鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 文筆業・加納明弘さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
がんのモラトリアムには2つのタイプがある

鎌田 息子さんとの本の中で、加納さんの学生時代について、モラトリアムという言葉が使われていますよね。
加納 社会に出ると、社会の秩序に従わなければならないから、自分の思ったことができなくなるだろう。学生時代は社会人になることを猶予された時間であり、思ったことをストレートにできる。そういう意味で、モラトリアムという言葉を使っていました。いまの私にとってのモラトリアムは、死ぬまでの猶予された時間ですね。
鎌田 そういう意味では、専門医師からきちんと説明を受けて、自分にどれくらいの猶予された時間があるのか、知っておくべきだということですね。
加納 そうです。死ぬまでの猶予時間を考える場合、Aタイプの時間、Bタイプの時間があると思います。Aタイプの時間は、大きな苦痛無くして従来どおりの活動が保てる時間です。Bタイプの時間は、がんがひどくなってそうした活動ができなくなる時間です。
そこで鎌田先生にうかがいたいのは、抗がん剤はAの時間をBの時間に変えてしまうのではないか、ということです。抗がん剤治療によって、1年の余命が1年半に延びるかも知れない。しかし、それによってクオリティの良いAの時間が減って、クオリティが悪いBの時間が延びてしまうのではないか。私にはその恐怖があります。
鎌田 私は“あたたかな医療”ということを地域でやってきました。ですから、従来、積極的に抗がん剤を使う治療には、あまり賛成してこなかったのです。ただ、患者さんの自己決定を重視してきましたから、患者さんが抗がん剤治療にチャレンジしようという場合には、全力で応援するし、最高の先生を紹介することもしてきました。
たしかに、従来、抗がん剤治療がAの時間をBの時間にしていた時期がありましたが、最近は私の諏訪中央病院の腫瘍内科医の仕事を見ていても、抗がん剤を使いながら、Aの時間を延ばそうとしている。放射線治療もこの5年で明らかにその方向に変わりました。助からないかも知れないけれども、痛みから解放された良い時間をつくることができるようになりました。
加納 骨に転移した場合など、放射線で痛みを取るのは、患者にとってはうれしい治療です。
鎌田 医療側では最近、Aの時間を延ばすことに気配りをするようになっています。化学療法を行う場合も、Aの時間を延ばすためにやるという意識が大きいですよ。また、Bの時間も薬などを使いながら、できるだけ患者さんが苦しみから解放され、やりたいことができるような治療が行われています。
せん妄状態になって最期を迎えたくない
加納 鎌田先生の本に、���藤貞樹さんという津軽三味線の師匠さんの最期のことが書かれていますね。食道がんになり、最期のBの時間にはせん妄状態になって、半ば人格崩壊を起こして亡くなられたという話です。
鎌田 佐藤さんは津軽三味線の高橋竹山を世に出した人です。
加納 モルヒネ治療を行うと、7割ぐらいの確率でせん妄状態が起きる、と書いた本もあります。私の父親が79歳で肺がんで亡くなっていますが、最後にせん妄状態が起きました。佐藤さんの最期が他人事ではない。
鎌田 佐藤さんは岩波書店の雑誌「世界」を全巻所蔵していた、すごい教養人でした。高橋竹山さんを世に出すときも、クラシック音楽やジャズを聴かせたりして、世界に通用する演奏家に育てています。佐藤さんは早期の食道がんでしたが、佐藤さんをせん妄状態にまで追い込んだのは、ドクターや看護師の側の教養が佐藤さんに追いつかなかったからではないかと思います。最期はベッドに縛ったりもしたようです。
病院側に佐藤さんという人間に関心を持つ人がいて、佐藤さんの得意な分野で話し相手になったり、どうしてこういう治療を行うのか十分説明していれば、佐藤さんもそれなりに理解をし、荒れ狂うこともなかったのではないかと思います。彼は荒れ狂う中で、一瞬我に返り、医師・看護師も一生懸命やってくれたのだからと、赦しの文章も残しているわけですからね。
加納 せん妄状態はモルヒネの副作用だけではなく、治療や看護のやり方にも関係があるということですね。
鎌田 彼の奥さんが、彼ががんで亡くなるだけならまだしも、せん妄老人とうとんじられ、誇りを傷つけられて亡くなったことに、とても落ち込んでいました。佐藤貞樹という人間、高橋竹山という人間に興味を持つ人間が、医療者側に1人でもいたら、彼はあんな死に方をしないで済んだ。そのことを奥さんに伝えるために、私はあのエッセイを書いたわけです。
加納 佐藤さんや私の父親の最期の状態を考えると、私は最低限ベッドに縛られて死ぬのは嫌だと思います。医療に携わる人には、人間ひとりひとりが違うことに、もっと関心を持ってほしいと思います。患者という意味では同じですし、科学的には人間はみな同じ体ですから、同じような治療をするしかないわけですが、人間それぞれが持っている価値観、美学は違いますし、死生観も違いますからね。
学生運動の責任を取り東大を中退しライターに
鎌田 学生時代の話ですが、東大に入って学生運動をやったあと、中退していますね。東大に入るの、難しかったでしょう。辞めちゃっていいやと思った?
加納 あれだけのことをやったのだから、誰か責任を取らないと……。単純に言えば、そういうことです。人にはそれぞれの事情と思いがありますから、大学を卒業して会社や役所に入ることを否定することはできません。しかし、そういうことをしない奴が何人かいなければならない。その何人かの中に私がいなきゃいけない、と思ったのです。
鎌田 自分がやったことの落とし前をつける。
加納 椅子でバリケードを築けば、椅子は壊れますよ。あれだけ国有財産を壊したら、責任を取らなきゃならない。少なくとも私はその中心にいたわけですから。あいつら、好き勝手なことやって、みんな大企業のエリートになったじゃないかとは言われたくなかった。
鎌田 本の中に、セクトに近づきすぎない非社会主義的全共闘運動、という言葉が出てきます。
加納 私はセクトを見すぎましたからね。これではダメだと思いました。セクトに属して社会主義運動をやることはやめましたが、東大医学部の問題とか、ベトナム戦争とか、世の中の矛盾に目をつむることはできない。運動は続けなくちゃいかんと思いました。
鎌田 東大を中退して、どうやって食っていったんですか。
加納 雑誌や出版のフリーランスの世界で生きてきました。最近はゴーストライティングの仕事が多いですね。
鎌田 大変だけど、面白かったでしょう。
加納 面白かったのですが、家族は大変だったと思います。「こんな亭主」「こんな親父」と思われているはずです(笑)。
鎌田 (夫人に対して)大変でしたか。
夫人 退屈はしませんでしたが、もう生活は大変です(笑)。
世代間ギャップを克服し少しはましな社会を

鎌田 諏訪中央病院の私の前の院長が、東大全共闘の行動隊長だった今井澄ですが、8年前に胃がんで亡くなりました。
私はまだ誰にも言っていませんが、学生運動の活動家だった団塊世代が、結構がんになっているのではないかと思っているんです。
加納 言われてみると、そうかも知れません。
鎌田 当時使われていた催涙弾などが、がんを引き起こしている可能性がある。これはもう少しきちっと検証しなければなりませんが、私は今、劣化ウラン弾の影響でイラクの子どもたちに白血病が増えていることを、苦労しながら調べているので、そういう疑念を持つわけです。
加納 私も催涙弾は浴びています。私が尊敬し親しくしていた早稲田の全共闘のリーダーも、52歳で食道がんで亡くなっています。
鎌田 加藤登紀子さんのご主人で、学生時代に活動家だった藤本敏夫さんも、8年前に亡くなっていますが、肝臓がんでしたね。私は加納さんより2年下で、当時の活動家を把握しているわけではありませんが、加納さんの世代の活動家たちとがんの関係について、1度調べる必要があると思っています。それはともかく、その時代の話は息子さんに通じましたか。
加納 どう説明してもわかってもらえないという、世代間ギャップは感じましたね。私たちが学生運動をしていた1966~1969年当時、日本のGDP成長率は10パーセント以上でした。そういう背景があったので、学生運動の責任を取って大学を辞めると言うとき、将来メシを食えなくなるなどとは考えもしなかった。
しかし、今の日本はマイナス成長で、若者が仕事を見つけるのに四苦八苦している時代です。そういう時代の若者に向かって、君たちはイラク、アフガニスタンの問題で、なぜ立ちあがらないのかと、えらそうに言いたくはないのです。
鎌田 若者がもっと生き生きできる日本は、どうしたらできるのか。私たち団塊世代が死ぬ前に、何とかいいバトンタッチをしたいですよね。
加納 やはり世代間に、コミュニケートする時間をつくる必要がありますね。コミュニケートするにはやはり努力が必要だと思います。
鎌田 息子さんも少しはわかってきた?
加納 すべてではないけれど、少しは共有できる部分ができてきました。それは私が、戦中派世代の父親がポツリポツリとしゃべった戦時中の話を聞くことによって、父親が同期の戦友の多くが戦死したアジアの国々に絶対行こうとしなかったことや、ベトナム戦争中に米軍脱走兵を自宅にかくまったことなどの気持ちを少しは理解したように、私たちが学生運動に青春を賭けた気持ちも、息子に少しは理解してもらえるようになると思うわけです。そういう理解の積み重ねが、世界を少しでもましにするだろうと思いたいですね。
鎌田 親子のコミュニケートは大事なことですよね。きょうは加納さんのお話を、同世代としてシンパシーをもって聞かせていただきました。
(構成/江口敏)
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