鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 北里大学医学部外科学教授・渡邊昌彦 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
非常に効率がいい日本のがん治療
鎌田 そこが他のがんと違いますね。大腸がんは肝臓や肺に転移しても、3割の人は5年生存ができる。こういうがんは、他にそうはないですよね。
渡邊 卵巣がんぐらいかも知れませんね。大腸がんは再発してからも長生きできます。
鎌田 私の病院で20年ほど前に、直腸がんで肝臓転移がある患者さんを手術したことがあります。 直腸がんを切除して人工肛門にし、肝切除をしました。私は内科医ですから、こんな野蛮なことをして、やり過ぎではないかと思っていましたが、治ってしまいました。大腸がんって違うんだなぁと思いましたね。
渡邊 感動的ですね。肺取って、肝臓取って、骨盤、内臓全摘やって、それで10何年生存という例があるわけですからね。
鎌田 外国で経口抗がん剤がなかなか認められないのは、なぜなんでしょうね。

渡邊 いや、最近は外国でも経口抗がん剤をやるようになっていますね。ゼローダ(一般名カペシタビン)などは標準治療に入っています。ただ、日本とはまったく医療環境が違います。 外国は手術をした後の補助化学療法は、もうメディカルオンコロジスト(腫瘍内科医)に任せてしまいます。彼らは、外科手術は治療法の一手段であり、薬物療法が大事だ、という考え方です。ですから、がんを治そうとできる限りのFOLFOXのような点滴を用いた薬物療法を行うこともあります。
その一方、ゼローダとエルプラット(一般名オキサリプラチン)をやるほうが、簡便だし、安全だし、そちらのほうがいいという考え方もあります。ヨーロッパではこちらが主流になりつつあります。
それに対して、日本では外科医がほとんどの補助化学療法を担っています。外国で強力な補助化学療法を積極的に行った生存率と、日本で手術のみを行った生存率は、良いか同じ位です。その意味では、日本のがん治療は非常に安価で効率がいいわけです。日本の外科治療の技術が高いのか、欧米の医師が言うように、日本人のがんの生物学的悪性度が低いのかは、よくわかりません。ただ日本の治療成績が非常に良いのはたしかです。
鎌田 例えば、リンパ節転移が数個あるという、ステージ3の患者さんに対して、外国では手術に加えてFOLFOX療法のような強い補助化学療法を行っています。その成績と日本の手術だけの成績がほとんど同じというわけですね。日本では経口抗がん剤を加味する先生もいるわけでしょう。
渡邊 外国のエビデンスに基づいて、経口抗がん剤なら安全と使っている人が大半です。標準治療として化学療法をやるというのは、すでにコンセンサスができていますので、ステージ3の患者さんには、化学療法が行われています。
外科医の現状を放置すれば日本のがん医療は崩壊する
鎌田 大腸がんが再発した人たちが大いに期待している薬にアバスチン(一般名ベバシズマブ)があります。すでに使用が認められていますが、まだ日が浅いために、劇的な効果があるのかどうか、評価が定まっていません。私は同じような分子標的薬のハーセプチン(一般名トラスツズマブ)を、乳がんのステージ4の患者さんに使い、劇的にがんが消えた例を見ていますから、アバスチンにも期待しているのですが、どうですか。
渡邊 私の大学では、使い始めてまだ20数例ですが、劇的なことは起きていません。
鎌田 アバスチンを使うことで手術にまで持ち込めた例はないんですか。
渡邊 それはあります。外来に来られた時点で、すでに肝臓と肺に転移していた患者さんが、ゼローダ、エルプラット、アバスチンによって肝臓と肺のがんが消えて手術に持ち込めた例があります。また、セカンドオピニオンで私の外来に来られた患者さんは、肺転移と肝転移が多発していて、縦隔リンパ節転移もありました。そしてFOLFIRI、アバスチンとやったところ、肺が消え、肝臓が消え、いま縦隔リンパ節が残っている状態です。
鎌田 あと数年経てば、そうしたさまざまな例が出てくるかも知れませんね。
渡邊 アバスチンはやや高価ですから難しいですが、本来なら補助化学療法として使われるのがいいのではないかと思います。なぜかと言えば、アバスチンはがん細胞がまだ目に見えないような初期の段階のほうが効くと思うからです。
鎌田 ということは、アバスチンはステージ3Aぐらいの治療に効果があると。
渡邊 そうです。その段階の補助化学療法の結果が注目されますね。ただ、何百万円、何千万円の薬を使って生存率を数パーセント上げることの費用対効果も考えなくては。私たち数人の外科医と看護師2人と麻酔医が、協力して手術を行って数10万円です。薬と比較して外科手術って一体正当に評価されているのだろうか、と思うことがあります。実際、大半のがんは外科手術だけで治るのですから。
おカネが薬のほうにばかり流れて、手術料のほうに回ってこない現状を真剣に考えるべきです。鎌田先生の本のタイトルは『がんばらない』ですが、私たち外科医は休日を返上してがんばっています(笑)。外科医が報われない現状を放置したら、きっとがんの医療は崩壊するかもしれません。
明るく前向きな人が治り、長生きをする

鎌田 よくわかります。最後にうかがいますが、渡邊さんが今、再発大腸がんの治療にかかっている患者さんに、いちばん伝えたいことはどういうことですか。
渡邊 以前から思っていることですが、明るく前向きな人が長生きをするような気がしてなりません。
鎌田 私もそんな感じがします。エビデンスはありませんが、どうしてもそういうことを言ってしまうんですよね(笑)。
渡邊 はい。どうしても、あります。ホッとさせられる患者さんて、多いですよね。
鎌田 私たち医者が患者さんをホッとさせるのではなく、私たちが救われる。
渡邊 医者になってよかったと思わせてくれる人がいます。
鎌田 そういう患者さんが長生きをする。
渡邊 はい。手術を受けた後、サプリメントを使ったり、情報誌を読んで食生活を変えたりして、必死に努力している人を見かけます。私はその人たちに申し上げます。私が手術をしたのは以前の楽しい日常生活を取り戻してもらうためです。サプリメントとか食生活とかを考えずに元の生活に戻りましょうよ。
がんというのは何10年もかかって、いろんな要素が積み重なってできたものですから、いまさら食生活を変えたってあまり効果は期待できない。とりあえずがんのことは忘れて、1日1日、好きなことをやって暮らしてほしいのです。そのかわり、4カ月に1度、私の顔を見ることを忘れずにいて、病院に来たときだけは自分ががんであることを思い出してほしい。それだけです。
鎌田 私などはエビデンスもなく、希望を持つこと、笑うことの大切さを主張してきましたから、渡邊さんからそういうお話をうかがって、ホッとしました(笑)。
渡邊 本当に明るい人は治り、長生きします。先日も、FOLFOXをやっている女性の患者さんが、シンガポールに駐在している息子のところへ行くから、インフルエンザの注射をしてほしいが、FOLFOXとインフルエンザの注射と、どちらを先にやったらいいか、と言われました(笑)。
私は、FOLFOXは1回お休みにして、シンガポールへ行ってらっしゃいと言いましたが、最近は、がん患者さんといっても、そういう方が沢山いらっしゃいます(笑)。
鎌田 いいですねぇ(笑)。きょうは大変中身の濃い話をうかがうことができました。ありがとうございました。
(構成/江口敏)
同じカテゴリーの最新記事
- 遺伝子を検査することで白血病の治療成績は向上します 小島勢二 × リカ・アルカザイル × 鎌田 實 (前編)
- 「糖質」の摂取が、がんに一番悪いと思います 福田一典 × 鎌田 實 (後編)
- 「ケトン食」はがん患者への福音になるか? 福田一典 × 鎌田 實 (前編)
- こんなに望んでくれていたら、生きなきゃいけない 阿南里恵 × 鎌田 實
- 人間は死ぬ瞬間まで生きています 柳 美里 × 鎌田 實
- 「鎌田 實の諏訪中央病院へようこそ!」医療スタッフ編――患者さんが幸せに生きてもらうための「あたたかながん診療」を目指して
- 「鎌田 實の諏訪中央病院へようこそ!」患者・ボランティア編――植物の生きる力が患者さんに希望を与えている
- 抗がん薬の患者さんに対するメリットはデメリットを上回る 大場 大 × 鎌田 實 (後編)
- 間違った情報・考え方に対応できる批判的手法を持つことが大切 大場 大 × 鎌田 實 (前編)