鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 東邦大学医療センター大森病院・大津秀一さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
自分の葬儀を語る人は生をあきらめていない
鎌田 11番目に「遺産をどうするかを決めなかったこと」という後悔がありますね。これも結構多いですか。
大津 遺産の話は結構ありましたね。10~15例ぐらいはあったと思います。患者さんが緩和ケア病棟にいらっしゃる頃には、遺産の話も、それが信頼できるものかどうかでもめるわけです。患者さん本人の意識ははっきりしていても、医療用麻薬を使用している場合は、その話は認められないといったことがあるのです。それで相続についての意志を伝えることを断念された方もいらっしゃいます。
鎌田 早めに相続問題をきちんとしておくことは大事ですね。
大津 今の高齢者の方々は結構おカネをもっていらっしゃいますから、土壇場になって家族がもめるケースが多いのです。
鎌田 12番目に「自分の葬儀を考えなかったこと」があります。
大津 最近、自分の葬儀の話をされる方が増えています。
鎌田 多いけど、自分の葬儀のことなど、怖くて絶対触れられない人もいますね。
大津 鎌田先生の『がんばらない』にも、自分の葬儀のやり方についての希望を言って亡くなった青年の話が書いてありましたが、葬式について好みを話す人が多いですね。自分できちんと葬儀のやり方を話していたような人は、満足げな表情で亡くなっていかれます。
鎌田 亡くなる直前に自分の葬儀を語るということは、すごいことです。死を受容しながら、あきらめていない。
大津 日本バプテスト病院のホスピスにはクリスチャンの患者さんが多かったのですが、患者さんそれぞれ好きな賛美歌があるんですね。どことなく悲しげな賛美歌をリクエストする人がいるかと思えば、明るい調子の賛美歌をリクエストする人もいます。そして、自分の最期に流してもらう賛美歌を選んでおくわけです。
鎌田 賛美歌1曲でも選んでおくことが大事なんですね。
大津 あの世に送ってもらうときの曲を選ぶときの気持ちは、とても大事だと思います。それだけで心が安まることがあると思います。
医師と約束事をすることで患者さんは朗らかになる
鎌田 シャンソンの好きな患者さんがいて、「先生、私の最期には、エディット・ピアフの『水に流して』をかけてほしい」と言った。それには、その人にしかわからない、何らかの思い出があるはずです。
私たちは、その人をできるだけ長く生かし、最期にはその人が望んだように努力し、約束を守ってあげる義務があるように思うんです。
大津 そういう約束事を口にするときの患者さんは、朗らかな表情をしていますよね。約束をすることが生きる糧になっているような気がします��
鎌田 そうそう、それは言えるね。私の妻の父が亡くなるとき、クリスチャンだったものですから、賛美歌405番の「また逢う日まで」を歌って送り出してくれ、と頼んでいました。それで、義父が亡くなったとき、クリスチャンのドクターや看護師さんに集まってもらい、賛美歌「また逢う日まで」を歌って送り出していただきました。そのとき、義父の隣にいた肝臓がんの患者さんが、「ボクのときは『おぼろ月夜』を歌ってほしい」と、ニコニコしながら言ったんです。その人は4カ月後ぐらいに亡くなりましたが、1つでもこうしてほしいというメッセージを出せるということは、とても患者さんを元気づけるんですね。
家族が語り継げる最期の「ありがとう」

鎌田 いちばん多い後悔は何ですか。
大津 「会いたい人に会っておかなかったこと」ですね。こんな姿では会えない、明日会いに行こう、などと言っているうちに、結局、会えないまま終わることが多いのです。
鎌田 「行きたい場所に行かなかったこと」は?
大津 それが2番目に多い後悔ですね。海外に行きたかったという人も多いですが、故郷にもう1度返りたかったという人も少なくありません。
鎌田 最後の25番目に、「愛する人に『ありがとう』を言えなかったこと」があります。最近は家族などに「ありがとう」と言って亡くなる人が多いように感じますが、「ありがとう」を言うタイミングが難しい。
大津 高齢の方はなかなか言えないようです。私たちが伝書鳩になって、「家内、最高だったよ」というご主人の感謝の言葉を伝えることもあります。奥さまが2年経っても、3年経っても、そのことを言われるのが、伝書鳩役を果たした私たちにとっても嬉しいものですね。
鎌田 最期の「ありがとう」は長く語り継がれますよね。
大津 あの人が何を考えていたのかわからない、というのでは、家族は苦しみます。感謝の言葉を言っておけば、家族はそれを語り継げるのです。それが次の世代にバトンを渡すことにつながるのだと思います。
鎌田 そういう意味では、『死ぬときに後悔すること25』は若い世代にも読んでもらいたいですね。
大津 健康な人に読んでいただきたいと思います。私も医者にならなければ、こんなことは考えなかったと思います。患者さんやご家族に大事なことを教えられました。
鎌田 私も若い大津さんに大切なことを教わった(笑)。本日はありがとうございました。
(構成/江口敏)
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