再発難治性急性リンパ性白血病の画期的治療法 CAR-T細胞療法とは 小島勢二 × リカ・アルカザイル × 鎌田 實 (後編)

撮影●がんサポート編集部
構成/江口 敏
発行:2016年7月
更新:2018年11月


名大・信大が共同開発した 安く安全な白血病の療法

鎌田 すごい成績です。画期的な白血病の治療法がオープンになっているわけですね。

小島 いや、公開されているのはリンパ球に導入する、白血病細胞を認識する遺伝子の部分だけで、他の部分はすべて特許が絡んでおり、そこに企業も絡んでいますから、そう簡単にはできない。その難関を克服するためには、自分たちが世界でやっていない新しい方法で、特許が取れる仕組みを作る必要があります。私たちは信州大学の小児科の先生たちと協力して、安く提供できる新しい方法を開発しました。従来、先天性免疫不全の遺伝子治療にウイルスベクターを使うと、新たな白血病になるケースがありました。

鎌田 免疫不全症の治療をしている中で、患者さんが白血病になってしまうことがみられたのですね。

小島 10年ほど前でしたか、海外で遺伝子治療中に白血病が多発したケースがありましたから、私たちはできればウイルスベクターは使いたくないと考え、もっと簡単に安くできる治療法を開発したわけです。電気ショックを利用して、リンパ球にバチッと遺伝子をはめ込む方法です。実験では用いられていましたが、この方法を臨床に用いることは、これまで世界でどこもやっていませんでした。ただ、従来、この方法では遺伝子が数%しか細胞に入らなかったので、導入効率を高める必要がありました。いろいろ研究を進めた結果、現在では50%の導入効率を実現しています。チャンピオンデータでは70%が入っています。大体20%入れば実用化できるとみていましたから、もう十分実用化に耐えられるレベルに達しています。

鎌田 世界がやっていない方法を見い出すなんて、すごいことですよね。

小島 世界と同じことをやっていたのでは、特許に引っ掛かって、私たちにはその治療ができないわけですからね。

鎌田 ウイルスベクターを使わないで、自分のリンパ球の中に、電気ショックを利用して、バチッと白血病細胞を認識する遺伝子を入れる。

小島 先に述べたように、この機器にかけると、電気ショックで自分のリンパ球の中に、遺伝子がうまく細胞に組み込まれるということが、以前から実験ではわかっていました。ただ、この方法ではせいぜい一過性で数%しか入らないため、これを使うことは誰も考えていなかったんです。それを信州大学の先生が上手く工夫して、10%まで入るようにしてくださった。それをさらに、私たちも協力して、50%まで高めたわけです。

CAR-T細胞療法の値段はアメリカでは5,000万円!

鎌田 ���の治療法は患者さんにどの程度効くんですか。

小島 試験管の中の白血病細胞に普通のT細胞を入れても、白血病細胞はほとんど死にませんが、私たちのCAR-T細胞を入れると、白血病細胞はほとんど死にます。試験管の中だけでは十分ではないので、次はマウスを使う実験をやりました。免疫不全のマウスに白血病細胞を注入すると、マウスは1週間ほどで白血病になり全部死んでしまいます。しかし、CAR-T細胞を入れると、白血病細胞は全部死んでマウスは生き残ります。ここまで確認すれば、それが人間に効かないわけはないと確信しています。あとは臨床試験にもっていく段階です。

ただ、問題はやはり医療費が高額な点です。アメリカではこの治療を受けると、5,500万円かかります。お金持ちは受けられるが、お金のない人は受けられないんです。

鎌田 アメリカはウイルスベクターを使っているわけですね。だとしたら、日本のほうがより安全で、安くこの治療が受けられるようになる。

小島 そうです。2年前のことですが、私が主治医であった白血病の患者さんが、再発を繰り返していよいよ治らないということになりました。その患者さんのご家族が医療従事者だったので、アメリカにそういう新しい治療法ができたことを知っていて、「CAR-T細胞療法をアメリカで受けたい」と希望されました。そこでアメリカの病院に照会してみると、「1億5,000万円の前金が必要だ」と言うんです。アメリカの場合、外国人はアメリカ人の倍の治療費が必要で、さらに保証金のようなものも支払わなければならないため、アメリカ人の3倍の治療費がかかるんです。

鎌田 とんでもない話ですね。

小島 しかし、患者さんのご家族は「どうしてもCAR-T細胞療法を受けさせたい」と希望されました。そこで愛知県の新聞がその話題を報じたら、たちまち1億2,000万円が集まったんです。そこで、自己資金を含めて1億5,000万円揃えて、「さあ、行きましょう」となったとき、アメリカの病院から連絡が入り、「今まで海外の患者さんを受け入れたことがないから、やはりダメだ」と断られ、結局、その患者さんは亡くなられました。そのとき、やはり日本の患者さんは日本で引き受けなきゃダメだと感じました。

低廉な医療の提供か 企業の収益の向上か

「医療はどんな境遇にある人も安く平等に提供されるべきものと考えています」と話す小島さんとリカさん

鎌田 小島さんは最近、小児医療分野でのアジア諸国との連携にもチャレンジされているようですね。

小島 2年前からアジア各国の小児がんセンターとコンソーシアムをつくって、共同研究とか情報交換をしています。実は、昨年北京に招待されたとき、初めて知ったのですが、中国ではもうすでにCAR-T細胞療法をやっているんです。何百人とやっている。アメリカでは5,000万円の治療が、中国で盛んに行われているのが不思議だと思い、中国の医師に確認したところ、中国ではCAR-T細胞療法にかかる費用は30万円だと言っていました。日本では製薬メーカーが治験を始めようとしていますが、予定している薬価はやはり5,000万円だということです。名古屋大学で製造すれば、おそらく50万円で済むと思います。問題は、なぜこんなに差がつくのかです。最近、薬の値段や治療費がどういう基準で付けられているのか、わからなくなっています。

リカ 今の最新医療の治療費のお話をうかがって、イラクと同じ地球の国のお話とは、とても思えませんでした(笑)。私は基本的に、医療はどんな境遇にある人にも、安く平等に提供されるものであるべきだと考えていますし、イラクにもそういう医療体制を築きたいと思っています。小島先生や鎌田先生に、もっともっと教えてもらわねばならないことが、いっぱいあると思います。

鎌田 名古屋大学ではいつ頃からこの治療ができるようになるんですか。

小島 これは国が認めてくれるかどうかです。1年以内に始めたいと思っているんですけれどね。たまたま今年2月に中国の深圳市である研究所で、今後、CAR-T細胞療法を盛んにしていこうという話し合いを行いました。アメリカに籍を置く中国の先生は、「自分が開発した新しい治療をアジアの子どもたちのために活かしたい」と言っていました。なぜそういうことを考えたのかと言えば、アメリカでは企業と研究施設が組んで、パテント料による収益増を図っているため、治療費や薬代が高騰し、貧困な子どもたちが十分な治療が受けられなくなっているからです。

鎌田 小島さんにも同じ思いがある。

小島 そこで私が今、心配しているのは、私たちはCAR-T細胞療法に関して、安くて安全な方法を開発し、アメリカの研究者たちからも、「安くて安全なCAR-T細胞療法を開発してくれた」と褒められていたんですが、日本で研究費を配分する国サイドは査察に来ても、これが国民の医療に役立つかということより、製薬メーカーの収益にどう結びつき、日本の成長戦略に貢献できるかどうかで評価するわけです。

そうすると、名古屋大学が新しい治療法を患者さんに安く提供することが、医薬品メーカーの収益にマイナス影響を及ぼさないかというような、妙な視点が出てくるような気がして、ちょっと心配をしています。しかし、私たちは新たな治療を安く提供したいので、寄付金で資金を賄う形でも研究を進展させたいと思っています。そして、アジアの国々にもこの治療を提供していくつもりです。

鎌田 なるほど。小島さんには、小児白血病に関する医療の現状から、新しい治療法などのお話、日本の医療の問題点まで、2号にわたって縦横に語っていただきました。リカさんも信州大学を通して、名古屋大学とのご縁があるようですから、これを機会に小島さんにいろんなアドバイスをいただきながら、イラクの医療の発展に全力で取り組んでほしいと思います。

リカ 小島先生、大変勉強になるお話をありがとうございました。特に、2つの医療最前線のお話は興味深く拝聴しました。1度、鎌田先生とご一緒にイラクへ来てください。そして、イラクの医療の現状を見ていただき、子どもたちの未来が大きく広がるよう、いろんなサジェスチョンをいただきたいと思います。

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