鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授・大西秀樹さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
孤立感を和らげる努力が周囲の人たちに必要

鎌田 うつ病で元気のなかったがん患者さんが、1カ月足らずの治療で元気になるわけですか。
大西 なります。つい先日までしょげかえっていたがん患者さんが元気になって、「海外旅行に行っていいですか」と言いますから、「どうぞ成田へ!」と見送ったこともあります(笑)。
鎌田 私たちは、この人はがんだから元気がないと思いこんでいる。しかし、がんは回復の方向に進んでいるのに、うつ病のために元気がない人もいるわけですね。
大西 いらっしゃいます。逆に言えば、そういう人を見つけて治すのが私たちの仕事です。
終末期のがんで寝たきりだった患者さんが、うつ病だとわかり、抗うつ剤をのんだら、元気を取り戻し、起きて食事ができるようになったという例もあります。
鎌田 なるほど。精神科医というと、患者さん自身も、医師も家族も、どこか敷居が高いと感じている部分がありますが、勇気を持ってコンサルティングを受けるべきですね。
大西 内科、外科の先生方は素晴らしい技量を持っておられます。その技量を十分発揮していただくためにも、私たちのサポートがあったほうがいい。
私たちが患者さんのメンタル面のサポートを行うことは、患者さんのみならず、医師の皆さんにもメリットが大きいと思います。
鎌田 がん患者さんの多くは、キューブラー・ロスが指摘した心の変容の5つの段階を踏んで、がんを受容するわけで、その中には大西さんたちのサポートを得て、うつ病を克服する患者さんもいます。
しかし、現実には、がんを受容できなくてうつ状態になり、最悪の結末を迎える人もいるわけです。それを防ぐためには、周囲の人間は何に注意すればいいのでしょうか。
大西 がん患者さんは世界が違ったように見え、孤立感を深めます。自分だけが取り残されたような気持ちになるようです。周囲の人たちには、その感覚を少しでも和らげる努力が必要だと思います。患者さんに、自分は1人ではない、多くの人たちに支えられて生きているんだ、という感覚が少しずつでも戻ってくることが大事です。支えられているという感覚がないとつらいですね。そのことを痛切に感じます。
「自殺したい」患者さんと「死なない」ことを約束する
鎌田 大西さんはがん患者さんを診るとき、自殺に関して聞くことがあるようですね。
大西 私は患者さんに、「自殺をしたいと思うことはありますか」と正直に聞きます。
鎌田 私たち内科医としてはちょっと聞きづらいですが、精神科医は聞くんですね。
大西 家族が横にいても尋ねます。月に数人は「自殺したい」と答��ますね。
鎌田 よくぞ聞いてくれた、という感じで答えられるんですか。
大西 治ったあとで、「先生に聞かれたとき、本当は死にたいと思っていた」と告白する患者さんもいます。その場で「死にたい」と言った患者さんには、「必ず治りますから、死なないでください。約束していただけませんか」と言って、約束してもらいます。ほとんどの人が、「わかった」と言って約束してくれますね。
鎌田 「自殺したい」と答えた患者さんのご家族には、どういう話をされますか。
大西 励まさないようにしてほしい、患者さんの負担を軽減するためにできるだけ仕事や家事を代行してほしい、というようなことを懇切丁寧に説明します。家族が静かに支えてくれているということが、患者さんにとって大きな支えですからね。
鎌田 うつ病のほかにもう1つ、せん妄という病気にも気をつけなければならないようですね。
大西 せん妄は一種の意識障害です。幻視や異常行動を伴いますが、その奧には身体の異常があり、何らかのサインとしてせん妄が起きるわけです。原因はさまざまではっきりしていませんので、せん妄の患者さんが出ると、私たちも緊張します。
鎌田 私の知り合いで、病院でせん妄になり、結局亡くなった人がいます。食道がんで入院していたのですが、点滴の管をはさみで切ったり、暴れたり、不思議な行動をしました。認知症ではないかとも言われましたが、1カ月前まで雑誌「世界」を愛読していたようなインテリが、入院1カ月で認知症になるわけがない。
病院では困った老人だと思われていたようです。せん妄が見逃されていたわけです。その人は最後、せん妄が一旦切れたときに、「病院には責任はない」というメモを残して亡くなりましたが、がん患者であるために、せん妄という病気が見逃されてしまったのです。
大西 大人しいせん妄はなかなか見分けられませんからね。認知症に間違えられることもしばしばです。
鎌田 せん妄は精神腫瘍医に診てもらえば、すぐに診断がつき、何とかなるものですか。
大西 せん妄は何らかの原因によって生じていることが多いので、原因が明らかになり、かつ、それが治療可能なものであれば原因を取り除く治療をおこない、薬によって症状を和らげることはできます。せん妄の治療は私たちの活動の大きな柱の1つですね。
患者さんと生と死について語り合う

大西さんから手づくり味噌をもらってご満悦の鎌田さん
鎌田 最後に、大西さんは「遺族外来」というのをやっているそうですね。
大西 はい。毎週木曜日の午後、がんで亡くなった患者さんの遺族の方に来ていただいて、話を聴いています。
鎌田 がんで家族を亡くして落ち込んでいる人が、大西さんの遺族外来に行き、話を聴いてもらったり、アドバイスを受けたり、薬を処方してもらったりすると、気持ちがラクになる。
大西 私が埼玉医大へ行ってからの2年間に、35名の方が遺族外来にお見えになりました。
そのうち7割が家族のがん死によって抑うつ状態になる死別反応で、残りの3割がうつ病です。ですから、遺族外来をやる甲斐はあると思います。また、最近は同じ遺族同士が話し合うグループ療法も始めました。
鎌田 これは予約制ですか。
大西 電話をいただいたら、できるだけ早く対応するよう心がけています。苦しいから電話をかけてこられるわけですから、お待たせしないことが原則です。
鎌田 これまでの医療がすくい上げてこなかった部分を、毅然としてフォローされているという感じがします。患者さんと死について語り合うということは、従来の医療では置き去りにされてきたことですよね。
大西 私はどちらかと言えば、患者さんが死について切り出すのを待っているタイプです。ときどきそういう患者さんがいるのです。この春先にも、「先生、私、今年の桜、見れますかね」と聞いてきた患者さんがいました。そういう会話をきっかけにして、生と死を語り合う。
鎌田 死の話から決して逃げない。
大西 逃げたら信頼を失いますからね。患者さんのほうは、よほどの覚悟を決めて死の話を問いかけてくるわけですから、私が逃げることはできません。
鎌田 そういう立場の精神腫瘍医であるにもかかわらず、大西さんは敷居が高いという感じがしないですよね(笑)。
大西 これから俵萠子さんのところへ行って、味噌造りの講師を務めるんです(笑)。そういう行為の中にも、医療に活かせるものがあると思います。
鎌田 がん医療の新しい分野で、ますますのご活躍を期待しています。
(構成/江口敏)
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