遺伝性がんの予防的切除は保険適用にしてほしい 太宰牧子 × 鎌田 實
大きな勇気をもらった アンジーの勇気ある決断
鎌田 2013年に、女優アンジェリーナ・ジョリーが遺伝性乳がんになるのを避けるために、乳房切除をしましたが、あのニュースを見たときどう思いました?
太宰 当時、私がBRCA1とか2とか、HBOCとかいっても、周りの人は誰も知らないので、せいぜい家族と話すくらいで、ひとりで悶々としていたんです。彼女がBRCA1に変異があると聞いて、もう、うれしくって(笑)。
鎌田 仲間ができたと(笑)。
太宰 私はハリウッド大女優と一緒なんだ、何てことだ! と思って(笑)。彼女が勇気を奮って自分の経験を話してくれて、いろんな選択肢があることを広めてくれたことが、とても嬉しかったです。私自身もこの事についてもっと人と話せるようになるのかな、と思いました。
ところが、テレビのどのチャンネルを観ても、「なぜ健康な乳房を取るの」「大女優だから、お金があるからできるんだ」「所詮、売名行為だ」など、彼女に対する批判ばかりでした。女性のコメンテーターですら、「がんにもなっていないのに切除するなんて、信じられません」って言ってました。なぜ彼女が乳房を取るに至ったのか、その経緯を説明しないまま批判している。なぜそこを取り上げてくれないんだと悔しくってひたすらテレビの前で泣いてしまいました。私がHBOC当事者の会「クラヴィスアルクス」を立ち上げたのも、アンジェリーナ氏から勇気をもらったのは事実です。
鎌田 大事なことは、マスコミの論調に左右されることなく、医学の進歩をどう自分に生かすか、自己決定することです。遺伝性のがんになる可能性がある人が、乳房や卵巣を切除するのは、将来少しでも長生きをして社会に貢献するとか、家族のために尽くしたいとか、それなりの思いがあるわけです。しかし、それは苦渋の決断ですよ。一方、私は手術をしないというのも1つの決断であり、そういう人がいてもいい。いずれにしても、苦渋の決断を自己決定で行うことが必要だと思います。
アンジェリーナ・ジョリーは乳房を全摘したあと、卵巣も取りましたね。太宰さんは左乳房を全摘したわけですが、右乳房や卵巣は?
太宰 左乳房を取るときに、「右も一緒に取ってください」って頼んだんですよ。
鎌田 えーっ! 大胆な人だねぇ(笑)。
太宰 でも先生から「右は保険適用じゃないよ。別料金になるよ」と言われ、仕方なく片側だけにしました(笑)。私は、リンパに転移があったので、同時再建が出来ませんでしたが、数カ月前に再建手術も終わり、次は右乳房の前に、卵巣の予防的切除を考えようと思います。
保険適用にしてほしい 遺伝性���んの予防的切除
鎌田 そういう状態の中で、昨年5月、「クラヴィスアルクス」を立ち上げたんだ。ラテン語で「クラヴィス」は「鍵」、「アルクス」は「虹」、「虹色の世界を開く鍵」という意味だとか。
太宰 はい。主治医が考えて下さいました。術後3年経過した時点で、乳腺や遺伝子診療の主治医に「患者会を作ります! 私にしかできないと思います!」と宣言して作りました。先生には「つらいことがあるかも知れないよ」と言われましたけれどね(笑)。
私はまだ、リスク低減手術を経験していないんですが、手術をやった人たちの感想や、生の声を聴きたい、遺伝性がんの患者さんたちと話し合いたいと思って立上げました。
私自身、検査を行い、納得して全摘手術を受けたことが、良い結果につながっていますからね! そろそろ、卵巣の予防的切除をしてもいいと思っているのですが、胸も取って卵巣も取って大丈夫かなという思いがちょっとだけあって、まだ踏み切れないんです。単に女性として寂しいのだと思います。
鎌田 そういう不安が少しでもあるうちは、しばらく悩んでいたらいいんじゃないですか。エイヤッと決断できるときが来たら、決めればいい。これは人生観というか感性の問題で、いつがんになるか不安でしようがないというのであれば、取ってしまえばいいし、太宰さんのように自分の触診で左乳房のがんを見つけられたような人は、自分で体調を診断しながら、決断の時期が来るのを待つのもいいと思いますよ。
太宰 術後5年の来年を機に考えるつもりです。ともかく、いずれは取るつもりです。卵巣がんへの不安が大きいですから。
鎌田 予防的切除も保険適用になるといいですよね。総体的に考えて、予防的切除をしたほうが、その人ががんを発症してから手術する場合より、医療費は少なくて済みますし、生存率も高くなりますよ。
太宰 それが私たちの会の目標のひとつなんです。遺伝子変異を持っている人は、がんを発症するかもしれないと不安を抱えて暮らしている方が多いのです。そんなハイリスクな人たちがリスク低減手術をするのに、なぜ保険適用されないのかと思います。お金がかかるからと、自分の望んでいる医療を受けられないのはとても残念なことです。検査も予防的切除も高額という現状を何とか改善していきたいですね。
患者さんから感謝された「クラヴィスアルクス」設立
鎌田 日本の医療は遺伝性のがんに対する意識が、まだまだ低いと思います。多くの外科医は、がんは取れば終わりと考えている。また、社会にも遺伝性のがんに対する認識が薄いですよね。
太宰 私は遺伝性がんであることを隠したくないんです。ですから名前もきちんと出して会を運営しています。遺伝子変異を持ちがんになる可能性があったとしても、発症するとは限りませんし、発症して抗がん薬治療もし、健側乳房を残していても、こんなに元気に活動もできます。そして、発症前にリスク低減手術を行った人の思いもあります。そういうことを会の活動を通じて、社会にどんどん発信していきたいです。専門的なアドバイスはできませんが、私や会の仲間の経験は惜しみなく伝えていくつもりです。
鎌田 「クラヴィスアルクス」の会を設立してよかった。
太宰 よかったです。多くの方から電話やメールをいただきます。「自分は遺伝性のがんであることを子どもに言わないで生きてきた。会の活動をテレビで見て、涙が出て来ました」という連絡もいただきました。
鎌田 会の当面の目標は、患者さんたちの交流、情報交換と、これから検査を受けようとしている人たちへの情報提供、そして、遺伝性乳がん・卵巣がんに対する日本社会の意識を高め、予防的切除を保険適用にすることですね。
太宰 はい。自分も学びながら、遺伝性のがんを正しく理解していただくこと。患者さんをはじめ遺伝性がんに関わるご家族や、検査を受けるか悩んでる方に役立つ情報の提供に努めたいと思います。保険適用は私が生きている間に何としてもやり遂げます(笑)。それから、子どもたちのためにも遺伝性がんに対する差別・偏見から患者さんを守る法律の制定に取りくめたらと思います。そのために実際に何をしたらいいのか右往左往していますが、多くの人たちのご協力を得ながら、やり遂げたいと思います。鎌田先生もご協力よろしくお願いします(笑)。
鎌田 承知しました。いやぁ、きょうは太宰さんから元気をもらったね(笑)。頑張ってください。

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