鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 エッセイスト・山口ミルコさん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
娘をミルコと名づけた父親の大いなる願い
鎌田 あなたが幻冬舎にいてくれて、私の本を出してくれたらよかったのに(笑)。それはともかく、きょうは私がインタビュアーなんだから(笑)。
『毛のない生活』の話に戻すと、あなたのお父さん、面白い人だね。娘が抗がん剤治療で毛が抜け、帽子をかぶっている姿を見て、「イイダコみたいだな」って言ったんだってね(笑)。よく言うね。
山口 うちの父、おかしいんですよ。坊主頭に少し毛が生えてきたときには、「オランウータンの赤ちゃんみたいだ」って、いちいちいじるんですよ(笑)。
鎌田 やはり娘がそういう冗談に耐えられる人間であることをわかっていて、笑わせて元気にしてやろう、と計算づくで言ってるんだね。大体、娘に「ミルコ」って名前を付けるお父さんは面白いよね。
山口 ロシア語から来てるんです。ロシア語で「ミール」というのは「平和」なんです。
鎌田 そうか。お父さんはロシアで商売をされていたんだよね。
山口 ずっと総合商社に勤務し ていて、旧ソ連時代から、ロシアの材木を輸入する仕事に携わっていました。それで「世界に平和を!」という願いを込めて、娘に「ミルコ」という名前を付けたんです。尊敬してます。
鎌田 放射線治療は苦しくなかったの?
山口 何ともなかったんですよね。
鎌田 日本人は、放射線治療をとても重い治療だと考える傾向がありますが、基本的には何ともないんですよね。骨に転移があり、体力がかなり弱った末期のがん患者さんでも、骨に放射線を当てることによって痛みがとれ、ラクになる人はたくさんいらっしゃいますからね。かつては放射線治療の患者さんには悲惨な状況もありましたが、最近は良くなっていますね。
山口 放射線は怖いという刷り込みがありますからね。私の友だちにも放射線治療を受けた人がいますが、「身体がだるい気がする」とか、「味覚がなくなった気がする」とか言ってました。しかし、気にしなければ、放射線治療は寝てる間に終わりますから、ありがたい治療です。
鼻毛・陰毛も抜け始め抗がん剤治療を中止に
鎌田 その点、抗がん剤治療は大変だったんですね。リンパ節を切除したことによって、浮腫で腕が丸太ん棒みたいになってしまった。そして抗がん剤治療によって、吐いて、便秘して、発熱して、白血球が減っていったわけですが、毛がなくなっていくときは、本のタイトルにしたほどイヤだった(笑)。
山口 抗がん剤治療に入る前がイヤだったですね。毛がなくなることもさることながら、治療によって元の自分に戻れなくなるとか、見た目が損なわれるとか、ふつうの人に見えなくなるとか、そういった恐怖に襲われましたね。ただ、実際に毛が抜け始めたときには、自分自身、観察する態勢に入っていました。薬がよく効いていたせいかもしれませんが。
鎌田 もうひとりの自分がいて、毛が抜けていく自分を見ているわけね。
山口 いましたね。
鎌田 でも、実際に毛が抜けていくときは怖かったでしょう。
山口 怖かったです。しかし、全部抜けてしまって、脇にカツラ風の毛がついている帽子をかぶるようになったときには、もう平気でしたね。
鎌田 ユニクロで買ったとか(笑)。ユニクロの帽子で十分ですか。
山口 じゅーうぶんです(笑)。お勤めでいろんな人に会われる方は別ですが、そうでない人はユニクロで十分です。
鎌田 抗がん剤はファルモルビシン(*)、エンドキサン(*)、5-FU(*)の3つを使って、4クールやったんですね。
山口 4クール全うして、その後、パクリタキセルのシリーズを半年間、やらなくてはならなかったんです。
しかし、パクリを開始して2回で挫折しました。1回目のパクリをやったとき、睫毛が全部なくなったんです。陰毛も鼻毛も抜け始めました。あとでバンド仲間の男性に、「鼻毛もなかったよね。生えてきてよかったねぇ」と言われ、よく見てるなぁと(笑)。
そして、吐き気が続き、耳の奥が聞こえなくなるような感じになりました。それで止めたんです。その後、経口の抗がん剤をどっさりもらいましたが、これも気持ちが悪くなって止めました。その他、ホルモン剤をいただきましたが、これも最近は飲んでいません(笑)。
鎌田 処方された薬を次から次へと止めてしまう。これって、何なんだろうね。何かイヤなんだね(笑)。
山口 薬って、あまり気持ちいいもんじゃないですよね。薬を飲まなくても、身体全体のシステムで何とかしてくれると信じていこうと、自分に言い聞かせています。
鎌田 食べ物とか、心持ちとか、音楽とか?
山口 そうですね。鎌田さんも書かれていますが、生き方の変更が大事だと思うんです。前と同じ生活をしていたのではダメですよね。私もそう思って、生き方をチェンジしました。いただいた仕事はできるだけ丁寧に集中してやり、あとは2~3日寝るとか、あまりガツガツしない生き方をするようにしています。
*ファルモルビシン=一般名エピルビシン
*エンドキサン=一般名シクロホスファミド
*5-FU=一般名フルオロウラシル
今は穏やかな気持ちで希望を持って生きている
鎌田 また毛の話に戻すけど、生えてきたときは嬉しかった?
山口 それがですねぇ、生えてくるときは間違った毛が生えてくるんですよ。さらさらの髪の毛ではない、剛毛が生えてきますね。頭を守ろうとしているんでしょうね。これでは元の髪型に戻れないなと覚悟していたら、時間とともに柔らかい毛に戻りました。
鎌田 毛のない生活を経験して、以前よりたくましくなったそうですね。
山口 毛も身体も強くなり、人間もちょっぴり成長しました(笑)。
鎌田 病気をしたことは、そんなに悪いことばかりではなかったと。
山口 いいことのほうが断然多いですね。
鎌田 会社を辞めたこともですか。収入は減ったでしょう。
山口 いや、お金を遣わなくなったんです。少ない収入でも楽しく生活できることを学びましたね。持っているものを大事にして生活していけば、全然大丈夫です。ただ、がん治療にはかなりお金を遣いました。
鎌田 退職金が吹っ飛んだ?
山口 いえ、それほどではなかったと思いますが、思った以上に出ていったのは確かです。がん保険に入っていた友人は、少なくて済んだようですが。
鎌田 がん保険に入っておけばよかった?
山口 でも、どっちもどっちですね。がんになるときはなるし、ならないときはならないわけですから。それから大事なことは、鎌田さんも書いておられますが、死がそばにある病気をした人は、何か大事なものが返ってきたり、見つけたりすることもあるということですよね。
鎌田 この本にも、絶望が希望を連れてくることに気がついた、と書かれている。
山口 そのことにハッと気づいたんです。会社を辞め、がんを告知されたころは、ほんとに絶望でした。それが、今は穏やかな気持ちで、希望を持って生きている。
退社とがんの絶望が希望を運んできた
鎌田 山口さんが幻冬舎で担当された本の中で、いちばんヒットしたのは何ですか。
山口 五木寛之さんの『大河の一滴』ですね。もちろん私だけの力ではありませんが、単行本・文庫合わせて300万部売れました。
鎌田 すごい仕事ですよね。しかし、会社に失恋して辞めた。
山口 巨大なヒットを出すと、編集者にもいろんなものがくっついてきます。五木先生も『大河の一滴』によって人生物に新たな分野を切り拓かれたわけですが、私にもそういう部分があったんです。人生に疾走する時期があるとすれば、私にとってはあの頃がその時期で、それ以来、疾走を続けて12年ほど経ったとき、何か終息していく感じというのでしょうか、ひとつの時代が終わったことを強く感じました。
ちょうどリーマンショックが起きたときでしたが、たまたま私はニューヨークにいました。9月14日、私の誕生日でした。リーマンショック直後のニューヨークの街を歩いていると、目の前の風景がセピア色に枯れていく印象を受け、これは明らかに違う世界になっていく、これまでの感覚では仕事はできないということを、私は動物的感覚として受け止めました。そして、帰国後間もなく、会社を辞める決心をしたのです。
鎌田 会社を辞めた背後にひとつの絶望があり、さらにがんという絶望が追い討ちをかけてきた。しかし、今から考えてみれば、その絶望が希望を連れてきてくれた、ということですね。
山口 今にして思えば、絶望と希望は同時発生的だったと思います。希望に気づいたのはあとになってからでしたが……。
鎌田 絶望することは決して珍しいことではない。その中から希望の芽を見つけられる人が、再生していけるということでしょうね。今なら、会社を辞めたことも、がんになったことも、前向きにとらえられる。
山口 そうですねぇ、自分自身が変わる時期だったのかなと思います。自分の力だけでは知りようもなかったことを、絶望の中に閉じ込められたことによって、悟ることができたという感じですね。100歳のおばあさんが赤ちゃんに戻ったよう、と言うとおかしいかもしれませんが、別人のように本来の自分に回帰したと実感しています。
鎌田 一種、解脱したんだね。こんど、ぜひ私の本をどこかで担当してください(笑)。
山口 喜んでやらせていただきます(笑)。
鎌田 きょうは途中、逆にインタビューされそうになって、危なかったなぁ(笑)。ありがとうございました。
(構成/江口敏)
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