「ケトン食」はがん患者への福音になるか? 福田一典 × 鎌田 實 (前編)

撮影●がんサポート編集部
構成/江口 敏
発行:2016年4月
更新:2019年7月


貯蔵した体脂肪を燃やして 体内にエネルギーを補給

鎌田 要するに、がんはブドウ糖を利用して成長しているから、がんを抑えるには、まずブドウ糖を絶てばいい。しかし、ブドウ糖を絶った場合、われわれは何で生きていけばいいのか。そこで出てくるのがブドウ糖の代替エネルギーとなるケトン体で、ケトン体を産生するケトン食が有効だということですね。

福田 例えば、私たちが絶食すると、身体の中で何が起きるかと言えば、体脂肪がどんどん燃えます。体脂肪が燃えると、そこにどんどんケトン体が出てくる。ケトン体は何のために出てくるのかと言えば、血中に入って脳をはじめ体内にエネルギーを補給するためです。かつて人間が狩猟していた時代、何日も獲物が獲れない飢餓状態の場合でも生き延びられたのは、体内に貯蔵した体脂肪を燃やして、ケトン体を産生し、体内にエネルギーを補給していたからです。

鎌田 ケトン食が最初に注目されたのは、てんかんの人がケトン食を摂ると、発作が少なくなることがわかったときですよね。

福田 もう100年も前のことです。

鎌田 先日、アスペルガー症候群の患者さんを診ている精神科医に話を聞きましたが、高機能性発達障害で人間の心がなかなか読めないような人が、ケトン食を摂るようになって、他人と穏やかな関係が築けるようになったと言っていました。

福田 自閉症がケトン食で改善されたという論文もあります。また、アルツハイマーの患者さんも、ケトン食を摂ってケトン体を出すようにすると、認知機能が上がることがわかってきました。認知症の母親と意思の疎通ができなかったのが、ケトン食のおかげで母親の認知機能が上がり、普通に話せるようになったというような報告が、私のところに2例来ていますよ。

鎌田 アルツハイマーは脳細胞の炎症が影響しているのではないかと言われていますが、その炎症の原因はブドウ糖ではないかということですね。

福田 それもありますし、アルツハイマーの場合はアミロイドβタンパク質が溜まってきて、それが炎症のもとになっていますが、最近、ケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸には抗炎症作用があって、脳の機能を良くするとか、血液循環を良くするとか、抗酸化作用があるとか、ケトン体に関する新しいメカニズムの報告が次々に出てきています。かつてケトン体は毒性物質と思われていましたが、最近の考え方はまったく違います。

血糖値が上がるとがんになり ケトン体が上がるとがんは死ぬ

鎌田 それで福田さんはがん細胞を兵糧攻めにする治療法として、ケトン食を勧めているということですね。ケトン食のイメージをわかりやすく説明していただけますか。

福田 基本的には、ケトン食は「糖質を絶つ」食事です。炭水化物には糖質と食物繊維が多く含まれていますから、いかに食物繊維がいいといっても、一緒に糖質を摂ることになります。したがって、ご飯、パン、麺類、イモ類、根菜類など炭水化物は、できるだけ摂らないようにする。じゃあ食べるものは何かと言えば、脂の乗った魚、肉、玉子、チーズなど乳製品、海藻類、おから、コンニャク、葉野菜、ナッツ類――等々です。お酒は、とにかく糖質の入っていない発泡酒、焼酎、ウイスキー。

鎌田 最近、肥満や糖尿病の人に対して、「炭水化物断ち」をして減量したり、血糖値を下げたりすることが勧められていますよね。福田さんは進行がんの患者さんにもそういう食事を勧めているわけですね。

福田 そういうことです。ケトン体が上がると、がんは死にやすくなりますし、抗がん薬も効きやすくなります。逆に、血糖値が上がると、がんになりやすくなる。

鎌田 たしかに肥満だったり、糖尿病になると、腎がんになる確率が2倍近くに上がるなど、がんにかかりやすくなるようですね。

福田 国立がん研究センターがそういう調査結果を出しています。糖尿病予備軍の人もがんになりやすいですよ。なぜかと言えば、糖尿病予備軍の人のほうがインスリンの数値が高いからです。本当の糖尿病になると、インスリンはむしろ下がりますからね。インスリンががんを促進することははっきりしています。血糖値が上がることによって、インスリンが上がる糖尿病予備軍の段階では、がんはどんどん成長しますよ。

鎌田 福田さんの本に、「男性で糖尿病の人は、そうでない人に比べて、肝臓がんは2.24倍、腎臓がんは1.92倍、膵臓がんは1.85倍、大腸がんは1.36倍。女性の場合は、卵巣がんが2.42倍、肝臓がんが1.94倍、胃がんが1.61倍」と書いてある。糖尿病の人はがんになりやすく、予備軍の人はさらになりやすいわけですね。その事実が物語っているのは、人類が1万年ほど前から炭水化物を常食にしてきたことが、がんなどの現代病の根底にある、ということですね。大昔は、炭水化物の食事は、年に1、2回のお祭のときぐらいしか食べなかった。

糖類の摂取量は1日25g以下 WHOが警鐘を鳴らす

福田 250万年ぐらい前から氷河期が始まり、人類は飢えとの闘いに明け暮れていた。その頃は植物性の食物はなく、獲物を獲って飢えを凌いでいました。長い間、人類は基本的に肉食だったのです。現代人の身体の構造も基本的に肉食に対応しています。ですから、本来、肉食のほうが人間の身体にいいはずです。

しかし、1万年前に農耕が始まり、18~19世紀に起きた産業革命によって糖質をさらに産生するようになった。

鎌田 玄米のようにいろんなものが混じり合っていればいいものを、人間は小麦でも米でも、全部精製して食べるようになり、加えて糖も大量に精製するようになった。

福田 だから、近代に入って血糖値が上がってきたんです。玄米だったらいろんな食物繊維が入っているため、血糖値の上昇も遅いんです。しかし今は、砂糖、果糖、ブドウ糖、果糖ブドウ糖液糖など、わざわざ澱粉を分解して甘くしたものを、飲料や食品に入れている。ヨーグルトにもわざわざ砂糖を入れて、食べやすくしている。アメリカに肥満がものすごく増えてきているのも、コーラなどの飲料類に砂糖、果糖、ブドウ糖などが入れられているからだと言われています。昨年3月にWHO(世界保健機関)が、糖類を1日25g以下に抑えるよう忠告したのも、糖類の摂り過ぎが肥満や糖尿病の原因となり、がんなどを誘発していることに警鐘を鳴らしたわけです。

鎌田 ケトン食の意味と奥深さがわかり、さらに興味が湧いてきました。

福田さんのがんや認知症とケトン食の話に「ケトン食の奥深さがわかり、さらに興味が湧いてきました」と話す鎌田さん

糖類とはブドウ糖や果糖や砂糖など単糖類と2糖類の総称。糖類にデンプンなどの多糖類が加わったものが糖質

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