鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 読売新聞医療情報部次長・田中秀一さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
「有効率3割」という抗がん剤の効果とは?

鎌田 田中さんは、抗がん剤に対しても、かなり厳しい視点で書いていますね。取材していて、抗がん剤ではあまり治っていない、という印象ですか。
田中 その感じは否めませんね。どんどん新しい薬が出てきて、医師も、メーカーも「画期的な薬だ」と言い、われわれマスコミもそう書きます。当然、患者も期待します。しかし、たとえばイタリアの研究者が、1995~2000年にヨーロッパで出された12種類の新しい抗がん剤を調べたところ、患者の生存率の向上、QOLの向上について、従来の薬より進歩したと認められた薬は1つもなかった、という結論を発表しています。
鎌田 抗がん剤の有効率というのは、がんが縮小したかどうかで判断され、がんの面積が半分以下になった状態が4週以上続いた場合、有効と判断される。たとえば、「有効率3割」というのは、3割の人が治ったというわけではなく、がんの面積が半分以下になった状態が4週以上続いた人の割合が3割だということで、その後またがんが大きくなった人も含まれる。極端に言えば、「有効率3割」の薬でも、「治癒率ゼロ」ということもあり得るわけですね。
田中 そうですね。たとえば、前立腺がんについて、以前は効く抗がん剤はありませんでした。ところが、ある抗がん剤を使ったところ、初めて2カ月の延命効果があった。それで専門家たちは「画期的な薬が出てきた」と、とても喜んだわけです。しかし、患者は治すために抗がん剤治療をやっている。2カ月延命では、治ったことにならないのです。医師たちが「画期的な薬」と言っているのと、患者の期待との間には、相当のギャップがあるように思います。
鎌田 膵臓がんに使われるジェムザールという抗がん剤を、臨床医の立場から見ていますと、それまではほとんど治らなかったものが、この薬によって改善する。医師にとっては随分気持ちが楽になりますし、膵臓がんの患者さんが来ると、1回は試してみたくなります。しかし、よく考えてみると、それによって2~3カ月間のいい時間をつくるにすぎません。3~4年生きられたというケースは少ない。イレッサはもう欧米では使われていませんね。
田中 臨床試験で延命効果が認められなかったために、メーカーが承認申請を取り下げたのです。アメリカでは承認していましたが、その結果を受けて、使用を厳しく制限したため、事実上使用できなくなっています。イレッサは欧米では「捨てられた薬」になっています。
鎌田 日本では使っている。イレッサについて、患者さんの側の取材もしたんですか。
田中 同僚記者が取材しています。そのかぎりでは、イレッサが非常に効き、使わせてほしいと言う患者もいます。逆に、重い肺炎を起こして亡くなった人もいます。そうしたプラス・マイナスを勘案し、総合的に判断すると、大きな効果はないような気がします。使うにしても、プラス・マイナス両面をよく説明してから使うべきです。
抗がん剤の休眠療法は評価できるが…
鎌田 田中さんは抗がん剤の休眠療法を評価していますね。
田中 従来の抗がん剤治療は、がんを徹底的に叩くというやり方で、患者が副作用に耐えられる限界まで、徹底してやってきました。しかし、それでは副作用があまりにも大きく、治療が続けられないので、新たに出てきた療法が休眠療法です。がんがなくならなくても、小さくならなくても、大きくならなければいいじゃないか、という考え方で、抗がん剤を少量ずつ投与して、がんを休眠状態にする療法です。これなら、患者も副作用で苦しまなくて済みます。
ところが、がんは賢い存在で、薬に対して自分を守る機構を備えています。休眠療法で副作用が出ず、長く治療できたとしても、いずれ薬が効かなくなる時期がきます。となると、その薬が続けられなくなり、治るかどうかわからないという状態になってしまうという問題があります。休眠療法が本当に効果があるかどうかの試験が必要ですが、まだ行われていません。
鎌田 休眠療法の考え方は面白いと思いますが、ちょっとお手軽な感じがして、私は本当にそれでいいのか、という印象を持ちますね。きちんとしたデータが出てくれば、また印象も違うと思いますけれどね。
ところで、国立がん研究センターで、ほかの病院で治療を受けた後にがんセンターにきた進行乳がんの78人を調べたところ、前の病院で不適切な治療を受けていた人が45パーセントもいたそうですね。これは腫瘍内科医が少ないためであり、日本の医療の遅れを証明していると思いますが、取材していてそれは感じますか。
田中 抗がん剤治療は副作用が強い治療ですから、専門家が行うべきだと思います。しかし、乳がんなどは外科医が手術を行いますから、抗がん剤治療も外科医が行うケースが少なくありません。その場合、副作用の強い治療は避けると思います。しかし、本来、乳がんには抗がん剤が効くのです。それなりの治療をすれば効果があるのに、効果の少ない治療をしているケースがあるように思います。見た目は副作用が少なく安全な治療に見えますが、結果的に患者は必要な治療を受けられず、不利益を被ります。
鎌田 乳がんには抗がん剤治療とホルモン療法があり、お手軽に両方やっているところがあります。しかし、それでは効果が相殺されてしまう。
田中 そういうケースがありますね。
大きな手術より小さな手術を
鎌田 がん対策基本法の中で、政府ががん医療の「均てん化」ということを言い始めたのも、病院によっていい加減な治療が行われてきた状況を変えようということでしょうね。
田中 そういうことだと思います。肝臓がんや肺がんの手術に関して、手術を多くやっている病院と少ない病院を比較した場合、生存率にかなり差があったというデータがあります。ですから、がん医療を高いレベルにそろえていこうというのが、「均てん化」の狙いです。それは正しい方向だと思います。
鎌田 がんは私たちが医学生のときから、手術によって芽を取ることが重視されていました。手術・放射線治療・化学療法ががんの3大治療と言いながら、外科医が手術によってできるだけ大きく取ることに全力投球してきた歴史があります。
田中さんはその拡大手術に対して、あまり効果はなかったのではないかと疑問を呈していますね。
田中 はい。これは外科医のメンタリティだと思いますが、がん細胞が残っていると怖い、できるだけ大きく取りたい、という心理があるように思います。
その心理はわからないではありません。しかし、大きな手術をされた患者は、その後遺症に苦しむわけです。それに外科医も気づき始めて、最近、いろんな臨床試験が行われています。たとえば、膵臓がんの患者に対して、大きな手術をする人と、小さな手術をする人に分けて調べたところ、その生存率に変わりはないという結果が出ています。後遺症は当然大きな手術のほうが強かったわけです。それで拡大手術はよくないということになりました。
鎌田 胃がんにしても、乳がん、子宮体がんにしても、拡大手術でリンパ節郭清をすることが再発率を抑えることにつながると考えて、外科医は血眼になってリンパ節を郭清してきました。
私は内科医ですから、リンパ節郭清をした子宮がんの患者さんが、足がむくんだりしてつらそうにしているのを見て、かわいそうだと思っていました。しかし、拡大手術をしてもほとんど生存率が変わらないとなると、患者さんにとっては、後遺症の少ない小さな手術のほうがいいですよね。
田中 もちろんです。胃がん、乳がんでも、臨床試験で拡大手術の効果がないという結果が出ていますね。もともと、手術自体、人の体には良くないことです。大きな手術で体にダメージを与えるより、小さな手術でなるべく体を保つほうが好ましいという考え方をする人が増えています。同じ肺がんの手術でも、胸を30~40センチ切る手術より、小さな孔を開けて手術ができる胸腔鏡手術のほうがいいと思います。
鎌田 最近は大腸がん、胃がんなどの手術でも、腹腔鏡手術が行われるようになっていますが、それは評価していいことですね。
田中 そう思います。慣れない人が腹腔鏡手術を行うのは問題ですが、しっかりした技術を持つ医師が行えば、メリットは大きいと思います。
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