。

片岡 現在のところは全て血中投与ですね。

鎌田 静脈注射?

片岡 そういうことです。将来的には経口投与ができるようになる可能性はあります。経口投与は腸管から吸収されることになりますが、腸管や脳の血管はがんの血管とは全く反対で、すごくバリアー性が高いんです。ですから、すき間を通って入り込むという戦略ではダメです。どうしたらいいのかと言えば、まさに玄関をノックして入るしかないんです。それも今、研究中ですが、先ほどの分子バーコードをつけるという考え方です。

ミセルの表面に特殊な分子をつけて、例えば頭の内側の内皮細胞に結合させると、特殊なシグナルが送られて内皮細胞に小さな穴が開く。その穴を通って脳の中にミセルが入り込んでいくという仕組みです。まさに小児麻痺のウイルスがやっていることと同じ仕組みです。アルツハイマーは、脳にアミロイドベータというタンパク質がたまって、正常な神経細胞が壊れ、脳萎縮が起こることが原因だと言われていますが、その原因物質をつくる元の酵素を抑える薬を脳の中に送り込む技術もできてきています。将来的には、「ナノマシン」はがん治療だけでなく、そういった方面にも応用できると思います。

鎌田 動脈硬化が起きている部分だけに薬を投与するということもあり得ますね。

片岡 あり得ます。動脈硬化への対応は比較的やさしいほうかも知れません。動脈硬化の部分は細胞が剥がれていますから、血管の透過性はあります。それを利用して薬を集中的に投与すればいい。なおかつそれに分子バーコードをつけておけば、それに合う特定の細胞集団だけ結合でき、動脈硬化を改善できる。

mRNAを活用すれば、再生医療に活用できる

鎌田 血管の内膜の荒れている部分だけを再生してくれる可能性もありますか。

片岡 あります。最近、細胞を使う再生医療が行われていますが、私たちの体の中にあ��細胞は、ある意味で皆、再生能力があります。その中でもいちばん再生能力が強いのが幹細胞です。iPS細胞は山中伸弥先生が人為的につくられた幹細胞ですが、私たちの体の中にはもともとオリジナルな幹細胞があるわけです。

それがなぜものを再生しないかと言うと、刺激が入らないからです。何が刺激かと言えば、皆、タンパク質です。ある特殊なタンパク質があるタイミングで、そこにいる幹細胞に作用すると、幹細胞の遺伝子の値が変わって、神経なら神経、筋肉なら筋肉に分化するわけです。ですから、そういう分化を誘導するタンパク質を与えれば、細胞を使わなくても再生をすることは、原理的に可能なんです。

鎌田 なるほど。タンパク質によって再生を誘導できるんだ。

片岡 できるんです。ただ、一時的にタンパク質をパッパッとかけても、そう簡単にはそういうことは起きない。ある一定期間にわたって、良いタイミングで複数のタンパク質を機能させないとダメです。ここがなかなか難しいところです。できるとしたら、遺伝子注入法。遺伝子を送り込んで、遺伝子の暗号にしたがってタンパク質をつくってしまう。要するに、薬を届けるのではなく、その場で薬をつくってしまうのです。そういうことが可能になれば、タンパク質によって再生することが可能になります。ただ、遺伝子治療の場合は、常に安全性の問題がつきまとうことは事実で、企業がなかなか乗ってこない。したがって、遺伝子を使うことは、将来はともかく今は難しい。

しかし、通常細胞の中で遺伝子からの転写によって産生されるメッセンジャーRNA(mRNA)は、その暗号が翻訳されてタンパク質になります。遺伝子そのものの場合、1個の遺伝子を入れると、何百個、何千個のタンパクができますが、mRNAは遺伝子よりひとつ下流にあるので、遺伝子ほど多くのタンパク質はつくれません。しかし、直接タンパク質を入れるよりは多くのタンパク質ができ、なおかつmRNAは染色体に入り込む危険性はありません。だから、私たちが今やっていることは、mRNAを「ナノマシン化」することです。

「ナノマシン」から細胞移植まで 幅広くなる将来の再生医療

鎌田 従来はmRNAは使われていなかったんですね。

片岡 これまでなぜできなかったかと言えば、もともとmRNAは不安定で、とくに水中で不安定なんです。また、mRNAが生体内に入ると、体はこれを異物として認識し、自然免疫機構を刺激して生体内で強い炎症反応を引き起こすのです。だから、mRNAは薬としては使えない、ということになっていました。しかし、これを「ナノマシン化」すれば、「ナノマシン」の中に保護されていますから、免疫反応は起きません。だから、安全に生体内でタンパク質をつくることができるようになります。したがって、これを使えば、動脈硬化の部位でタンパク質をつくるとか、脳の中でアミロイドベータをとばす酵素をつくるとかができるようになります。

鎌田 動脈硬化も改善できるし、認知症もなりにくくなる。移植もしなくて済むようになる可能性もありますか。

片岡 再生医療のある部分に関しては、細胞を使わなくても治療できる可能性は十分あります。例えば、脊髄損傷でも事故に遭った直後であれば、まだ十分再生能力はありますから、細胞を元気にするmRNAを「ナノマシン」で入れてやれば、自然治癒力を刺激して再生できる可能性は十分あります。それから、これから増えてくる高齢者の変形性関節症も、初期の段階にmRNAをミセル化して注射すれば、十分対応できると思います。

ですから私たちは、再生医療にはmRNAを使う段階から細胞を使う段階までいろいろあると考えています。再生医療も「ナノマシン」によって、お金がかかる「オートクチュール医療」から大衆的な「ブティック医療」まで、いろんな選択肢ができればいいと思います。

鎌田 「ナノマシン」を「体内病院」と称するのは、何もがん治療に限ったことではなく、再生医療、高齢者医療なども含めての話なんですね。

片岡 病院は英語で「ホスピタル」。「ホスピタリティ」とか「ホステス」に通じる言葉で、要するに「おもてなし」ですよね。「ナノマシン」は体内の「おもてなし機関」なんです。ただ、「ナノマシン」をいきなり「ヘルスケアに使ってください」と言っても通じません(笑)。最初はやはり「シックケア」に使っていただく。そして実績が上がってきたら、早い時期に病気に備える「先制医療」に使っていただきたいですね。

鎌田 先日、スキーで骨折しまして、全治3カ月と言われてます(笑)。今「ナノマシン」があったら良かったと(笑)。

片岡 そうですね。毎日、ふりかけみたいに体に摂り入れていれば、骨の再生が早まったでしょうね(笑)。

「将来的には『ナノマシン』を病気に備える『先制医療』に使っていただきたいですね」と話す片岡さん
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