鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 烏帽子山最福寺法主/高野山真言宗伝燈大阿闍梨/医学博士・池口惠觀さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2009年2月
更新:2013年9月

宇宙のリズムを取り戻せば免疫力が高まる

写真:池口惠觀さん

鎌田 池口さんのお話をうかがっていると、いま病気で無理はできない人でも、病気を受け入れながら、気持ち的に何かやるべきことがある、という感じがしてきますね。

池口 大事なことは、心を明るく持つということです。私が信者さんによく言うのは、「背暗向明」ということです。暗さを背に明るさに向かう、ということです。病気だからといって、気分的に落ち込んでしまったら、治るものも治らなくなります。少しでも明るく考え、周囲の人のためになることをやる。つまり、病気であっても、少しでも自分の身口意を働かせ、生かそうとすることです。そうすれば、宇宙のリズムが戻ってきて、免疫力が高まり、病気も治る方向に向かうのです。

鎌田 がんを癒したこともある。

池口 私の寺には、医療から見放されたがんの患者さんもお見えになります。私が患者さんの患部に手を置いて、全身全霊で祈りますと、不思議なことにがんが消えていくことがあるのです。私の厳しい護摩行を見てから、私の必死の祈りを受けると、患者さんはこれで治らないはずはないという気持ちになられるのだと思います。そうすると、心が安定して、免疫力が高まり、自然治癒力が働くようになるのではないかと思います。

鎌田 たしかに、医療の周辺には、科学的には証明されていないけれども、不思議なことが起きることがありますね。病気になっても、心を明るく持ち、他人を生かすことが自分を生かすことにつながると思って、一生懸命身口意を働かせている人が、池口さんのような人に全身全霊で祈ってもらい、心から感謝の気持ちを抱けば、何か身体に新しい動きが出てきても、不思議ではないような気がしますね。

池口 私が病気の人に言うのは、「自分の病気が治ったら、自分だけの生き方ではなく、人のために生きますから、どうか病気を治してください、と祈りなさい」ということです。そう祈り続けていると、希望が湧いてくるのです。
72歳になった私が、世のため人のためを思って、若い者がついてこれないような厳しい行をやっているわけですから、病気の方々も落ち込まないで、病気を克服し、この身体で世のため人のために生きるのだと思えば、必ず何かが出てきますよ。

大学医学部の学生たちに生命倫理、医療倫理を講義

写真:鎌田實さん

鎌田 ところで、池口さんは医学部の学生たちに講義をしているそうですね。

池口 はい。国立大学10校、私立大学2校で講義をさせていただいています。

鎌田 どういう内容の授業をされるのですか。

池口 仏教からみた生命倫理、医療倫理についてです。密教の行の話や、弘法大師空海の話もします。空海は、人間の病には、心の病と身体の病があり、心の病は経文の功徳で癒さなければならない、と言っています。つまり、心の病を治すには宇宙のリズムを取り戻すことが大事だというわけです。人間は肉体と精神から成り立っており、肉体の病気は医療で治し、心の病は祈りで癒す、ということです。

鎌田 医学生の反応はいかがですか。

池口 レポートを書いてもらっていますが、みんな「自分たちが考えていた医療とは違うけれども、これからは患者さんの心を大事にする医療が必要だ」と書いていますよ。

鎌田 それは嬉しいですね。池口さんが本に書いている「見えない生命を大事にする」ということですね。

池口 そうですね。肉体は目に見えますが、精神、魂は見えません。医療も肉体だけでなく、魂まで見ることが大事だと思います。そして、医師の治したい気持ちと、患者さんの治りたい気持ちが一致したところに、本来の医療が成り立つのではないかと思います。

鎌田 そもそも大学医学部で講義するようになったのは、どういう経緯ですか。

池口 もう20年以上前のことですが、白血病で余命いくばくもないと宣告された山口大学医学部の大学院生が、私の寺を訪ねてきたのがきっかけです。私の本に、お加持(加持祈祷)でがんが治ることもあると書いてあるのを読み、ワラをもつかむ気持ちで訪ねてきたのです。身体がかなり弱っていましたが、「私と一緒に行をしなさい」と言うと、火傷をしながら、へとへとになって、毎日、行を勤めました。行をするたびに、白い鼻汁が出ていました。しかし、1週間ほどすると、鼻汁がパッと止まったのです。私は、「あなたはもうかなり改善しているから、1度、大学に戻って診てもらいなさい」と言って、彼を大学に戻したのです。
大学で診てもらうと、本当に良くなっていた。それで、彼の担当教授が驚いて、私に会いたいと言い、彼が教授を連れてきたわけです。私は教授に護摩行を見てもらい、お加持の功徳を説明しました。話のついでに、仏教者の立場から、心の医療の必要性を語ったところ、その話を学生にしてほしい、ということになったわけです。その後、白血病だった学生も完治して教授になり、いろんな大学の仲間に紹介してくれて、あちこちの医学部で講義をするようになったわけです。国立大学医学部で講義をしている仏教者は、私ぐらいではないでしょうか。

すべてを包み込む密教は世界に通じる教え

鎌田 私は07年、ご縁があって高野山に登り、いろいろ案内していただきました。私は信心深くない仏教徒です。考え方は老子の教えに共感しています。自然とのつながりを大切にするという、自分なりのフィロソフィを持っていて、『がんばらない』とか『いいかげんがいい』といった本を出してきたのも、そういう気持ちが背後にあるわけです。そういう気持ちを持って高野山へ登ってみて、あの大自然の中に真言密教の聖地を造った空海さんのすごさを、改めて実感しました。と言うのも、空海さんはあの大自然の中で、お寺と神社を融合している。全然排他的ではなく、器が大きい。高野山の霊宝館には神社関係の宝物も飾られていますね。

池口 密教は仏教を集大成する形で生まれていますから、仏教のすべてを包み込んでいます。また、弘法大師空海、お大師さまは唐から密教を持ち帰っていますが、唐に行く前に、厳しい修行をしながら紀伊半島や四国の深山幽谷を歩いています。つまり、お大師さまは密教と日本古来の神々を融合する形で真言密教を作ったのです。真言密教が日本人の心にすっと落ちるのは、そのためです。

鎌田 宗派が違っても入りやすいのですか。

池口 高野山に来る人は、真言密教の人ばかりではありません。他宗派の人がいっぱい来ます。お大師さま信仰は全国津々浦々にあります。四国八十八カ所の巡礼も、決して真言密教の信者さんばかりではありません。

鎌田 外国の人も高野山に登るようですね。

池口 熊野古道も含めて、高野山一帯が世界遺産になったこともあって、外国人も多くなっているようです。真言密教は外国人にも理解しやすいようですね。エリツィン時代にロシアの首相、外務大臣を務めたプリマコフさんが、私の寺にお見えになって、護摩行に参加され、密教にとても興味を持たれましたよ。
また、以前、エルサレムに行ったとき、ユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」に祈りに行きました。ユダヤ教以外の宗教者は絶対に入れない場所で、すぐに向こうの坊さんが止めに来ましたが、私が「真言密教の大日如来もユダヤ教のエホバの神も、みんな同じではないか」と言うと、「祈っていい」と、中に入れてくれました。ユダヤ教以外の宗教者で、「嘆きの壁」で祈りを捧げたのは、ローマ法王に次いで2人目だと言われました。いずれにしても、真言密教は世界に通じる教えだと思います。


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