鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 ルポライター/イラストレーター・内澤旬子さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2011年6月
更新:2013年9月

ヨガに入り込んで体調が変わった

内澤  自分のわがままを通し、自分を出すようになったら、結果として、自分が書きたい仕事とか、自分の名前を出す仕事がくるようになったのです。ちょうど本を出すタイミングではあったんですけれど、急に仕事が増えました。

鎌田  がんになって開き直り、我を通すようになったら、仕事が増えた。面白いもんだねぇ。

内澤  それから、私、家に本が山のようにあったんですが、それが我慢できなくなったんです。自分が本を書く仕事をしていて、本が好きなんですけど、狭い部屋で本棚に囲まれているのが、イヤでイヤでしようがなくなったんです。急に何もない部屋にいたくなってしまって、突然、引っ越しました。夫は呆然としていました。今、先日の地震でも何1つ落ちるものがなかったという、何もない狭い部屋にいるんですが、とてもスッキリした気持ちです。これは完全なわがままですし、理由もないし、めちゃくちゃなんですけど……、まさに身体のいいなりです。

一時、のぼせで調子が悪く、身体が気持ちいいことをしたいと思って、ヨガに入っていったわけです。すると身体がすごく気持ちいいので、どんどんヨガに入り込んでいきました。その結果、体力もつき、免疫力も上がったんでしょ うね、アトピーや腰痛が治ってきました。私の腰痛は腹筋とか背筋とか、筋肉がなかったことが原因で、ヨガによって筋肉がついてきたために、腰痛も改善されてきたわけです。

鎌田  内澤さんとしては、がんになったこと、開き直ってわがままになったこと、身体に気持ちいいヨガを始めたこと、この3つによって体調が変わり、仕事も増え、生活のリズムも変わったということだね。

内澤  そうですね、不思議なことに(笑)。引っ越しをして、身辺整理をしていたところに、テレビの「情熱大陸」の仕事がきて、テレビに出していただいたおかげで、私の『世界屠畜紀行』(解放出版社)という本も読んでいただけるようになり、私の名前も認知していただきました。周りの世界が急に変わりました。

闘病記を出す気持ちはなかった

鎌田  いままではフリーランスとして四苦八苦していたものが、がんになったことによって急に運が回ってきた(笑)。

内澤  本当にそうなんです。そのころから不思議だなぁと思っていました。本当は闘病記など好きじゃないし、出す気持ちはなかったんです。皆さんの闘病記を読ませていただくと、ご家族の協力があって、という話が多いじゃないですか。私は家族の協力はありませんし(笑)、皆さんの��病記とは全然違うなぁと思っていましたから。しかし、皆さんの闘病生活とは違いますが、なんか面白いことになってきたなぁと思って、ブログには書いていました。それを読んだ編集者の方から、本にしませんかという話はきていたんですが、お断りしていたのです。

ちょうどそのころ、新聞の連載小説のイラストを担当していました。1年間、休刊日以外休む暇のないハードワークでした。徹夜などはまったくできない身体でしたから、本来なら、体調に気をつける生活をしなければならない時期だったのですが、机の下で寝て、菓子パンしか食べないというような日々でした。しかし、不思議なことに体調は崩れませんでした。ヨガを続けていたからでしょうか、体調を崩すことなく、何とか新聞連載の仕事をやり遂げることができたのです。これは面白いことになったと思い、そういうことも含めて、闘病記を書いてもいいかなと思ったわけです。

単なる闘病記ではない『身体のいいなり』

鎌田  人間って、何か変わる一瞬って、あるんだよね。

内澤  不思議です。ただ、私自身は、がんを克服したとか、治ったと思っているわけではないんです。またいつか、がんが来るかもしれないと思っています。

鎌田  両方とも全摘したんだけれど、可能性はあるよね。内澤さんの今の状況は、体調を含めて人生が好転し、全体としてはOKですが、乳房再建のときに、病院で随分イヤな思いもしたわけですよね。あの時点に戻ったとして、今でもまたシリコンを入れますか。それとも入れない?

内澤  やっぱり入れて良かったと思います。あの時点で美容整形に行くことはできなかったと思いますし……。ただ、全摘したときは、こんな私でも、意外に落ち込み、しょんぼりしました。服を着ても、えぐれていることがすぐにわかるんです。私はいろんな服を着るのが好きですから、すごくつらいわけではないんですが、何となくつらかったですね。ですから、それが再建によって、多少なりともごまかせるということは、大事なことだと思います。毎朝、服を着るときに落ち込むより、再建して自分の乳房がえぐれていることを少しでも忘れる時間ができるほうが、私は楽しく暮らせると思います。

鎌田  いま改めて『身体のいいなり』を手に取ってみると、内澤さんが書かれた表紙のイラストといい、タイトルといい、とてもすてきですね。

内澤  ありがとうございます。

鎌田  私は明日から、大震災と原発事故で大変な福島県の南相馬市に行くんです。私の仲間たちが医療の支援に入っており、私たちは第2陣として入るんです。私は「身体のいいなり」という言葉から、「自然のいいなり」ということを考えるわけです。つまり、私たち人間は大自然の営みには勝てない、大自然に従っていればいいということではなく、自然の声をちゃんと聞いているかどうか、ということを思うわけです。

私たちは最先端の文明を享受して、便利な生活、華やかな生活を追い求めるあまり、大自然の声に耳を傾けることを忘れていたのではないか、と思うのです。もう少し自然の声を聞いていたら、もう少しましな、さまざまないのちを大切にした文化、文明、街づくりができたのではないか。そういう意味では、今回の大震災は私たちに大きなパラダイムシフトを迫っている。もう少し地球の声を聞く。もう少し自然の声を聞く。そういう生活の仕方を考え直すようにと言われているような気がします。

この『身体のいいなり』という本も、内澤さんの単なるがん闘病記ではなく、頭でっかちの内澤旬子が、頭に詰め込まれた知識の声を聞くのではなく、身体の声を聞く境地に辿り着いたことによって、自らのいのちを再生していくことができた、という今日的なメッセージが込められているような気がする。

内澤  ありがとうございます。そんなことは考えてもみませんでした。

「身体のいいなり」というタイトルに込めた理由

写真:大きい胸がほしかったと書くことが、すごく恥ずかしかったです

「自分は大きい胸がほしかったと書くことが、すごく恥ずかしかったです」と語る内澤さん

鎌田  だから、がんを克服したとも、治ったとも思っていないという、先ほど言葉も見事だけれども、仮にどこかに再発したとしても、身体の声を聞くことができる内澤さんなら、おそらく乗り越えられると思うし、そういう境地に辿り着いた人には、がんはもう出てこないかもしれない。

内澤  いや、正直な話、私は再発を半分は楽しみにしています。もちろん、がんの再発は苦しく、大変なことだと思いますし、死ぬのも怖いです。そして、再発したがんに自分がどこまで耐えられるか、まったく自信はないのですが、どこかにそれが来ることを待っている自分がいます。うまく言えませんが……。

鎌田  その覚悟もタイトルに込められているということですか。

内澤  どうなんでしょう。死は避けられないものですよね。そして、がんは死ぬまでが結構長く、苦しい病気ですよね。しかし、それを避けたいとか、逃れたいとか、思わないのです。がんにならなくても、人間はいつか死ぬわけですから……。ただ、今がまだ死ぬ時期ではないのなら、できるだけ元気に生きたいと思います。そういう思いもタイトルに込めたつもりです。

鎌田  タイトルに迷ったわけではない?

内澤  いえ、最初からこれで行くつもりでした。私はこれまで、先生がご指摘のとおり、頭でっかちな人間でした。それが、がんになって以後、何か別なものに動かされているような気がしていたんです。いまだに別の脳を移植されたような、変な違和感もあるんですが、今までとは違う何ものかに動かされている感じを、「身体のいいなり」というタイトルに込めたわけです。これで私は助かりました、と言っているつもりはありません。

写真:明日からがんばろうという気になりました

「叱られるのを覚悟して来ましたのに励ましていただき、明日からがんばろうという気になりました」と話す内澤さん

鎌田  本を書く途中で苦労されたことは?

内澤  女性特有の部分を書くのが大変でした。そういうことを書いたことがなかったものですから。自分が大きい胸が欲しかったということを書くことが、すごく恥ずかしかったです。私の本をがん患者さんがどう読まれるか、すごく不安です。いろんな患者さんがいらっしゃいますから、こんな話は聞きたくないとおっしゃる患者さんもいらっしゃるかもしれません。でも、わかっていただける患者さんもいらっしゃると思って書きました。

鎌田  がんに対する患者さんの対応の仕方にはいろいろありますからね。がんと闘うスタイルもあれば、がんを受け入れて共存するスタイルもある。将来に希望を持って前向きに生きるスタイルもあります。内澤さんは、ひと言で言えば、がんを突き抜けて生きるタイプですね。内澤さんのようながん患者さんは少ないと思いますが、こういうスタイルもありかな、と思います。『身体のいいなり』は本そのものの質の高さがありますし、がん闘病記として突き抜けた興味深さもあります。がん患者さんにもいろんなヒントになると思います。

内澤  ありがとうございます。きょうは鎌田先生に叱られるのを覚悟して来ましたのに、励ましていただいた上に、パワーをいただいたような気持ちです。また、明日からがんばろうという気になりました。あっ、鎌田先生は「がんばらない」でしたよね(笑)。

鎌田  いえいえ、これからも「身体のいいなり」に従って、がんばってください(笑)。

(構成/江口敏)

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