鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 あだち健康行動学研究所所長・足達淑子さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2010年4月
更新:2013年9月

生活習慣を変えると生き方も変わる人が多い

足達淑子さん

鎌田 たとえば、がん患者さんにたばこは良くないといわれています。しかし、止められない人が少なくない。止めさせるにはどういう行動療法をするんですか。

足達 まず、患者さん自身がたばこを止めたいと思っているかどうかが大事です(笑)。その気のない方を、あまり追い込んで、抵抗されるようなことになったら逆効果ですね。そんな方でもおそらくご自身もたばこが悪いことはご存じでしょうから、最初はあっさりと、情報を与えるところから始めるのがいいと思います。

鎌田 やる気のある人は、情報を与えられるだけで行動変容を起こすようですね。

足達 そうですね。その情報の中に、どうしたらできるかという方法についても盛り込むと良いと思います。長年、行動変容に関する介入研究をしていますが、ご自身は自分のことで大切、それが価値がある、できそうと思えば自分で行動を変えることができる人はかなり多いらしいというのが今の私の考えです。

鎌田 私も内科医として生活習慣を変えることができた人をたくさん見ていますが、生活習慣を変えると生き方も変わりますね。カロリー制限をするだけではなく、生き方が変わる。大袈裟ですが、なんか人生が変わった人を何人もみました。

足達 行動変容というのは暮らし方を変えるということですから、食事を変えようとすれば買い物や時間など、暮らしを変えざるを得なくなりますよね。ライフスタイルそのものが変わりますね。

鎌田 長年たばこを止められなかった人が、たばこを止めると、奥さんとの関係が好くなるということがありますよね。

足達 そうですね。生活習慣を1つ変えると、いろんなことが変わってきますね。私は1年ほど前から努めて朝、通勤時間を利用して歩いていますが、それによってテレビを見る時間が減りました。

鎌田 行動変容の波及効果ですね。何となく見たくもないテレビを見ていたのが、歩くことで見なくなった。それだけ自分が変わったということですよね。そういえば、がん患者さんを再発させないために、いちばん科学的に根拠がある方法は、食事ではなく、運動ですね。がん患者さんが運動を続けるには、どうしたらいいですか。

足達 運動をして良かったことに気づくことが大切ですね。運動して、気持ちが良かった。腰の痛みが薄らいだ。肩こりが治った。何でもいいですが、運動の結果として自分自身で良かったことに気づくと続けやすくなるはずです。何かをやって、その起きた結果が良かったということを、自分の中にフィードバックするわ���です。勉強して試験に受かり嬉しい。それと同じですね。

子育てや看病にも必要な的確なほめ言葉る

鎌田實さん

鎌田 そうか。ひとつひとつ整合性をつけていくということですね。それで思い出しました。先日、大平光代さんという弁護士さんと共著で、『くらべない生き方』(中央公論新社)という本を出しましたが、大平さんは中学2年のときにいじめに遭って自殺未遂をしたり、騙されてやくざの女房になって背中に刺青を入れられたり、挫折続きの大変な人生を歩いた後、弁護士にまでなった人です。難関の司法試験に受かるまでには、まず宅建(宅地建物取引主任者)の試験に受かり、その次に司法書士の試験に受かりして、小さな目標をクリアしていくうちに、カベを突破する力を蓄えたということだと思います。

足達 ステップ・バイ・ステップで目標をたて能力が開発されたのでしょうね。行動変容でも、行動を細かく鎖のように砕いて見るというのは大事な考え方です。たとえば、赤ちゃんは自分で靴下を履くことはできません。でも、お母さんが足に靴下を引っかけてくれれば、自分で靴下を引っ張って靴下を履くことを覚えますね。
このように私たちの行動は一見、シンプルに見えますが、実は非常に複雑な行動の積み重ねでできているのです。ですから、難しい行動ほど、ステップを細かく低くする必要があります。それを1つ繋げることで、難しい行動もできるようになります。リハビリテーションもそうです。いきなり高いレベルを狙わず、少しがんばればできそうなところに目標を置き、1つずつクリアしていくことです。

鎌田 大平さんの場合、もうひとつ良かったのは、養父になってくれた「大平のおっちゃん」という人が、とてもほめてくれたからです。

足達 ほめ上手というのはとても大事なことですよね。私は、教育者の大事な条件は、いかに的確にほめるかにある、と思っています。

鎌田 たとえば、いつもはふさぎ込んでいる闘病中の奥さんが、なにかの拍子にポジティブになったとき、ご主人は大いにほめてやるべきですね。

足達 そうです。「今日は元気そうだね」などと、的確な表現でほめる。的確にほめるには、日頃から愛情を持って相手をよく見ていないとできないですね。子育ても看病も同じです。

多くの人が秘めている自ら変わる可能性

鎌田 大平さんは満足に学校に行っていません。とにかく試験に受かるために同じテキストを何10回も読んだそうです。

足達 それが能力でしょうね。同じテキストを何10回も読み続けることは、一種の能力です。ただ頭が良いだけでは、それはできません。意志の力ですね。

鎌田 彼女は無意識のうちに行動変容の仕方を実践していたんでしょうね。

足達 ある意味で楽しかったんだと思います。

鎌田 彼女はまた、やっと生まれた赤ちゃんが心臓病で手術を受け、さらに白血病であることがわかった。私は、これは地獄じゃないかと思いましたが、彼女は「おかげさまで子どものために、ていねいな生き方をさせてもらっています」と言う。苦難の前半生を乗り越え、難関の試験をクリアする過程で、「何が起きても大丈夫」という自信を身につけたのでしょうね。

足達 大平さんもある時期までは、自己評価は低かったかも知れません。それが何回も試験を受ける中で、「やればできる」という自己評価ができるようになり、自信につながっていったのではないでしょうか。

鎌田 あっそうか。周りの人がほめることも大事だけど、自分で自分をほめてあげることも大事なのか。背中に取り返しのつかない刺青がある女性でも、行動変容ができ、生活を変えることができる。

足達 でも、できないと思いこんでいるとダメなんです。

鎌田 どうすればそう思わないようになれますか。

足達 自分と同じような立場の人でも、こういう立派な人がいる、ということがわかると励みになるでしょうね……。

鎌田 モデリングですね。うまくやってる人のマネをすればいいんだ。

足達 そうです。また、自分はダメだと思っている人でも、心のどこかに自分はできるという思いを持っていたりします。

鎌田 私だって、という思いは誰にもある。そこに刺激を与えれば、変わることができる。

足達 人間はその時々で感情がふらふらしていますから、何かきっかけさえあれば、気持ちを変えることはできます。どうしてもたばこを止められなかった人が、お父さんががんになったとたんに止めた例があります。

鎌田 足達さんが関わった患者さんで、変えられない人はいましたか。

足達 自分自身で変わろうという意志があれば、少しずつは変えることはできると思うのです。ただ、ご自身に変わる気持ちのない人を、他者が変えることは、なかなか難しいですね。

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