鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授・大西秀樹さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
急に元気がなくなったらうつ病を疑っていい

鎌田 お話をうかがっていますと、がん患者さんのいる病院には精神科医が必要ですね。少なくともうつ病など病気としての精神疾患を持つがん患者さんには、きちんと診察できる精神科医が不可欠な気がします。
大西 うつ病には必要ですね。先日も、「副作用がつらいので、化学療法を止めたい」とおっしゃる患者さんがいて、しばらく抗がん剤をストップしていたのですが、実は副作用に見える症状がうつ病の症状でした。抗うつ剤で治療したところ、うつ病も副作用に見える症状も治って、抗がん剤を使うことができるようになりました。
また、肩が痛い、目まいがするという症状を訴えた患者さんも話を聞くとうつ病で、抗うつ剤による治療で治ったことがあります。
鎌田 一般社会にも、内科医にも外科医にも、まだまだ精神科医に診てもらうことに一種のカベがありますから、患者さんとしても相談しにくい面もあるかと思いますが、うつ病を原因とする体調不良もあるわけですから、やはり早めに相談したほうがいい。
大西 自分には精神科医は必要ないと思っている人が多いですね。しかし、1度いらっしゃると、「こんなにラクになれるなら、もっと早く来ればよかった」とおっしゃる人が多いのも事実です。私たちが身近な存在であることを、もっと知っていただきたいですね。
鎌田 『なげださない』という本にも書きましたが、抗がん剤治療で激しい副作用を経験していた患者さんが、治療の途中でうつ病になった。あとで聞いたら、「抗がん剤の副作用のつらさより、うつ病のほうがはるかにつらい」と言っていましたね。
大西 そうです。うつ病のほうがはるかに苦しいようですね。
鎌田 うつ病のほうが何10倍もつらい。
大西 毎年3万人以上の自殺がありますが、その7割がうつ病が原因ですからね。うつ病は死ぬほど苦しいわけです。実際に「死にたい」と訴える患者さんもいらっしゃいます。
鎌田 患者さんや家族にとって、うつ病的な症状かどうか、判断するのは難しいと思います。今までどおり内科や外科の医師に診てもらっていればいいのか、それとも精神科医に相談したほうがいいのか、何か判断基準はありますか。
大西 内科、外科の先生の場合は、たとえば、睡眠薬を出しても不眠が全然解消しない、検査データはいいのに食欲がなく痩せてきたといった、臨床医として何か変だと思うときには、うつ病を考えていただければよいと思います。がんだから元気がなくなるのではなく、がんだからうつ病になるのだ、と考えるべきですね。家族の方の場合は、今まで元気だったのに急に元気がなくなってきたというときは���うつ病を疑ってもいいでしょうね。
励ますよりは話をじっくり聴くことが大切
鎌田 適応障害の段階のうつ症状は、家族や医師のサポートにより脱出できますか。
大西 できます。
鎌田 その場合、医師や家族はどういうことを心がけたらいいですか。
大西 それは鎌田先生がふだん、『がんばらない』『あきらめない』『なげださない』でおっしゃっているようなことをすればいいと思います(笑)。
鎌田 恐れ入ります(笑)。家族はどんなことを心がけたらいいですか。
大西 やはり「がんばらない」ということでしょうね。『なげださない』にこんなことが書かれていますね。希望が持てないときには無理をしなくてもいい。ただ日々のささやかな営みをていねいに続ければいい。医師も家族も、こういう気持ちで接することが大事だと思います。私は、基本的には励ましません。
鎌田 励まさないほうがいい?
大西 がん患者さん本人は、もういっぱいいっぱいですし、できることはすべてやっています。そこへ「がんばれ」と言っても、何をすればいいのかということになりかねません。「がんばれ」と言うよりも、「待ってるよ」とか「一緒にやろうね」という言葉のほうが、患者さんにとっては意味を持つと思います。
鎌田 大西さんの『がん患者の心を救う――精神腫瘍医の現場から』という本の中に、患者さんが語る言葉の中に力がある、ということが書かれています。医師や家族は治ってほしいと思うがゆえに、諭したり励ましたりしがちですが、むしろ患者さんの話をじっくり聴くことが大切なんですね。
大西 人間は治す力、立ち直る力を持っています。その力を最大限発揮できる方向にもってゆくことが大事です。
鎌田 家族は患者さんのそばにいて、話をよく聴く。
大西 こちらが困ったなと感じたときなど、むしろ話さないほうがいい場合もあります。
鎌田 そういうときは、そばにいるだけでいい?
大西 そう思います。
鎌田 本の中に「喪失体験」という言葉が出てきますね。
大西 がんになると、それまで当たり前だと思っていた生活が失われます。まず、健康を失います。経済面の不安が出てきます。会社勤めはどうなる、妻子はどうなるといった不安が重なってきます。つまり、人生全般にわたって、それまで当たり前にあったものが、ガラガラと崩れていくわけです。私たちはそれを喪失体験と呼んでいます。
鎌田 臓器を切除されるという喪失体験というより、それまで培ってきた社会基盤を失うという意味での喪失体験ですね。
大西 両方ですね。健康も失った、臓器も失った、社会的な基盤も崩れていく。それらが大きな喪失体験につながっていくわけです。しかも、自分はがんというレッテルを貼られてしまった。つらいと思います。
鎌田 周りの人間はその喪失体験を理解し、どうすればいいのですか。
大西 私ができることは、その人が立ち上がっていくのを、一緒になって支える。これがいちばんです。励まさない。がんばらせない。時間はかかりますが、その人が自らの力で立ち上がるのを、ひたすら支える。
うつ病の初期は安静が第一です

鎌田 患者さんがうつ病と診断された場合、精神科ではどういう治療が行われますか。
大西 まず抗うつ剤による薬物療法、それから精神療法、休養、この3つの組み合わせですね。初期の段階で大事にしているのは、薬物療法と休養です。
がん患者さんが元気をなくすと、熱心な家族ほど散歩をさせたりして、元気を取り戻そうとします。本来、疲れているうつ病患者さんは休ませる必要があるのです。うつ病は一種の脳の病気ですから、安静が第一です。家族は、休ませると筋力、体力が落ちるのではないかと心配しますが、それよりもうつ病には休養が必要なんです。
鎌田 なるほど。うつ病の患者さんは元気を取り戻すことより、まずは安静にすることが大事なわけですね。
大西 薬を2~3週間のんでいると、次第に元気が出てきます。しかし、そこで急に動いてはダメです。石橋を叩くようにして、少しずつ行動範囲を広げていくのが、私たちの治療です。
鎌田 そうかぁ。私たちはどうしても、動いたほうがいいと考えがちですし、動いてもらいたいんですよね。
大西 とくにうつ病の初期は動かしたらダメです。ですから私は、「トイレと食事以外は寝ていてください」と言っています。
鎌田 うつ病は動かさないことが原則だということを、内科医も外科医も知っておくべきですね。
大西 家族の方にもその点は十分説明するようにしています。
鎌田 がん患者さんの3~4割がうつ症状をかかえているとすれば、本来は安静にしなければならない患者さんに対して、医師や家族が逆に元気になるよう尻を叩いている可能性があるということですね。
大西 その可能性は多分にあります。
鎌田 これはあやしいと思ったら、まず精神科医に診てもらうことですね。
大西 そうですね。精神腫瘍医が、もっと身近な存在になればいいのでしょうが……。
鎌田 精神腫瘍医でなくても、普通の精神科医なら、診察すればうつ病かどうか、わかりますよね。
大西 精神科がない病院なら、心療内科でもいいと思います。
鎌田 最近は抗うつ剤も新しい薬が出ていますね。
大西 すごい進歩です。以前はいろいろ副作用を心配しなければならなかったのですが、最近は胃部の不快感ぐらいで、使いやすくなりました。効く人は1~2週間で効き、多くの人は2~4週間で効いてきます。よく眠れるようになりますし、食欲も出てきます。
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