鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 福祉美容師・篠田久男さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2010年10月
更新:2013年9月

母に苦労をかけたくなく中卒で靴屋に就職

篠田さんと鎌田さん

鎌田 弱いんだ。しかし、学歴があるわけではなく、10代で靴屋さんに勤め、将来社長になる人と出会って、一生懸命仕事を覚え、良い仕事をするようになる。その原動力は何なんだろう、と思いました。本を読んでもわかりませんでした。

篠田 誤解を恐れずに言えば、屈辱だと思います。

鎌田 お父さんとの関係ですか。

篠田 それもありますが、私は小さい頃から、友だちができなかったし、言葉の暴力も浴びてました。

鎌田 お父さんから虐待を受け、友だちもいなかった。

篠田 非常におとなしく、あまりしゃべらない子どもでした。どうせ嫌われているんだという気持ちが、ありましたね。

鎌田 それで中学を出て、すぐに働いた。

篠田 母を尊敬していましたから、母には苦労をかけたくないと思って、働きに出ました。

鎌田 お父さんはアルコール依存症だったんですか。

篠田 はい。なぜそうなったかは、いまでも謎です。飲むと人が変わりました。母にも暴力を振るいましたし、日本刀を持って暴れたこともありました。

鎌田 自分が病気になって、お父さんのことを許せるようになりましたか。

篠田 これは複雑ですねぇ。石黒家の墓は父が造りました。私は長男ですから、普通なら、その墓に入らなければなりません。

鎌田 石黒家……、篠田という姓は?

篠田 母の旧姓です。

鎌田 対外的には尊敬するお母さんの姓を使っているわけだ。心の中では、まだお父さんの姓は継ぎたくないという気持ち?

篠田 あるのかもしれません。

鎌田 まだ心の奥に苦しいものを持っている。

篠田 苦しいということはありません。いずれ同じお墓に……。

鎌田 お父さん、お母さんと同じお墓に。

篠田 悩んでいます。怖いんです。親不孝してきましたから。

鎌田 お父さんが怖いのではなく、親不孝をしてきたから、同じお墓に入るのが怖い。

篠田 そういうことです。

重い障害児を授かったが夫婦でめげなかった

鎌田 つらい家庭環境でしたね。それでも、中学を卒業して勤めた靴屋さんで腕を上げ、頭角を現しますが、なぜ美容師の道に転身したんですか。

篠田 当時、その靴屋さんは流行の先端を行くショップを出し、その店の仕入れを私に任せてくれました。そこで私は仕入れを担当するうちに、こういう靴を出せば売れる、ということがわかるようになりました。

鎌田 靴屋さんとしてのセンスがあったんだ。

篠田 しかし、メーカーがなかなか私の要望する靴を作ってくれない。お客さまが喜ぶ靴を作ってくれていたら、私はずっと靴屋をやっていたと思います。

鎌田 やはりメーカーは大量生産で儲けようとするからね。

篠田 それなら、腕を磨けば自分の思ったようにできる仕事、美容師になってみようと思ったのです。

鎌田 そうか。そして美容師の世界に入って、素敵な奥さんと出会い、結婚するわけだ。

篠田 皆さんから、「いい奥さん、もらったね」と言われるんですが、長い間、よくわからなかった(笑)。最近、よくわかりました。いまは尊敬しています。頭が上がりません(笑)。

鎌田 お会いしたことはありませんが、美人だと思うな。

篠田 美人でした。いや、いまも美人です(笑)。頭もいいです。彼女が経営者だったら、もっと成功していたと思います。

鎌田 そういう奥さんと結婚して、お子さんが生まれたら、重い障害を持っていた。しかし、めげなかったでしょ。

篠田 はい。

鎌田 それがすごいと思う。どうやって乗り越えてきたの。

篠田 とにかく私は仕事一筋で、1番になろうと思って、一生懸命やってきました。仕事のことしか考えていませんでした。ただ、妻が「今夜はつらいから、あなた起きて」と言ったときには、私が起きて子どものおむつを替えてあげたりしました。しかし、育児・介護を十分手伝ったとは言えません。

どんな人も持っている美しくなりたい気持ち

鎌田 ところで、私が感動したのは、重い悪性リンパ腫になり、3つの店を畳まざるを得なかったにもかかわらず、奥さんと重度の障害を持つお子さんをかかえながら、福祉美容師の資格を取り、いろんな施設をボランティアで回っているということです。篠田さんは基本的に人間がやさしいね。

篠田 いろんな施設を回り、子どもからお年寄りまで、いろんな人のカットをしていますと、いろいろ反省することがあります。私がカットをした人たちに、安心感、満足感を与えることができたのだろうか、これで良かったのかと、いつも思います。それで心理学的な勉強などもしたわけですが、結局、反省し、勉強するだけではダメで、実行しなければダメだと思うわけです。一生懸命、福祉美容師として実践を積んでいけば、自然に身体はついてくるし、ダメな部分も消えて進歩していく、ということを実感しました。
いろんな施設へ行きますが、とても喜んでもらえます。「これほどカットを希望する人がいるとは思いませんでした」という施設が多いですよ。

鎌田 重い障害を持ったお年寄りから子どもまで……。

篠田 性別・年齢は関係ありませんね。知的障害、ダウン症のお子さん、寝たきりのお年寄り、いろんな方のカットをします。

鎌田 どんな人も美しくなりたい。

篠田 健康な方も障害を持った方も、その思いは平等ですね。美しくなりたい、かっこよくなりたいという気持ちは、誰もが持っています。

鎌田 あなた自身、すごくかっこいいよね(笑)。

篠田 先生、すぐおだてるんだから(笑)。

鎌田 いや、会った瞬間、かっこいいなぁと思った(笑)。

篠田 私、あと4年もたてば還暦ですよ。私の生き方はずっとコレなんです。ロックなんです。美容師という仕事は、外見で判断される部分もあるんですよ。1度、失敗したことがあります。ある施設へ行ったとき、「ジャージで来てください」と言われ、ジャージで行ったんですが、私の気持ちも乗らないし、カットしてもらう方々もいまいちの表情でした(笑)。

鎌田 やっぱり、あなたはかっこよく行かなきゃあ(笑)。

篠田 どうせカットに行くんだから、かっこいいほうがいいと思います。

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