鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 国立がんセンター総長・廣橋説雄さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
患者さんのQOL向上には医療側の人材育成が不可欠
鎌田 拠点病院には相談支援センターが設置されていますが、ここでも患者さんの悩みや苦痛に応えられる人材が不足しているようですね。
廣橋 相談支援センターは拠点病院の大事な機能の1つです。ここは拠点病院にいらっしゃる患者さんだけでなく、地域の人たちの相談窓口の役目も負っています。最近ようやく地域の相談窓口であることが住民の方々に浸透してきたかなという感じです。しかし、おっしゃるように人材不足で、適切な応対ができないケースもあるようです。ただ、相談支援センターは最終的な解決をするところではない、ということもご理解いただきたいと思います。また、相談に来られる方が、何を相談したらいいのか整理されていないケースも少なくない、と聞いています。相談に来られた方が、何を相談されたいのか、それを整理してあげることも相談支援センターの大きな役割だと思います。
鎌田 千葉県がんセンターのように、がんに詳しい患者さんを相談員に起用している病院もあるようですね。相談員が3人のチームなら、1人は患者さんというのもいいですね。
廣橋 非常にうまくいく例もあると聞きますが、患者さんを相談員に起用するにしても、やはりそれなりの研修が必要だと思います。
鎌田 がん対策推進基本計画では、がん患者さんのQOL(生活の質)の向上が大きな柱として掲げられていますが、この点は進展しているのでしょうか。
廣橋 がん対策推進基本計画の2大目標の1つは、「すべてのがん患者・家族の苦痛の軽減、療養生活の質の向上」です。また、第3次対がん10カ年総合戦略でも、QOLの向上が重要であると謳っております。拠点病院だけではなく、すべてのがん診療に携わる医師に対して、緩和医療の基礎知識を身につけることを目指しております。
鎌田 目標達成に近づいていますか。
廣橋 まず指導者の研修会を開いて、その指導者が地域に帰って、また研修会を行うという形で、緩和医療知識のすみやかな普及を図ってきました。その教育はかなり広がりを持ったと聞いています。
鎌田 腫瘍精神科医も腫瘍内科医も、日本はまだ少ないですよね。また、放射線治療医も少ない。国ががん対策を本気でやろうとしているのなら、それらの医師を10年以内にこれだけ増やすという目標を設定し、強力な人材育成政策を進めてほしいものですね。
廣橋 そのあたりは学会とも連携を取りながら進めています。たとえば、臨床腫瘍医については、臨床腫瘍学会により高度なレベルでの人材の育成を進めていただいています。ただ、そのような人材の育成には時間がかかるのも事実ですね。
現在、臨床腫瘍学会、癌治療学会、全国がんセンター協議会などが協力し合って、がん治療認定医という制度を作り、研修会をやり、試験をして認定することにより、人材の育成に努めているところです。
鎌田 そういうものを地道に積み重ねていけば、地域のがん治療も徐々にレベルアップするはずですよね。
廣橋 そう願っています。
鎌田 緩和ケアについては、疼痛緩和とか、終末緩和とか、心のケアといった面が強調される傾向にあります。しかし、最近のがん治療の動向を見ていますと、薬物療法が中心的な位置を占めるようになってきています。しかし、その副作用に対する緩和ケアが進んでいない。その部分を改善しなければ、薬物療法も進展しないように思います。
廣橋 そういうことは私も聞いています。薬物治療もきちんと副作用対策を行えば、標準的治療が適切に遂行できるということですね。しかし、副作用対策がきちんとされないものですから、しっかりした標準的治療が遂行できなくて、結果的に薬物治療が伸びない、という状況があるようです。
鎌田 たとえば、乳がんにはタキソール(一般名パクリタキセル)、大腸がんにはエルプラット(一般名オキサリプラチン)といったキードラッグがあります。しかし、これらの薬には神経障害、しびれという副作用があり、途中で挫折する患者さんが多いのです。その副作用をコントロールできれば、薬物治療がうまくいくはずです。そこの対策が遅れているような気がします。
廣橋 それは緩和ケアチームの問題なのか、化学療法のチームの問題なのか、微妙な部分ですね。先ほどのがん治療認定医が充実していけば、その部分は徐々に改善されていくと思います。
鎌田 現在のがん医療における人材不足を早期に補う方法としては、そのがん治療認定医を育成していくことが有効ですね。もちろん10年計画で思い切って腫瘍内科医を3~4倍に増やすことも必要だと思います。日本のがん治療を良くするには、短期的、中長期的の両面から人材育成を推進することが不可欠ですね。
政策提言も行っていく国立がん研究センターの使命

廣橋 国立がん研究センターのミッションは、高度な医療をベースにした、新しい医療の研究開発が1つの大きな柱です。また、医療の場を利用して人材を育成すること、さらに、情報発信を通じて医療の標準化、均てん化にも貢献すること、そして、がん対策・医療政策への政策提言をすることも重要な使命です。がん対策推進基本計画には、「国立がん研究センターは、わが国のがん対策の中核的機関であり、拠点病院への技術支援や情報発信を行うなど、わが国全体のがん医療の向上を牽引していく」と書かれています。
これに基づいて、平成18年10月に、国立がん研究センターの中に、がん対策情報センターを設置しました。今後、政策提言を行う部門も作っていきたいと考えています。
鎌田 国立がん研究センターはこれから、がん治療はもちろん、人材育成、技術支援、情報収集、情報発信、そして政策提言まで踏み込んで行くわけですね。
廣橋 情報に関して1つ問題なのは、プライバシーの問題もあって、日本ではがん登録が進んでいないという点です。
鎌田 日本は感染症についてはしっかり把握されています。がん登録は、拠点病院だけでなく、全国の医師が本気でやる気になれば、できると思います。問題はお金です。国がその気になってお金を出さなければ難しい(笑)。世界経済が大きな転換期にあり、日本経済も発想の転換を迫られているときですから、思い切ってがん登録に数百億円というカネを投じてくれれば、国立がん研究センターにも質の高いデータが集まり、がん対策も飛躍的に進展すると思いますね。ますますのご活躍期待しています。
(構成/江口敏)
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