鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 東京大学病院放射線科准教授/緩和ケア診療部長・中川恵一 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
なぜ放射線治療にたどり着けないのか

鎌田 それは内科医が診断した後、患者さんを泌尿器科や外科に送るのではなく、放射線科に送ったほうがいいのでしょうか。
中川 内科の先生方にお願いしたいのは、前立腺がんの患者さんを診察した場合、「まず、泌尿器科に行きなさい。次に放射線科に行きなさい。そのあとでもう1度私のところに来て、どういうことを言われたか報告してください」ということを言っていただきたいということです。
鎌田 私たち内科医は、たとえば前立腺がんの場合、PSAという腫瘍マーカーを見て、数値が高いと、泌尿器科の先生への紹介状を書いたところで終わらせています。だから、泌尿器科で前立腺がんと確定診断した場合、「じゃあ、切りましょうか」ということになる。
中川 内科で前立腺がんや子宮頸がんが見つかり、泌尿器科や婦人科の先生を紹介されたら、放射線治療に辿り着くことは難しいと思います。私は最近、それはもうしょうがないと思い始めています。現在、全国で、外科医10万人に対して、放射線治療の専門医はわずか542人ですからね。
その状況で、外科の先生が患者さんに、「あなたの場合、手術より放射線治療のほうが簡単で安いですよ」と言って放射線治療を勧めるとは思えないのです。では、どうすれば患者さんに放射線治療を選択してもらえるかといえば、内科の先生に「外科と放射線科に行ってごらんなさい。その上でどちらを選ぶか、また相談しましょう」と言ってもらうことです。そうすれば、患者さんも放射線治療を受けるケースが増えるでしょうし、内科の先生もいろいろな経験をし、がんとの付き合いも深まるような気がします。
がん難民の乳がん患者を放射線治療が救った

鎌田 中川さんは東大病院で放射線治療を担当する一方、緩和医療も担当されていますよね。
中川 緩和ケア診療部があり、その部長です。1年ほど前に、この雑誌で鎌田先生と対談をさせていただいたあと、すぐに鎌田先生の諏訪中央病院を訪ねたのは、私が緩和ケアを担当しているからです。医療の中にキュア(治療)とケア(看護)の対立があるのは、日本の医療の大きな問題点です。それが諏訪中央病院ではやすやすと克服されている。とても羨ましく感じました。
私がいちばん羨ましかったのは、病院の周囲に自然があることでした。自然の中で医療を行うということが、ケアを受け入れることにつながるのです。養老孟司先生がおっしゃっていますが、大都会のど真ん中で医療をしていますと、人間が変わらない、もっといえば、死なない存在になってしまうのです。人間のいのちには限りがあり、尊いものであるということが、受���入れにくくなるんですね。それが諏訪では、お医者さんも患者さんも、限りあるいのち、それに対するケアを、当たり前のこととして受け入れていらっしゃる。羨ましい。
鎌田 それがきっかけとなって、私と中川さんの共著である『がん 生きたい患者と救いたい医者』(三省堂)という本ができたわけです。この本は、加澤ウメさん、熊坂サク江さんという、2人のがん難民の女性に全面的に協力していただき、これからの日本のがん医療に1つの方向性を示していると思います。
加澤さんは最初、53歳のときに乳がんの全摘手術をし、17年後に70歳で再発した。その時、主治医と相談をしますが、「手術や放射線治療もあるけど、もうあまり勧めない」と言われたために、ご自身も治療に積極的にはならなかった。しかし、何もしないのは不安なため、月30万円のサプリメントを飲み、ほぼ毎月、30万円の旅費・宿泊代をかけて玉川温泉に通った。加澤さんは学校の先生を定年まで勤めた方ですが、サプリメントと玉川温泉で退職金をほぼ使い崩してしまった。
その間にがんはどんどん進行し、私の外来に来たときには、もう乳がんがザクロのようになっていました。それを診て、私は絶対に放射線治療がいいと思いましたが、同時にこれは助からないとも思いました。ただ、中川さんなら、放射線治療を行って一時的にでも良くし、また悪化した時には緩和ケアもして、この患者さんを支えていただけるだろうと考えたわけです。
つまり、4~5年というスパンで考えた場合、中川さんに預けるのがベストだと確信して、加澤さんの目の前で、中川さんに電話でお願いしたわけです。私が中川さんにお願いする初めての患者さんだったのに、とても快く受け入れていただき、安心してバトンタッチできました。
中川 すぐに来ていただいて診察すると、すでに出血していました。いろんな代替療法をやられ、直前には「アーク灯療法」というのもされていました。「同じ光を当てるなら、放射線治療で小さくなりますよ」とお話したのですが、すぐには放射線治療を選択されず、漢方薬治療に挑戦されました。でも、漢方薬もダメで、ようやく放射線治療を決断され、通院で治療を受けられました。今ではすっかりがんは消え、かさぶたみたいな薄い皮が残っているだけです。
鎌田 消えちゃったの! じゃあ、今はもうがんはないと考えていいんですか。
中川 そうです。ご本人も、もうガーゼを取り替える必要はないし、普通にシャワーもお風呂も入れますから、ハッピーだと思います。
鎌田 サプリメント代、温泉代で毎月60万円払うこともなくなったし(笑)。
中川 放射線代はまた安いんですよ(笑)。3割負担の方だと、おおざっぱにいって、ひと通りで10万円前後です。1割負担の方なら、その3分の1です。
同じがん難民でもさまざまな経緯がある
鎌田 その加澤さんの玉川温泉友達が熊坂さんで、この方も乳がんでしたね。
中川 熊坂さんは10年ほど前に、厚生労働省の人の紹介で、関東のある大学病院の有名な先生に診察を受けたところ、「即手術して全摘する」と言われたんですね。そのとき何かの都合があって、「日程を少し遅らせてください」と頼んだところ、先生が虫の居所が悪かったのか、とても怒って、「あなたのような患者が、最後は鉄道に飛び込んで自殺するんだ」と言われた。
鎌田 そこで熊坂さんは、絶対にこの先生には手術をさせない、と思ったんだ。
中川 ただ、熊坂さんは医師からそう言われたことがトラウマになって、病院に行けなくなってしまったようですね。
鎌田 その後、1回8000円のカイロプラクティックを、2年ほどやった。気持ちは良かったけれども、がんはどんどん大きくなった。
中川 事実上、有効な医療行為は何もされなかった。私がお2人を診て思ったことは、お2人ともがんの治療を受けられなくなってしまったがん難民だということでした。ただ、加澤さんが再発時に70歳になっていて、医師が積極的な治療を勧めなかったために、がん難民になってしまったのに対して、熊坂さんは全摘手術を強く言われすぎたために、治療を拒否してがん難民になってしまった。その違いがありますね。
鎌田 同じがん難民でも、それぞれ経緯があるわけですね。
中川 人間の世界もそうですが、医療の世界も「白か黒か」の二者択一ではないんです。医療にはキュア的な側面と、ケア的な側面の両方が必要です。日本のがん医療の場合、まずひたすらキュアだけをやって、ダメだとわかると、ギアチェンジしてケアだけという形になっています。極端です。
鎌田 がんの種類によっても対応は違うはずだと思います。私は「がんばらない」医者ですから(笑)、膵臓がんの人に対しては、がんばらない対応をすると思います。しかし、乳がんや大腸がんは再発しても、ここからが勝負です。きちんと対応すれば、ザクロみたいになっていた乳がんが消えてしまう。
中川 熊坂さんは、私が今までに見た乳がんの中では、いちばんすさまじい状態でした。それが放射線治療を続けているうちに、がんがどんどん小さくなり、手術ができるまでになって、全摘手術をしました。現在は皮膚が全体を覆った形になっていて、出血も臭いもなく、とても喜んでおられます。
ご本人はもう死ぬ気だったようで、加澤さんに洋服を全部譲ってしまった。それが旅行に行けるまでに回復し、着ていく物がない(笑)。
鎌田 やはり、中川さんのような放射線治療の専門医でありながら、緩和ケアもやっているような医師が必要ですね。がん治療には専門医が不可欠ですが、緩和ケアまでやっている医師は非常に少ないと思います。
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