鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 順天堂大学医学部病理/腫瘍学講座教授・樋野興夫さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
がんでも天寿を全うする時代が近い将来やって来る

鎌田 なるほど。樋野さんは著書の中で、DNAにキズが付いたとしても、がんになるのは1000個に1個ぐらいで、残りの999個はがんにならないと書かれていますね。
樋野 999個は死滅するか、そのまま成長しないで残ります。がんとして大成するのは1個だけです。人間と同じで大成するのは少ない(笑)。人間の一生ではがんが頻繁に起きているように見えますが、それは人間が60兆個の細胞から成っており、分母が大きいためにそう見えるのであって、細胞レベルではがんは稀なことです。
鎌田 現在、一生のうちに、2人に1人はがんになると言われていますが、細胞レベルでは稀なことが起きているということですね。しかも、1個の細胞にがんが発生してから、臨床がんの大きさになるまでに、20年以上かかっている。医学がさらに進歩すれば、もっと早期に、細胞レベルの段階でがんが発見できるでしょうね。
樋野 発症前診断でがんを見つけて、叩けばいい。だから将来、がんで死なない時代が来ますよ。ただ、天寿を全うしてがんで死ぬケースはあります。これを「天寿がん」と言います。
鎌田 何年後ぐらいにそういう時代が来ますか。
樋野 現在でも、がんは50パーセント治っています。あと2~3年早くがんを見つければ、70~80パーセントの人が治るでしょう。残る20~30パーセントの人は、治らないといっても、がんと共存して死を遅らせることができるようになります。がんで死なない時代はそう遠い将来のことではありません。
鎌田 面白いですねぇ。がんが治せる時代が来ても、全部は治せない。治せないがんは共存すればいい。再発してもあきらめないで、がんと共存しながら長生きをし、天寿がんで天寿を全うする。天寿がんは、何歳ぐらいを言うのですか。
樋野 決まっていません。人にはそれぞれの天寿があります。ただ、われわれが普通「天寿」と言っているのは85歳以上です。全然がんの症状はなく、95歳まで生きた人でも、解剖をすると、がんだったとわかるケースがあります。これがまさに天寿がんですね。
鎌田 60歳の人がやるべきことをやって、がんを受け入れて受容して死んでいく。これも天寿がんですか。
樋野 本人が60歳を天寿と受け止めるということはありえると思います。ただ、僕たちは60歳でがんで亡くなる人を、80歳まで生かしたい。40歳で亡くなる人も80歳まで生かしたい。故意にがんを遅らせることが、これからのがん治療の大きなポイントだと思います。
患者さんの話を聴くには「暇げな風貌」が必要
鎌田 従来、顕微鏡の世界にいた樋野さんが、「がん哲学外来」を開き、週1回、患者さんと向き合っている場合、患者さんに他のいろんな���療法を紹介してあげることもあるんですか。
樋野 再診断を受けるよう新たな病院を紹介することもあります。どう見ても末期の人には、「あなたには死ぬという大事な仕事が残っていますよ」というようなことも言います。もともと、治るような人は、「がん哲学外来」には来ません。ほとんどが死と直面している、転移した人か、末期の人です。
そういう人たちに対して、私たちは「言葉」を語りますね。がん患者さんの言葉を聴くだけでは、患者さんはその場では満足しても、家に帰るとまた不安に陥ります。
私たちは聴くだけではなく、「言葉」を語ります。ときには死について語りますから、決して軽い言葉ではありません。たとえば、「勇ましき高尚なる生涯」とか、「目下の急務は忍耐あるのみ」とか、「人生いばらの道にもかかわらず宴会」とか、そういう言葉を語ります。それを患者さんは暗記して覚えます。「がん哲学外来」では、患者さんの言葉を聴くことと、核になる言葉を与えることの、両方をやっています。
鎌田 最近の医学は、患者さんを助けるところまでは、非常に進歩し、対応も丁寧になってきています。しかし、助けられないとわかった時点で、放り出す傾向がありますね。現場の主治医たちは投げ出したとは思っていないのですが、フォローが十分でないために、患者さんは放り出されたと感じるわけです。
樋野 「がん哲学外来」に来る患者さんは、「主治医はいい先生なんだけれど、話を聴いてもらえない」という不満を持っていますね。医師が忙しくしている姿を見ると、じっくり話を聴いてほしくても、できないのです。今の臨床の先生は忙しくて、常にお尻が椅子から5センチ浮いています。もっとどっしりしていたほうがいい。私が「医師には暇げな風貌が必要だ」と言っているのは、そこです(笑)。ただ、臨床医にそれを求めるのは酷です。
御茶ノ水駅周辺に「メディカル・タウン」を

樋野 がん患者さんの話を聴き、親身なアドバイスをするのは、われわれのようながんの基礎研究、がん学をやった人間のほうがいいと思います。私は、「がん哲学外来」をNPO法人で立ち上げて、病院とは別の場所でやることも考えています。「メディカル・カフェ」みたいな場所を設け、そこでがん患者さんとゆっくり語り合う。
鎌田 それもいいですね。樋野さんは御茶ノ水駅周辺を「メディカル・タウン」とする構想を提唱されています。私も御茶ノ水駅のそばの東京医科歯科大学の卒業生ですから、とても興味があります。「御茶ノ水メディカル・タウン」が実現し、「がん哲学外来」をやる「メディカル・カフェ」が開店したら、そこで私にも月に1回、「がんばらない&あきらめない外来」を是非やらせてください(笑)。
樋野 「御茶ノ水メディカル・タウン」は私の夢です。「メディカル・カフェ」を病院に求めるのは無理です。現在、「がん哲学外来」の患者さんたちは、朝早くから、かなりの時間をかけて遠方から来院され、受け付けを済ませ、面談を受けるわけです。患者さんにも負担をかけていますが、大学側にも相応の負担をかけています。それを見ていると、「がん哲学外来」は本来、NPO法人が「メディカル・カフェ」形式で対応するものだと思います。少なくとも各県に1人ずつ、「がん哲学外来」に賛同し、窓口になってくれる人がいて、そういう場所があったら、がん患者さんはかなり救われると思います。
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