鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 福祉美容師・篠田久男さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2010年10月
更新:2013年9月

美しいカットによって人は明るくなれる

篠田さんと鎌田さん

「これほどカットを希望する人がいるとは思いませんでした」と語る篠田さん

鎌田 美しさをコーディネートする仕事にはプラスαが必要だよね。一流のアーチストがジャージでは様にならない(笑)。

篠田 私がカットしてつくるのは、単なる髪型ではなく、1つの作品だと思っています。ですから、スプレーなどを使って、その人に合った髪型に仕上げます。女性は「こんなこと、いままでやってもらったことない」と喜びますね。とっても素敵な笑顔をされますから、私も嬉しくなります。

鎌田 障害を持った子でも、かっこよくしてもらえば、笑顔が出るよね。

篠田 一般的に、施設へ行く美容師さんは、手入れがしやすいように、短くカットします。しかし、カットされる方々の気持ちは、そうじゃないんですよ。私は美を与えたいから、いろんな工夫をします。そのためにいろんな勉強もしたんです。

鎌田 よくわかります。

篠田 私は美容師の学校や福祉美容師の集まりでも、「相手がどんな方でも美を追求してカットします」と教えています。

鎌田 歳を取っているとか、がんであるとか、障害を持っているとか、関係ない。その人にとっていちばん美しい髪型にしてあげる。

篠田 そうすれば、気持ちが暗い子も明るくなりますよ。それが私のスタイルです。きょうは先生にお目にかかるというので、チャラチャラしたかっこうはしていませんが、ふだんのかっこうはすごいですよ(笑)。

鎌田 こうしてお話していると、本当に明るい。どうしてこんなに明るくしていられるの。

篠田 好きなんです、人が。それに、私はこれまで自分のわがままで人生を生きてきましたから、妻をはじめ私を支えてくれた人たちに対する深い感謝の気持ち、それがあるからです。

満身創痍の身体だが人のために生きる

鎌田 奥さんはすごいと思う。『余命一日まで』を読んで感動しました。

篠田 言いたいこともあるでしょうが、何も言わず支えてくれています。私いま、病気を5個持っています。後腹膜線維症、腎臓……。尿管が逆流しないようにステントを入れています。

鎌田 悪性リンパ腫の影響で尿管が上手く通らないので、ステントを入れているということですね。

篠田 万が一の場合、人工的なストーマを付けて、人工的に体外に排尿しなければならなくなるかもしれません。

鎌田 そのほかには?

篠田 まだ両足に静脈瘤があるんで���。それから、かなり注射を射っていますから、左腕に神経障害があり、時々激痛が走ります。カットには影響がありませんが……。

鎌田 それだけの満身創痍で、よく人のお世話ができますね。

篠田 だって、私は妻と息子のおかげもありますが、皆さんのおかげで助かったようなものですから……。

鎌田 息子さんは元気なの?

篠田 いま入院中ですが、元気です。

鎌田 最後に、いま、あなたの夢は?

篠田 家族の幸せが基本ですが、夢は人のために生き、人を喜ばせることです。それだけです。

鎌田 この本はがんの患者さんが読んでいますが、読者が篠田さんにカットをしてほしいと言ったら、してくれますか。

篠田 しますとも。私は人のためならどこへでも行きます。

鎌田 篠田さんにカットをしてもらえば、がん患者さんも元気が出ると思います。それから、私のカットもしてもらえる?

篠田 喜んで。かっこよくしますよ(笑)。それから、私、イラクの病院の子どもたちのカットもしたいです。

鎌田 あっ、それ、いいねぇ。病状と相談する必要がありますが、私も行きますし、向こうには看護師さんも常駐していますから、考えてみましょう。イラクの女の子たち、きっと喜ぶだろうね。病状が安定していたら、ぜひご一緒しましょう。

知的障害の子と走った立川マラソンの思い出

篠田 私、今年2月に立川の3キロマラソンに、ボランティアで出たんです。

鎌田 何、それ。

篠田 障害児と一緒に走るんです。ボランティア協会の人から、「ジョギング程度で走って、無事ゴールしてもらえばいい」と言われ、「いいですよー」と参加しました。行ってみると、すごく大きな大会で、自衛隊の選手とか箱根駅伝の選手も参加していました。私は知的障害を持つ男の子と手をつないで走ったわけですが、1.5キロぐらいでものすごく苦しくなってきました。なにせ手術から2週間ぐらいしかたっていなかったものですから(笑)。

鎌田 無茶苦茶だね(笑)。

篠田 私が歩き始めると、隣の男の子が下を向くわけです。彼も勝ちたいと思って走っているのです。歩いて負けるのは口惜しい。私も口惜しい。そこで私たちは再び走り始めたのですが、走っても走っても追い抜かれるわけです。そのうちに、男の子が「もういいよ。がんばらなくていいよ」と言うように、手を後ろに引くのです。

鎌田 すごいなぁ。

篠田 彼にも心で感じるものがあったんでしょうね。私はここであきらめてはいけないと思い、2人で励まし合うように走り、ゴール前800メートル地点で応援していたお母さんに手を振って、ゴールしました。彼はその時に、うれしさのあまり僕に抱きついてきました。僕は彼に勝ったんだよと言いました。

鎌田 あなたも男の子のためにがんばったんだ。

篠田 最後の頃は、もう自分はどうなってもいいと思っていました。ただ、男の子にケガをさせるようなことだけはしてはならないと思い、最後まで必死に手を握って走り、何とか完走することができました。

鎌田 (下を向き、こらえるように)すごい。泣きそう……。

篠田 私は目標がないとダメな人間なんです。何か目標があれば、何が何でもそこへたどり着こうとする。その一念でこれからもやっていくつもりです。

鎌田 素晴らしい話をうかがいました。この対談で泣いたのは初めてです。勇気をいただきました。本当にありがとう。

(構成/江口敏)

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