鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 東邦大学医療センター大森病院・大津秀一さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
がん以外の患者さんにも緩和医療を提供したい

鎌田 方向転換した理由の1つに、年間240人の患者さんを看取り、燃え尽きたということはありませんか。
大津 いや、充実していました。ただ、ホスピスの仕事は決して楽しいものではありません。誰かがやらなければならない、重要な仕事だと思ってやっていましたね。
鎌田 医師にとってホスピス病棟というのはある意味、温室みたいなところです。もう少し違うところで人間のいのちを見てみたいと思って移られたような気もします。
大津 たしかにそういう面はありますね。緩和ケアというのは、すべての医療の基礎にあるべきものだと思います。もともと医療の始まりは、患者さんの痛いところをさすってあげたり、薬草をぬってあげたりして、痛みや苦しみを和らげることでした。その後、医療が進歩し、さまざまな病気を治せるようになったのは良かったのですが、痛みや苦しみを和らげるとか、ご家族の気持ちに寄り添うという、そもそもの医療の役割を忘れてしまったのではないかと思います。
緩和ケアはがんの末期だけでなく、あらゆる病気に適用していいと思いますが、医療が専門化してきたことによって、ターミナルケアの分野に限定されている面があり、ホスピスが緩和ケア病棟の技術を独占しているような現状です。
そうではなく、私は一般の病院で緩和ケアをやりたいという気持ちがありました。大きな病院で1人の医師が緩和ケアを担当するには限界がありますし、中規模の病院がベストだと考えました。今の病院ぐらいが緩和ケアの特性を十分発揮できると思います。
鎌田 がん以外の患者さんたちにも、緩和ケア的なテクニックを使って、できるだけ温かな治療を行っているんですね。
大津 最近はそういう患者さんが多いです。1人の医師では無理ですが、グループ診療で盤石の態勢を取っていますから、老いを迎え数年以内には死を覚悟している患者さんが多くいらっしゃいますね。
生への執着、希望が強く後悔を漏らす患者さん
鎌田 ところで、大津さんは1000人以上の死を見届けたと言われますが、いま何歳ですか。
大津 33歳です。医師になって9年目です。
鎌田 1000人、早いですねぇ。やはり京都のホスピスで……。
大津 そうですね。京都の時代が圧倒的に多いですね。若かったものですから、年間200人亡くなられる多くの患者さんを診ていましたから。それから、研修医の時代に、川崎市の病院に勤めました。私1人しか研修医がいないので、担当する患者さんが多くなり、40人以上を診ていたこともあります。そこでも多���の経験をさせていただきました。
鎌田 若くして1000人以上の死に寄り添って感じたことが、『死ぬときに後悔すること25』に集大成されているわけですね。
大津 そういうことです。現在でも、緩和医療にまでたどり着けない患者さんが非常に多いわけです。
最期まで抗がん剤治療を続けてしまって、緩和医療にたどり着けなかった人とか、病院のシステムをよく知らなかったために、緩和医療にたどり着けなかった人とか、いろんなケースがあります。死を目前にしたがん患者さんなどを見ていますと、人間の生への衝動、執着、希望がいかに強いかがわかります。だったら、病気になる前からそういうことを考えておくべきではないかと思うのです。その点については、以前『余命半年~満ち足りた人生の終わり方』(ソフトバンククリエイティブ)という本に書きました。
患者さんが死ぬ間際になって、こうしておけば良かった、ああしておけば良かったと思うことは、ある程度似かよってきます。元気なうちからやっておくべきことをやっておけば、最期に後悔することもなく、従容と死に赴くことができるのではと思い、『死ぬときに後悔すること25』にたどり着いたわけです。
死ぬ間際になって後悔する患者さんは少なくない
鎌田 死を目前にして後悔する患者さんは多かったですか。
大津 少なくなかったですね。実際に後悔を口に出して亡くなっていかれたのは、3分の1ぐらいでしたが、胸に収めて逝った方は多かったと思います。
鎌田 死ぬときに後悔することの1番目に、「健康を大切にしなかったこと」とありますが、健診を受けなかったことを後悔するがん患者さんは多いですか。
大津 40~50代の働き盛りで病に倒れた人に多いです。「もう少し前から健診を受けていれば、こういうことにはならなかったのでしょうか」と訊かれて、返答に困ったことがあります。
鎌田 2番目に「たばこを止めなかったこと」があります。喫煙習慣がある肺がんの患者さんなどを見ていると、「これでよかった」と思っている人が多い感じがします。
最近は敷地内ではたばこを喫ってはいけないという病院が多いですね。大きな声では言えませんが(笑)、私の病院の緩和ケア病棟も禁煙になってはいますが、1日1本だけ、患者さんの喫煙を大目に見ています。看護師がそれをサポートし、医師も見て見ぬふりをしていますね(笑)。大津さんに直接、喫煙を後悔した人はいましたか。
大津 3人ほどいました。他人に気にせず喫煙ができた時代を経験している、高齢者の人でしたけれどね。
鎌田 とにかく、たばこは止めてほしいですね。それから5番目に、「自分のやりたいことをやらなかったこと」があります。これは多いんじゃないですか。
大津 多いですね。最近読んだ本に、「若いときは、したことに後悔し、年を取ると、しなかったことに後悔する」と書いてありましたが、なるほどと思いました。患者さんの中には、人生の岐路を思い出して、ああしておけば良かったと言われる方が結構いますね。
鎌田 この本の面白いところは、25の後悔が書かれていますが、それが病気になっても、最期まで後悔しないで、自分らしく生ききるための大事なヒントになっている、という点です。そして、ここに挙げられているのは大津流の25の後悔ですが、読者はその他に5つぐらいは自分流のポイントを挙げることができるのではないかと思います。
大津 実際、この本を読んだ葬祭業者さんが、みんなで25の後悔を持ち寄って集めたら、面白いものができるのではないか、と言ったという話や、読者の祖父が「家族を大事にしなかった」という後悔を加えるべきだ、と言ったという話など、面白い反響がありました。
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