鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 『泣き笑い健康法』著者・吉野槇一さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2010年3月
更新:2013年9月

科学的根拠のある医療とは自然治癒力を重視する医療

吉野槇一さんと鎌田實さん

鎌田 (居住まいを正しながら)もともとコブランという人がEBM(科学的根拠のある治療)ということを言い出したのは、医療は自然治癒力で治していくのが大前提で、手術にしろ、放射線治療にしろ、何か治療を加える場合は、自然治癒力で治すという大前提の足を引っ張らないことが条件だ、という考え方に基づいています。ところが、いまの時代、EBMというと、がん治療の場合、手術、放射線、抗がん剤の3大治療がEBMだと錯覚されている面があります。本来のEBMの考え方は、自然治癒がいちばん大事で、なるべく余計な治療はしないというものです。私も、患者さん本人が持っている自然治癒力で治すことが医療の基本で、科学技術的な治療は最小限にとどめて、患者さんが最後まで人間らしい生き方ができるよう応援することが、医療の本質ではないかと思っています。

吉野 まったく同感です。私は、医療はまず第1に、患者さんの病気について得られた医学的な情報を、患者さんに包み隠さず正確に伝えることがベースだと思います。第2は、自然治癒力を無視した医療行為はあり得ないと考えています。先ほど申し上げましたが、がんもそれ自体が身体的ストレスであり、そのストレスを少なくするために、外科的治療があり、放射線治療があり、化学療法があり、ときにはリハビリ療法があるわけです。しかし、それだけではダメで、自然治癒力を阻害しているものを取り除く必要があります。自然治癒力を阻害しているものは何かといえば、それは精神的ストレスです。

鎌田 なるほど! 自然治癒力で治すことが医療の基本だとすれば、自然治癒力を阻害している精神的ストレスを取る必要がある。

吉野 患者さんの精神的ストレスをなくすということは、医者が最後まで追求しなくてはならないテーマだと思います。現在の自然治癒力に重きを置かない医療を進めていったら、ロボットでもできる医療になってしまいますよ。

鎌田 大学教授までやっていた外科医の先生が、そこまで言うとは思わなかった(笑)。

吉野 どうしてですか(笑)。

鎌田 だって大学病院でメスを持って先端的医療に邁進してきたわけでしょう。

吉野 いや、メスを持っていたからこそ、そういう発想が出てくるのです。

鎌田 私は先日、朝日新聞社から『言葉で治療する』という本��出しましたが、がん治療において、手術、放射線治療、化学療法を行うとしても、医師が患者さんに全幅の信頼を置いてもらい、安心して治療を受けてもらうことが、治療効果を何倍にも大きくするし、仮に亡くなった場合でも、ご家族に納得してもらえる、ということを書きました。

吉野 言葉は大事ですよ。「スピーチ・イズ・アート」という言葉があるくらいですからね。

落語を聴いて笑ったら身体に悪い物質が減った

鎌田 笑うことは自然治癒力を活性化させ、病気を克服するために良い、ということは以前から言われていますが、吉野さんは泣くことも良いと書かれていますね。だから本のタイトルが『泣き笑い健康法』になっている(笑)。

吉野 いや、がんで打ちひしがれている患者さんに対して、笑えと言うのは酷です。患者さんに怒られますよ(笑)。

鎌田 泣いても良いということは、データ的にも実証されたわけですが、それは研究デザインの段階から予想されましたか。

吉野 予想していました。笑うことが身体に良いという実験をしたときから、そう思っていました。というのは、心と身体、心と病は密接な関係があります。長く臨床をやっていますと、患者さんの身内に不幸があったときや、人間関係が悪くなったときに、病気が悪化することはよくあります。なぜそうなるのか、私はそれを客観的データで証明しようとしたわけです。そのためにはどうしたらいいのか。精神的ストレスに注目すれば、ある程度証明できるのではないかと考えました。

鎌田 先ほどの精神的ストレスですね。

吉野 ストレスに対して、自律神経系、内分泌系、免疫系の3つの系が、スクラムを組んで対応していることは、すでにわかっていました。そこで、心を揺さぶったとき3つの系がどう反応するか、林家木久蔵(現木久扇)師匠に落語を演じていただき、患者さんたちの笑ったときの反応を調べたわけです。そうすると、血液中のストレスホルモンのコルチゾールや、リウマチの炎症を悪化させるインターロイキン-6などが減少していたわけです。たった1時間の落語を聴いただけで、そうした物質の値が下がった。これは素晴らしいと感動しました。しかし、学会で発表しても、国内ではなかなか注目されませんでしたね。海外のリウマチ専門雑誌にこの実験結果を発表してから、日本の学会も注目するようになりました。

頭の中を真っ白にする「脳内リセット」が大事

鎌田 外国の論文に載ると、日本でも認められるんですね(笑)。その笑いの効果から泣く効果を着想されたのが面白いですよね。

吉野 笑うとどうしてこのような働きが出るのか、考えたわけです。笑っているときは、多分、頭の中が真っ白になっているのではないかと思いました。何も考えていない。おそらく泣くときも同じだと考えました。そして、終戦直後の貧しくて苦しい時代の一場面を思い出しました。当時、母物映画と言って、泣かせる映画が流行りましたが、観客は映画を観て泣いたのに、帰りは晴れ晴れとしていたわけです。泣くと頭の中が真っ白になって、心身がリフレッシュされるんですね。

鎌田 データは笑いのときと同じでしたか。

吉野 まったく同じでした。笑ったり、泣いたりして、頭の中を1度真っ白にすることは、私たち人間にとって良いことだと証明できました。そこで私は「脳内リセット」という造語もつくりました(笑)。脳内リセットのシステムは、もともと私たちの身体に組み込まれているものです。

鎌田 頭の中が真っ白になるくらい夢中になることは、必要なことなんですね。

吉野 要は、精神的ストレスを忘れるということです。

鎌田 全身麻酔によるデータも同じような結果だったということですね。

吉野 はい。患者さんの了解を得て、全身麻酔がストレス関連物質にどのような影響を与えるか、調べてみました。前日の数値を基準にして、手術の30分前、麻酔をかけてから30分後など、4つのポイントでこれら物質の数値を測定しました。手術台に上がると、みんなストレスがかなり大きくなり、これら物質の値は高くなりました。一方、麻酔をかけて30分後には基準値は前日より、むしろこれら物質の値は下がるという結果が出ました。つまり、麻酔をかけると、意識がなくなり頭の中が真っ白になる。その結果、精神的ストレスがなくなって、身体的にもいい影響を及ぼすことが証明されたわけです。

鎌田 吉野さんは睡眠の重要性も指摘されていますね。がん患者さんが眠れないとき、睡眠薬を使ってもいいですか。

吉野 この全身麻酔の実験結果から睡眠薬を使ってでも、よく寝たほうがよいと強く思うようになりました。起きているときは、泣いたり笑ったりして掃除人のようにストレスを取り、夜は夜で十分な睡眠を取ってストレスを取る。私たちは寝る、起きる、寝る、起きる、というリズムで生活しているわけですから、健康にいちばん大事なことは、睡眠、とくに深い睡眠を取ることだと思います。

鎌田 セックスはどうでしょう。

吉野 病気に差し支えがなければセックスもしたほうがいいと思いますよ。「脳内リセット理論」に従えばストレスが取れるはずですからね。また、元気に生きてるという実感にもなりますよね。

鎌田 いずれにしても、ストレスによって自律神経系、内分泌系、免疫系の3つの系が乱れやすい人は、「睡眠」「楽しい笑い」「涙して泣く」「楽しい物事に熱中する」など、脳内リセットに努めることですね。

吉野 はい、そうです。

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