遺伝子を検査することで白血病の治療成績は向上します 小島勢二 × リカ・アルカザイル × 鎌田 實 (前編)
新たな遺伝子検査でわかる 白血病と劣化ウランの関係
鎌田 私がリカさんに期待しているのは、イラクの小児白血病治療の発展に寄与してもらうことと、もう1つあるんです。それは、イラクの医師たちの中に、イラク戦争時にアメリカ軍が使用した劣化ウラン弾によって、イラクの子どもたちの遺伝子に変化が起きて、他の国の子どもたちと違うタイプの白血病が起きているのではないかという疑念がある。しかし、劣化ウラン弾が原因で小児白血病が起きているという証明は、まだされていないんです。それで私は、リカさんにはイラクの遺伝子研究のトップランナーとして、遺伝子に関する深い知識を身に付け、イラクが平和になったら、劣化ウラン弾と小児白血病の因果関係も究明してほしいと思っているんです。
小島 名古屋でも、10年ほど前に、イラクの先生たちが来られたとき、白血病の増加と劣化ウラン弾の関係を調べようという話があったんですが、当時のデータだけではその因果関係は証明できませんでした。ただ、その後、遺伝子検査が進歩し、遺伝子につけられた傷(遺伝子変異)を調べることができるようになってきました。イラクの患者さんでの遺伝子検査が進むと、我が国や欧米とは違う遺伝子変異の分布が明らかになり、それが劣化ウラン弾と関係あると判定される可能性もあります。いずれにしても、リカさんがイラクに遺伝子検査の道を開かれた意義は大きいと思います。
鎌田 それにしても、最近の遺伝子検査の進展は目覚ましいものがありますね。
小島 人間の遺伝子は3万個あります。以前は、1つの遺伝子を調べるだけでも大変だったのが、技術革新によって、数年前に3万個全てを読み取ることができる機器(次世代シークエンサー)ができました。それを使えば、比較的短時間の間に、3万個全てのDNAが読み取れます。1990年に始まったヒトゲノム計画では、1人の人間の遺伝子を読み取るのに、13年の歳月と2,300億円というお金がかかっていたのに対して、今は10万円ぐらいですべての遺伝子を読み取ることができるようになりました。そうなると、白血病に関しても、個々の遺伝子を調べるよりも、全ての遺伝子を網羅的に調べたほうが効率的です。
変異遺伝子によっては特異的に効果のある抗がん薬(分子標的薬)が知られていますので、遺伝子を検査することは白血病の治療成績の向上に直結します。名古屋大学においては次世代シークエンサーを用いて白血病の遺伝子解析をおこなっています。
イラクの白血病生存率は日本とあまり変わらない
鎌田 そのシステムは名古屋大学が開発したんですか。
小島 日本でも次世代シークエンサーを導入している施設はいくつかありますが、これを臨床的に活用している施設は、日本ではまだ多くはないと思います。鎌田さんが懸念されているイラクの子どもたちに対する劣化ウラン弾の影響も、イラクの子どもの遺伝子と日本の子どもの遺伝子を、このシステムで調べたら、明らかになるかも知れません。検体さえあれば、すぐにできますよ。リカさんはイラクの小児白血病患者のDNAサンプルをお持ちじゃないですか。
リカ 持っていますよ。
小島 じゃあ、持ってきていただければ、すぐに調べます。
リカ ありがとうございます。
鎌田 ところで、日本の小児急性リンパ白血病の治療成績は、欧米と比較すると10%ほど悪いようですが、その原因はどこにありますか。
小島 1995年頃から、日本の白血病患者さんの5年生存率は80%前後で推移しています。つまり生存率から見ると、この20年間の日本の白血病医療は進歩していないんです。小児白血病の治療プロトコールは全国共通ですので、これは名古屋大学も同じなんです。ただ、注目していただきたいのは、私たちの研究テーマは骨髄移植でしたが、再発した低リスクの白血病の患者さんの骨髄移植は、1例を除いて、全て成功しており生存率は95%に達しています。
鎌田 リカさん、今、イラクの白血病の5年生存率は?
リカ 2年生存率ですが、70~80%ぐらいです。
小島 2年生存率も5年生存率もあまり変わりませんから、ほぼ日本と同じですね。
鎌田 ISが入ってくる前は、もう少し良かったはずです。
小島 私がイラクの先生と初めて会った10数年前には、イラクでは白血病から回復する人はほとんど皆無だと聞いていましたから、随分と改善されていますね。2年前に来たイラクの先生は70%だと言ってました。私が大学を卒業して医師になった当時、日本の小児急性白血病の生存率は60~70%でしたから、イラクもそのレベルまでは整ってきたということでしょう。白血病の治療は薬があり、しっかりした血液の先生がいれば、生存率70%まではいきます。イラクもその段階まではいっていると思います。ただ、世界の先進国は90%を達成して、100%を目指しています。それと比較すると、日本の80%という数字は若干見劣りすることは否めません。問題は、これをどうやって90~100%に近づけるかです。
骨髄移植センターは総力戦の体制が必要

鎌田 イラクには骨髄移植を行う病院がなく、患者さんはインドの病院で移植を受けている状況です。しかし、7人送って4人が亡くなっている。私はとんでもないと思ったんですが、小島さんの見方は違った。
小島 7人移植して、3人しか助からないというのは、世界的に見て、必ずしも見劣りする成績ではありません。大事なことは、どういう患者さんに骨髄移植を行うかです。
鎌田 先ほど、名古屋大学では低リスクの患者さんの移植はほぼ成功しているという話がありましたが、そういうことですか。
小島 移植に入る直前に、寛解に入っているかどうか、それでほとんど決まります。移植の前に化学療法を行っても白血病細胞が減らない状態では、移植をやってもダメなんです。これは世界中、共通しています。
鎌田 イラクの白血病の生存率を上げるために、私が小島さんに、「イラクに骨髄移植センターを造りたい」と提案したら、小島さんは違う提案をされましたね。
小島 骨髄移植は、医師が移植の技術を持っているだけでは難しいのです。ウイルスをチェックするなど、いろんなことができる検査技師が必要ですし、専門の放射線技師も必要です。さらに多くの薬剤師、看護師が欠かせません。つまり、骨髄移植は感染症や*GVHDなどへの対応も含めて、1人の患者さんに多くのスタッフを必要とする、総力戦になるわけです。
ですから、いかにイラクの医師を日本に連れてきて、骨髄移植の専門医を育てたとしても、その医師がイラクに帰って欧米や日本のような骨髄移植センターをリードできるかとなると、極めて難しいと言わざるを得ません。骨髄移植センターはお金と設備があればできるというものではないんです。10年以上前に来られたイラクの先生方が、やはり「骨髄移植センターを造りたい」と言われていましたが、いまだにイラクにそれができていないということは、それだけ難しいということです。
鎌田 イラクは今、ISが入ってきており、テロも続いています。経済力も急激に落ちてきています。そういう状況では、たとえ日本政府が支援して骨髄移植センターを造ってあげても、機能しないということですね。だとしたら、イラクの白血病の子どもたちを救うには、他にどういう方法が考えられますか。
小島 ここで私は、最近、新聞などで報道されている、名古屋大学が開発した新しい治療法を紹介したいと思います。それは、次世代シークエンサーという械器を使って検出した微小残存病変(MRD)に基づいて治療を強化する方法です。
鎌田 先ほどの全ての遺伝子を網羅的に短時間で検査できる機器を使った、新しいシステムですね。
小島 従来、寛解かどうかを確かめる方法は、顕微鏡を見て、せいぜい100~200個の骨髄細胞を確認する程度の話でしたが、このシステムでは、100万個の骨髄細胞の中に白血病細胞が1個残っているかどうかまで見極めることができます。
鎌田 すごい診断システムが出てきましたね。それを今後、どのように治療に活用し、広めていくかは、次号で伺いたいと思います。
*GVHD=移植片対宿主病
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