鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 後藤学園付属リンパ浮腫研究所所長・佐藤佳代子さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
リンパドレナージによって変わる患者さんの生きる力
鎌田 ところで、佐藤さんは元々何をなさっていたんですか。
佐藤 もともとは鍼灸・あん摩のマッサージ師です。私は小学校5年生から高校2年生まで、腎臓の病気をして顔がむくんだのです。その闘病生活のなかで、マッサージをして人を癒やすことを、体験的に学びました。
鎌田 リンパドレナージをやろうと思ったのは、いつですか。
佐藤 20歳のときに、ドイツからリンパドレナージを教えに来てくださった先生に巡り会ったのです。従来のマッサージとはまったく違うマッサージでした。その最後の授業の日に、リンパ浮腫の患者さんの治療前と治療後を比較した写真を見ました。治療前には片側だけ4倍近く大きくむくんでいた患者さんの脚が、治療後には両脚とも同じようにすらっとしていました。その写真を見たとき、技術や経験の深みに驚きましたが、それ以上に、治療を通して患者さんの心の状態が大きく変化したことに感銘を受けました。
周囲の人からどんなに「治そうね」「がんばろう」と言われても、自分の心が縮こまっていたり、前に向かって歩き出せなかったら、ちゃんと受け止められないこともあります。でも、周囲の支えのなかで、心身のど真ん中に、自分で治そう、生きようという力が、湧き上がってきたら、それはものすごく大きな力を生み出します。わたしも幼いころに同じような経験をし、自分のなかでいろんなことが変わったという経験がありましたから、ドイツでのリンパ浮腫治療について触れたときに、「これだ!」と思ったのです。
鎌田 佐藤さんが学ばれ、現在リンパ浮腫研究所の所長をやっていらっしゃる後藤学園とは、どういう学校ですか。
佐藤 鍼灸師、看護師、理学療法士など、医療従事者を育成する歴史のある学校です。
鎌田 そこにリンパ浮腫治療室ができたのはいつですか。
佐藤 2001年4月です。
鎌田 初代室長が佐藤さん?
佐藤 そうです。1996年から1999年までドイツでリンパ浮腫治療について学び、帰国後、日本での活動を始めました。
鎌田 そこは治療院になっているんですか。
佐藤 学校に付属する施設として、心臓血管外科医と連携しながら治療にあたっています。
リンパドレナージを知らない医師も多い
鎌田 この記事を読んだ人で、リンパドレナージをやってほしいと思った人は、そこへ行けば治療を受けられますか。
佐藤 はい。まずは医療施設において医師の診断を受け、患者さんの既往歴、現病歴、禁忌などを把握して実際の治療に入ることができます。
鎌田 現在、日本にリン��浮腫の患者さんはどれくらいいるのですか。
佐藤 15万人ぐらいいると言われていますが、実際にはもっと多いと考えられています。リンパ節郭清を伴う乳がん術後、3年以内にリンパ浮腫を発症する人が約5パーセント、婦人科がん術後の場合には、20~30パーセントと言われています。このほかに、頭頸部がん、前立腺がん、消化器がんなどの術後においてもリンパ浮腫を発症する可能性があります。また、生まれながらリンパ管系に障害があり原発性として発症している患者さんもいますが、統計には含まれていません。
鎌田 女性が多いようですが、男性もいる。
佐藤 はい。男性の患者さんもいらっしゃいます。全国には女性を中心とした患者会があり、情報交換も盛んです。しかし、男性の場合には、ここまで我慢されなくてもよかったのにいう状態まで我慢されますから、かなり重い症状でみえる患者さんがいらっしゃいます。
鎌田 以前『がんサポート』の対談に出ていただいた、脚本家の早坂暁さんがそうですね。早坂さんは、「医者はこのつらさをわかっていない」と言ってましたね。後藤学園の存在を知らない医師が多い。実際、私も知らなかった。知らない医師には、怪しいところじゃないかと思われたりする(笑)。
佐藤 過去には、そのように思われたこともありました。しかし、活動当初からご支援くださった静岡がんセンターの安達勇先生をはじめ、全国の多くの医師に支えられ、最近では多数の医学学会においてもリンパ浮腫治療について検討されるようになりました。
あきらめなければ突破口が見つかる
鎌田 最近は、乳がんの治療法もきちっと統一されつつあり、むちゃな郭清は行わない方向になっています。かつては外科医の腕の見せ所みたいな感じで、郭清をたくさんやった医師ほど腕がいいと思われていた時代がありました。しかし、こんなに大きく郭清しなくても治ったのでは、というケースも少なくなかったようです。そういうケースでリンパ浮腫に悩まされている人が、後藤学園の治療室へ行けば、治るものですか。
佐藤 リンパ節を郭清した場合、完治は難しいかもしれませんが、日常生活の支障が少なくなり、毎日の暮らしが変わります。復職される方もいます。
鎌田 やたらと手術していた20年前ぐらいに手術を受け、いま腕がむくんで悩んでいる人でも、治療を受けてみる価値はありますか。
佐藤 十分にあると考えています。わたしたちの治療室には40年前に手術をきっかけに、その後、リンパ浮腫を発症された方もいらっしゃいます。
鎌田 佐藤さんは20歳代のときから、リンパドレナージの草分け的存在ですが、大したものですね。
佐藤 私はおばあちゃん子でした。子どもの頃、おばあちゃんと畑の道を歩いているとき、畝に根こそぎ抜かれた菊の花が肥料として置かれていました。おばあちゃんは「キク」という名前でした。私にすれば、おばあちゃんが畝に横たわっているような気がして、泣く泣くその中から何本かの菊を持ち帰って、また土に植えたのです。すると、翌日には、しなだれていた茎がピーンと立って、また花が咲いたのです。
あきらめなくてもよいことを、あきらめてしまったら、物事はそこで終わります。しかし、いのちがあるかぎり、復活できる。このときの経験も、いまにつながっていると思います。同じく、リンパ浮腫の治療においても、誰かが「もう無理だよ」と言ったとしても、違う角度から見れば、新しい突破口が見つかることがあると思います。
日本の患者さんに対応するためにスキルを開発

鎌田 今回、私がAさんのために佐藤さんに来ていただいたのは、あきらめずに、違う角度から突破口を開くためでした。
佐藤 声を掛けてくださり、ありがとうござました。
鎌田 やはり早い段階で佐藤さんのような人に診てもらうことが大事ですね。
佐藤 リンパ浮腫は日常生活のなかで改善できる部分も多いので、治療やケアは、早ければ早いほどよいと思います。現在、治療はすべて自己負担となっているので、リンパ浮腫治療が保険適用になるよう様々な活動をしています。これが実り、平成20年度から保険適用になっています。ただ残念ながら、保険適用はまだ限定的です。
鎌田 ドイツ生まれのリンパドレナージをやっていらっしゃるわけですが、そこに日本的な鍼灸・あん摩の要素を取り入れるということは?
佐藤 ドイツ人と日本人では、皮膚の状態も違います。また、暮らしも生活のリズムも違います。日本で治療の経験を積み重ねながら、日本で暮らす患者さんにとってより効果的な手技が生まれてきました。私は患者さんへの治療は、「一期一会」であると思っています。同じ方でも、毎回状態が違います。なので、1回1回の治療の積み重ねがとても大切です。
鎌田 いやぁ、本日はとても勉強になりました。リンパ浮腫に悩んでいらっしゃる方には大変参考になったと思います。
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