鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 聖マリアンナ医科大学外科学教授・福田護さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
乳房健康研究会を立ち上げピンクリボン運動に関わる

鎌田 ところで、福田さんは乳がん治療に邁進するかたわら、ご自身が設立メンバーになっているNPO法人乳房健康研究会をバックに、国際的なピンクリボン運動という社会的活動にも積極的に関わっていますね。
福田 実はアメリカ留学から戻ってきて、乳がんを専門にやろうと決めたとき、『乳がんなんて恐くない』(弘済出版社)という本を共著で出しました。当時、がんは恐くないなどと言うことはとんでもないことでしたが、私は「乳がんは早く見つければ恐くない」と説明し、自己検診の必要性を訴えたわけです。映画も作りました。そして、病院周辺の自治体にダイレクトメールを出し、同僚と2人で本と映画を持って、乳がんを克服するには早期発見が大切だ、と言って歩いたのです。
鎌田 自己検診の啓発活動ですね。30年近く前のことでしょう。反響はどうでしたか。
福田 2年間、一生懸命やりましたが、それ以上続きませんでした。その活動が自然消滅したのは1982年頃のことです。同じ1982年にアメリカで、スーザン・コーメン乳がん基金という乳がんに関する大きな団体が設立されています。10人の女性が200ドルの基金で乳がん啓発運動を始めたのです。この団体はいまや600億円の基金を持ち、傘下に7万5000人のボランティアを擁する大きな団体に成長しています。
鎌田 もともとピンクリボン運動を始めたのはこの団体ですね。
福田 そうです。1990年代の初頭から乳がん撲滅を願ってピンクリボン運動が始まり、一気に世界に広がりましたね。
鎌田 そのピンクリボン運動と福田さんが結びついたのは?
福田 町内会を回る啓蒙活動が自然消滅したあと、こういう活動は外科医だけでやっていても広がりを持てない、いろんな分野の人たちと協力して展開する必要があると考えていました。ようやく2000年春に、外科、放射線科、婦人科など、私を含めて4人の医師が集まり、日本で初めての乳がん啓発団体である乳房健康研究会を立ち上げることに結実したわけです。
鎌田 成算はありましたか。
福田 いや、立ち上げた当時、そうした乳がんの啓発活動が日本で成り立つのかどうか、私たち自身は半信半疑でした。しかし、研究会を立ち上げて3~4年で様変わりし、ピンクリボンがあらゆるところに浸透していったのです。
私が乳がんの啓発活動を始めたルーツは、35歳前後のときにやった町内会回りにありますが、啓発活動の手応えを実感したのは、乳房健康研究会を立ち上げてピンクリボン運動に関わるようになってからですね。
ピンクリボンは知られたが依然低迷する乳がん検診率
鎌田 乳房健康研究会=���ンクリボンということではありませんね。
福田 そうです。日本で最初にピンクリボン運動に取り組まれたのは、「あけぼの会」という乳がん患者さんの会です。1994年にピンクリボンキャンペーンを始めています。私たちの乳房健康研究会は医師を中心にさまざまな専門家が集まって、早期発見などの乳がん啓発活動をやっているわけですが、その一環としてピンクリボンバッジ運動を展開しているわけです。
その運動を始めるとき、ピンクリボンを無断で使っていいかどうか、アメリカの基金本部に問い合わせたところ、「どうぞ」ということでした。世界中どこでも、それぞれの団体がピンクリボンを使って乳がん啓発運動ができるのです。
鎌田 ピンクリボン運動は一本化されているわけではないんだ。リボンやバッジもアメリカから買うわけではない。
福田 全部自分たちがデザインし、自分たちで作ります。同じピンクリボンと言っても、団体によって少しずつ違います。
鎌田 乳房健康研究会の大きな柱である乳がんの早期発見が、研究会がピンクリボン運動を推進することにより促進されましたか。
福田 私たちの呼びかけでも、ピンクリボン運動はいろんなところで広がりを見せています。私たちはもともと組織をそれほど広げるつもりはなく、とにかく多くの女性に早期発見の重要性を知っていただくことが目的でした。ピンクリボン運動を通じて少しでも多くの人にそのことを訴えることができればと考えていました。その点では大きな意味はあったと思っています。
鎌田 ただ、乳がんの検診率はあまり上がっていないでしょう。
福田 そこが問題です。ピンクリボン運動が乳がん啓発を目的にしている運動であることを知っている人は、本当に多くなりました。しかし、じゃあ検診に行くかといえば、まだ少ないですね。現在の検診率は、あらゆる検診方法を含めて22~23パーセントです。
患者さんにメリットがあるような検診システムの構築が必要

鎌田 国の目標は何パーセントでしたか。
福田 50パーセント以上です。他の検診と同様、乳がん検診においても、OECD(経済協力開発機構)加盟国中、日本は最低ですね。
鎌田 なぜなんでしょうね。
福田 やはり、日本は予防医学に力を入れてこなかった、ということじゃないでしょうか。医療界も、政策決定者も、国民も予防医学に対する意識が低いですよね。受診者が受けたいと思うようなインセンティブ、たとえば検診を受けていれば、がん保険の保険料が安くなるとか、がんになったときに治療費が安くなるとか、そういうものがないと、日本では検診率はなかなか上がらないような気もします。
鎌田 私も長年、がんの検診率を上げるために努力してきました。一般的に、女性は男性よりがん検診率が高いですね。乳がん検診は女性が対象ですから、もっと上がっても良さそうなものですが上がらない。
福田 医療者側が簡便な検診を提供してこなかったという面もあります。乳房健康研究会で、「どういう検診を望むか」というアンケートを取りますと、費用があまりかからない、場所が近い、女性の技師や医師に検診してもらえる、痛くない、といった回答が多いです。つまり、そういう検診を医療者側が提供できていなかったということです。
鎌田 なるほど。乳がん検診率を高めるための具体策について、研究会で何か考えていますか。
福田 私たちの研究会は学問的な団体ですから、現状の分析と具体的な対応などから、論理的に乳がん検診の受診率を高めることを考えていきます。受診率が上がれば早期発見も増え、ひいては乳がんの死亡率を抑えることにつながります。それがピンクリボン運動の1つのゴールではないかとも思います。
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