鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 キャンサー・ソリューションズ(株)代表取締役社長・桜井なおみさん 同・イベント/プランニング担当・髙橋みどりさん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
「がんの仲間に会って向上心が芽生えました」
鎌田 多少収入が少なくても、働くことで自分が社会とつながっていることを再確認しながら生きていくことが重要ですね。
桜井 先ほどの40代の男性から、こんなメールが入りました。「毎回参加して思ったことは、かなり多くの方々が仕事のことで悩んでおられるということです。私自身も今後の生活費のことを考えると、不安で眠れないこともありました。勤務していた会社も移籍させずに解雇したこともわかりました。悔しくて歯がゆい気持ちになりましたが、それをバネに頑張ることができたのは、皆さんと出会えたことが原因です」――。
鎌田 なるほど。すごいなあ。
髙橋 すごく仲間意識があるんですよ。
桜井 まだ続きがあります。「参加したことで、昨今の就労状況やがん患者さんの情報も知ることができました。つらいのは自分だけではなくて、みんな悩んでいるんだと思うと、向上心が芽生え、がんばろうという決意がめきめきと湧いてきました。参加したことで、今までの気持ちが吹っ切れ就職ができたんだと思います」。こういうメールを送っていただいて、すごく嬉しかったですね。
鎌田 キャンソルの主な収入源は何ですか。就職先を紹介すると、手数料が入ったりするんですか。
桜井 職業紹介もやっていますが、一般の職業紹介会社と比べたら、収入は微々たるもので、いただくのは実稼働費ぐらいです。私たちの事業の柱は社会貢献と考えていますので、職業紹介は主たる業務ではありません。
鎌田 会社の運営費は桜井さんの講演料で賄っているの?
桜井 他にも自分のがんについて話せる登録スタッフがたくさんいます。
髙橋 講師派遣ですね。もともと登録スタッフの就労機会を斡旋する目的で始めたもので、講演料はスタッフの生活の足しにしてもらいます。キャンソルに入る斡旋料はごくわずかです。あとはがんに関する調査とかアンケート監修とか、ありとあらゆることをやっています。
桜井 最近嬉しかったのは、ある企業から、「がん患者の家族のホームページをつくってほしい」という仕事が入ったことです。今までなら、そういう仕事は広告代理店に投げられていたんですが、ウチに声をかけてくださったんです。私たちも全力をあげて、家族の思い、患者さんの思いが交流できるようなサイトを立ち上げました。「いいサイトができましたね」と言われたので、「がん体験者が自分たちで立ち上げたんです」と答えました。
私がこのサイトのプレゼンに参加して感じたことは、従来のサイトは、再発転移とか、死と向き合うことを載せないようにしていたということです。でも、私たち患者は、再発したときのつらさ、死の恐怖も最初から出すべきだと考えたんです。そこが評価されたことは嬉しかったですね。
過去は変えられないが明日はつくっていける
鎌田 最先端医療を知らせるのも必要ですが、その先に再発とか死があることもオープンにすべきですよね。
桜井 そこが尊厳死にもつながるし、どういう治療を選択するかにもつながってきますね。がん患者さんと家族が同じ価値観を共有し、患者さん本人がしゃべることができなくなっても、家族がこの人はこういう考え方をし、こう生きたよねと、共通した思いを抱けることが重要だと思います。
鎌田 キャンソルは、がん患者さんもいつかは死ぬかも知れないけれど、生き甲斐をもっていきいき生きるためには仕事が大事だと、一生懸命、就労支援をしている。そこがいいよね。
桜井 ちょっと変わっているんでしょうか(笑)。がん患者さんて、やはり死を身近に見てきますよね。仲間も失っていく。しかし、過去は変えることができませんが、明日はつくっていけますよね。そこを私たちがつくっていけば、これからがんになる人たちが困らないで済みますよね。私たちはそういう社会をつくっていきたいと思います。
鎌田 ところで、桜井さんも乳がんの手術をされてますよね。見つかったのは?
桜井 私は当時、設計事務所のチーフデザイナーをやっていたんですが、その職域の検診でした。2004年、37歳のときです。2.5㎝のしこりが見つかりました。乳がんと言われたときには、なんでこんな人生のいちばん楽しい時期を、がんの治療に費やさなくてはいけないんだろうと思いました。手術、抗がん剤治療を受けましたが、そのとき初めて入院を体験しました。おばあちゃん、おじいちゃんがいっぱい入院していて、夜中、トイレに行くと、「痛いよー、痛いよー」という呻き声が聞こえてきたり、誰もお見舞いに来ないかわいそうなお年寄りがいたり、これって何だろうと、価値観が変わりましたね。
鎌田 ホルモン療法もやったそうですが、大変だったでしょ。
桜井 大変でした。「フルメニューで副作用出るよ」って言われていましたが、実際、ホットフラッシュはひどかったですし、うつ症状もちょっと出ました。最終的にダメだと思ったのは、会社から大きな仕事をメインでやってくれと言われたとき、仕事の負荷量の大きさが見えてきて、突然、心臓がバッコン、バッコン、鳴ったんです。これは身体が拒否しているなと思い、「チーフではできません」と返事をしたら、「そういう人は使えない」と言われたんです。もう売り言葉に買い言葉で、「もういいや」と会社を辞めることを決断しました。
弱者を排除しない企業社会にしなければ

鎌田 その後、ワーキングプアの悲哀を味わった。
桜井 そうです。入力作業のパートをやったんですが、働けど、働けど、おカネが治療費に消えていく。その意味では、今も同じようなものですが(笑)、生き甲斐、やり甲斐が違うんです。会社のパソコンを使うわけですが、始動時のキーワードが、「baito」でした。毎日「バイト」と入力しないと、パソコンを使えないというのが、とても屈辱的でした(笑)
鎌田 その後、理解ある設計事務所の正社員になったんですね。
桜井 はい。出勤した初日に、上司に「月に1回、お休みするのはがんの治療のためなのです」と言うと、「あ、そう。勝手に休んでいいよ」と言われました。社員の年齢層に幅があり、定年延長で65歳になっても働いている人もいました。「僕も体調が悪いときは休むよ」とか、「僕だって通院しながら、勤めているよ」と言う人がいて、病気を持ちながら働くことに理解のある職場でしたね。こういう企業理念を持った会社が日本に広がらないとダメですね。
鎌田 じゃあ、その良くしてもらった会社を辞めるときはつらかったでしょう。
桜井 「辞めるな」って、反対運動も起きました(笑)。ありがたかったですね。でも、がん患者さんの就労問題は、誰かがライフワークとしてやらなければ、がん患者さんを排除する状況がずーっと続くと思ったんです。自分には夫がいるから収入的には何とかなると思って、この世界に飛び込んでみよう、飛び込むなら今しかないなと……。
鎌田 で、会社を辞めて、大学で勉強し直したんだっけ。
桜井 東京大学の医療政策人材養成講座には行きましたが、そこは勉強する場ではなく、自分がどうやって医療を変えたいかを考える場です。一種の社会人講座ですね。私はそこで「がんと就労」問題をテーマにしたわけです。驚いたのは、その講座には医療関係の人や行政関係の人もいらっしゃったんですが、私が「がんと就労の問題を皆さんと一緒に勉強したい」と言ったら、「がんは治すことが先じゃないか」「がんは治ればいいじゃない」「医療問題じゃなくて企業の問題だろう」といったブーイングが飛んだことです。
髙橋 がんにかかっても命があればいいじゃない、と考えている人が、医療関係者や行政の人たちにも少なくないんですね。
米国ではがん患者さんにコングラチュレーション

鎌田 へぇーっ、がん治療のことは考えても、がん患者さんの就労のことまで考えている人は、まだ少ないんだね。
桜井 私が就労の相談をされていちばん悩んだのは、独身で4期の女性です。この方は働く意味が違うんです。おカネではないんです。「脳転移がある。皮膚転移もある。でも働きたい。しかし、もう休みは取れないし、会社から肩を叩かれている。どうしたらいいでしょうか」という相談です。この方の働きたいというのは、心の底から出てくる叫びです。その相談を聞いたとき、私はこの人がどう満足して死んで行く道ができるのか、そのことしか考えることができませんでした。
また、小さな組合健保では、組合員の1人が高額ながん治療を受けると、他の組合員の医療費が払えなくなってしまうため、組合員をやめてくれと言われるケースもあるようです。何年も掛け金を掛けてきたのに、そこで負けてはならないと思います。残業代やボーナスも払われないまま、不当に解雇されるケースもあります。そういう場合、私たちが間に入ってサポートすることもあります。
鎌田 桜井さんがアメリカのがんの学会に出席したとき、アメリカの人たちから、「コングラチュレーション」おめでとうと言われたそうですね。
桜井 嬉しかったですね。「コングラチュレーション」には尊敬の意味が含まれていると感じました。「大変なことを乗り越えてきた。いい経験をしてきたじゃないか」という気持ちが込められているんですね。
髙橋 私も外資系の会社でしたから、「コングラチュレーション」と言われました。同情されるのではなく、サバイバーとして祝福されましたね。
鎌田 なるほど。今後、キャンソルがますますがん患者さんの就労問題に貢献し、多くの人たちから祝福されることを期待します。ありがとうございました。
(構成/江口敏)
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