鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 テラ株式会社 代表取締役社長・矢﨑雄一郎さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2010年11月
更新:2019年7月

がん細胞自体を使うか人工がん抗原を使うか

矢﨑雄一郎さんと鎌田實さん
久しぶりにがん撲滅に夢をかける、若き後輩との再会に感無量の鎌田さん

鎌田 日本では一般的に、免疫療法は手術、放射線、抗がん剤という、がんの3大治療が終わったあとに行われていますよね。がん患者さんのがん細胞を使って、その患者さんのがん細胞に特異的な顔つきをリンパ球に覚えさせてがんを攻撃させれば、より効果があるはずですが、日本のがん治療ではどのタイミングでそれをやるか、なかなか難しいのではないですか。

矢﨑 難しいですね。ですから、テラを立ち上げたばかりの頃は、治療を希望されても、なかなかタイミングが合わず、治療を行えないというケースが多々ありました。

鎌田 もう1度確認しておきたいけれど、タイミングさえ合えば、樹状細胞ワクチン療法は、いわゆる3大治療が終わる前であってもやったほうがいい。

矢﨑 そういう信念を持ってやっています。ただ、患者さん本人のがん細胞を使ったほうがいいのか、WT1ペプチドなどの人工がん抗原を使ったほうがいいのかについては、私どもの内部のデータはある程度出ていますが、まだまだエビデンスレベルには到達していません。現時点での感覚としては、人工がん抗原のほうが切れ味が良く、一方、がん細胞そのものを使う場合は、より多くの部位のがんに効くような感じがします。そのあたりは学会でもまだ結論は出ていません。もし私ががんになったときには、両方使いたいと思います。

鎌田 がんになったときには、まず手術をして、がん組織を残しておく。

矢﨑 そうですね。

鎌田 現在、テラの技術を利用している病院が17カ所あるということですが、将来、樹状細胞ワクチン療法を受けるために、がん組織を預かってもらうことはできますか。

矢﨑 ほとんどの病院で対応できます。

鎌田 矢﨑さん自身、がんになったらそうする。

矢﨑 やります。家族がなっても、そうします。

2週間に1回ずつワクチンを皮内注射

鎌田 ところで、樹状細胞ワクチン療法はどういうスケジュールの治療で、いくらぐらいかかりますか。

矢﨑 樹状細胞ワクチンを2週間に1度の割合で、7回ほど投与するのがワンセットです。採血するのは最初の1回だけで、透析装置のようなものを使って、2時間ほどかけて採血し、血液の中から必要な成分だけ取り出します。それを約2週間で培養し、3週間後ぐらいからワクチン投与をスタートするという段取りです。費用は患者さんのがん組織を使うのか、人工抗原を使うのか、またどのような人工抗原を使うかで、多少異なりますが、ワンセット(7回のワクチン投与)で180万円から、230万円程度です。

鎌田 ワクチンの投���の仕方は?

矢﨑 ツベルクリン注射のような皮内注射を、両脇の下に打ちます。

鎌田 ツベルクリン注射のような細い針で、脇の下の皮膚の真下に打つんですね。

矢﨑 はい。脇の下にはリンパ節がたくさんありますから、リンパ流路を通して皮内のリンパ球にがんの特徴を教えてあげるわけです。

鎌田 静脈注射ではないから、チクッとする程度?

矢﨑 そうです。

鎌田 それを2週間に1回打つわけですね。最初、2時間かけて採血した血液から樹状細胞を採取して、それを増やすのがテラの技術ですか。

矢﨑 正確に申し上げますと、樹状細胞自体は増えない細胞です。ですから、樹状細胞の赤ちゃんのような細胞(単球)を大量に採ってきます。そのあと単球をクリーンルームの中で、大人の樹状細胞に育てていきますが、そこがとても難しい。その部分が弊社の重要な技術ノウハウになります。

膵がんに期待される抗がん剤との併用

鎌田 樹状細胞ワクチンは脇の下に皮内注射するということですが、それを直接がんの周辺に注入すれば、もっと効果があるのではないですか。

矢﨑 そのとおりです。樹状細胞は敵となるがん細胞を食べて、それを体内のリンパ球に教える細胞ですから、樹状細胞自体をがんに直接注射すれば非常に反応が良い、ということが明らかになっています。ですから、口腔がんのように、樹状細胞を直接注射できる場所にがんがあって、場所的にあまり手術をしたくないという患者さんの中には、樹状細胞ワクチン療法を選ばれる方がいらっしゃいます。実際、徳島大学で臨床研究が行われていますが、局所のがんの消失という事例が出てきているようです。ただし、抗がん剤治療との併用というケースが多いようです。

鎌田 放射線や抗がん剤の単独の治療よりも、樹状細胞ワクチン療法を併用したほうがいい。

矢﨑 その可能性は十分あると思います。

鎌田 たとえば、胃がん、食道がん、大腸がんなどに、内視鏡を通して直接注入しているケースもありますか。

矢﨑 医療機関によっては、そういうケースもすでにあります。海外ではすでに効果があるというデータが出ていますね。

鎌田 樹状細胞ワクチン療法と抗がん剤治療の併用の研究も進んでいますか。

矢﨑 膵がんにいい効果があるということで、今年8月より、東京慈恵会医科大学でゲムシタビン(商品名ジェムザール)との併用の臨床研究を開始しました。

鎌田 ゲムシタビンの量は通常の膵がんの場合と同じですか。

矢﨑 今回の臨床研究では同じです。ゲムシタビンの基礎研究で、面白いことがわかってきました。近年、がんを守る悪い細胞の存在が指摘されていますが、ゲムシタビンはその細胞の働きを抑える働きがあるのです。また、ゲムシタビン自身、ほかの抗がん剤と比べて免疫機能を下げませんので、免疫療法とは相性がいいというのが免疫学者の評価です。

FDAで承認され希望者が殺到する米国

鎌田 世界的に見て、樹状細胞ワクチン療法はどういう評価をされているのですか。

矢﨑 免疫療法の中の1つのトレンドであることは、間違いないと思います。今年4月にようやくFDA(アメリカ食品医薬品局)で、樹状細胞を使った治療が承認されました。今年中にもう1つ、同じような治療法が承認されると予想されています。アメリカでは、細胞を使った免疫療法が、短期間のうちに広がる可能性があります。

鎌田 今年FDAで承認されたこの治療より、テラが進めている樹状細胞ワクチン療法のほうが優れている点があるそうですね。

矢﨑 FDAが認めた治療は、10数年前から行われていた方法です。承認手続上、1度申請すると、新しい方法に代えることができないため、10数年前の方法では、細胞の培養法が古かったり、ワクチン中の樹状細胞の量が少なかったりするわけです。私たちは新参者ではありますが、技術は新しく、約90パーセントと大量の樹状細胞が入ったワクチンを作ることができるという強みがあります。
ただ、それを医薬品化していくとなると、これから10年かけて開発していかなくてはなりません。ちなみに、今年4月にFDAが承認した樹状細胞ワクチンは、1セット9万ドルと高額になっています。それだけ開発コストがかかっているということです。

鎌田 アメリカではその樹状細胞ワクチン療法が盛んに行われているわけですか。

矢﨑 希望者が殺到しているようで、需要の2パーセントぐらいしかカバーできていないと聞いています。

樹状細胞療法を阻む古いがん医療の壁

鎌田 テラが提携している17カ所の医療機関では、需要に応えられていますか。

矢﨑 樹状細胞を使った治療がFDAで認められた米国と比較すると日本では希望者の数が少ないのが現状です。

鎌田 まだ希望者が少ないんですか。樹状細胞ワクチン療法はもっと広がっているのかと思っていましたが……。

矢﨑 免疫療法には、古いタイプのものから、我々のように国立大学に提供している最新世代の樹状細胞ワクチン療法までさまざまな療法があります。患者さんや医療の現場の医師にも、樹状細胞ワクチン療法をはじめとする最新免疫療法の現状について、まだまだ正確な情報が行き届いていないのが現状です。

鎌田 医師の間に免疫療法はいまひとつだという先入観があり、意識して免疫療法を患者さんに知らせないという部分もある。

矢﨑 エビデンスという点では標準治療と比べて弱いのは事実で、簡単には認めていただけません。現在、エビデンスに基づいた医療従事者向けの啓発活動を推進するために論文化をサポートする体制を強化しています。

鎌田 提携病院はこれから増えそうですか。

矢﨑 現在、国立の医療機関や東京のセレンクリニックをはじめとした17の医療機関と提携しています。今年度は、東京の六本木にある東京ミッドタウン先端医療研究所、神戸のセレンクリニック神戸、長野の松本歯科大学病院の3カ所と新規に提携しました。今後も1年に数カ所増やしていければいい、と考えています。うれしいことに、がんの専門医の医師には大きな関心を持っていただいています。また、海外からも興味を持っていただいていますので、将来的には海外にも展開できればと思っています。

鎌田 海外? 具体的な話はありますか。

矢﨑 ヨーロッパのある大学病院から話がきています。また、中国にも関心を持っている医師が何人かいらっしゃいます。そのほかに、アジアの企業と協業できないか、話し合いをしているところです。

日本の産業活性化のためさらなるチャレンジを

矢﨑雄一郎さんと鎌田實さん

「もっともっとチャレンジしてこの国に新しい産業が根付くようがんばりたい」と語る矢﨑さん

鎌田 今後の展開次第では、手術、放射線、抗がん剤治療に次ぐ、4つ目の治療法となる可能性もありますね。

矢﨑 3つの治療法にプラスαをもたらす治療法として使ってもらい、シナジー効果で治癒率の向上を目指します。

鎌田 矢﨑さんは私の諏訪中央病院の地元の人だし、若いときから夢をいだいて一生懸命やっていたから、私も陰ながら応援していました。よくここまでやってきたと思います。テラという会社が伸びて、がん患者さんたちに福音をもたらすと同時に、産業界の活性化に寄与してほしいと、改めてエールを送りたいと思います。

矢﨑 ありがとうございます。もっともっとチャレンジして、この国に新しい産業を生みだし、それが根づくよう、がんばっていきたいと思います。

鎌田 期待していますよ。

(構成/江口敏)


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