鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 東京大学病院放射線科准教授/緩和ケア診療部長・中川恵一 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2008年3月
更新:2019年7月

がんそのものを見るよりがん患者の人を見る

鎌田さん

中川 がんという病気は「がん」という言葉でひとくくりにできるほど単純な病気ではありません。ただ、現実には、がん専門医は臓器別の専門医です。しかし、鎌田先生のように内科医としてがんに関わっている先生は、すべてのがんに対応されます。私も放射線治療、緩和ケアにおいて、すべてのがんに対応しています。私たちのがんとの付き合い方は、臓器別のがん専門医の先生方と少し違います。
私たちはどうしても患者さんの人を見ます。専門医の方々は人よりがんを見ます。そこが決定的に違います。私も鎌田先生と同じく、「がんばらない」が基盤にあります。がんが治っても人は死ぬ、という定めがある以上、どんなにがんばっても不老不死は得られない。「がんばらない」ということはケアするということです。完治が望めない場合、どう生きていただくか、ケアすることが大事なのです。

鎌田 たとえば75歳の前立腺がんの患者さんの場合、中川さんだったら「治す」とは言わないで、その患者さんにどういう治療法が得か損かということを考えながら、まあまあ効果がある治療法を選択されると思う。私が70歳を過ぎてがん患者になったら、中川さんのような医師に出会いたい(笑)。

中川 患者さんにとって損か得かという考え方は、非常に重要ですね。たとえば、70歳、80歳の人に早期の前立腺がんが見つかったとします。その場合、PSAが急には上昇しないとわかれば、何もしないのがいちばんだと思います。

鎌田 放射線治療もしなくていいの?

中川 はい。悪性度にもよりますが、ご高齢の患者さんで、がんが大きくならないとわかれば、そのままがんを抱えて死んでいただくのがベストです。ただ、日本人は潔癖で、「がんとともに生きる」なんて不安に思う人も多いために、高齢者にもPSA検診を勧めています。しかし、私は少なくとも80歳以上の方には、PSA検診をやるべきではないと思っています。最近の80歳はお元気で、まだ死ぬ気はありませんから、がんが見つかれば、「きれいさっぱり取ってくれ」と言いますよ。しかし、手術をすればお金もかかりますし、QOL(生活の質)も損なわれます。80歳を過ぎて手術をし、QOLを落として生きていくことは、決して容易なことではありません。だから高齢の方はPSAなど測ってはいけません。

「がん対策基本法」でがん医療は変わる

鎌田 中川さんは、1昨年に成立した「がん対策基本法」の制定にものすごく努力されました。私はこの法律の制定を高く評価し、中川さんの努力に大いに敬意を表しますが、なぜあんなに夢中になられたのですか。

中川 日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなっている現状は、まさに「がん大国」です。しかし、これまでやっ��きたことは、まるで「がん後進国」でした。私の患者さんはほぼ全員ががんですが、本来もっと良い人生を送ることができたはずの人が、たくさんいらっしゃる。そこをどう変えていくかを考えたとき、医学界が自ら変わっていくことは期待できない。どうすればいいか。国民の代表である政治家にがんのことを知ってもらい、がん対策の基本法を作ってもらうのが近道だと考えたのです。

鎌田 「がん対策基本法」ができ、その基本計画が実施に移されたのをきっかけに、がん医療を取り巻く空気が確実に変わり始めましたね。今までは書かれなかった緩和医療のことや、放射線治療のことが、明確に書かれるようになりました。これは中川さんの後押しもあったと思います。日本のがん治療はこれから急速に変わりますよね。

中川 変わります。「がん対策基本法」は理念法で、財政的な裏付けはなされていません。ですから、本来なら総花的に書くところですが、日本の手術は世界一の水準にありますから、これはあまり書かなくてもいい。足りない部分、手当てしなければならない部分を書こうということで、放射線、抗がん剤、緩和ケア、がん登録、情報提供システムなどにスポットを当てたわけです。

鎌田 私は昨年10月に、がんセンターで開かれた緩和医療のシンポジウムで、基調講演を頼まれまして、全国のがん医療に携わる医師たちの前で、「がんばらない」「あきらめない」という話をしてきました。これまで私のような地方の内科医が、がんセンターで基調講演をするなどということはなかったわけですが、何かが変わってきたという感じを強く持ちました。

中川 変わっています。鎌田先生のお話が全国のがん専門医に浸透していけば、「がんばらない」「あきらめない」という考え方が、日本のがん治療のスタンダードになりますよ。すでに世界的にはスタンダードです。

鎌田 そうですか。

中川さんと鎌田さん

<鎌田さんより一言>がん患者さんやご家族の方にとって、ヒントが一杯詰まっている本を中川先生と鎌田の2人でつくりました。必ず役に立つ1冊、『がん 生きたい患者と救いたい医者』(三省堂)をぜひご覧いたいだければ幸いです

中川 実は、WHO(世界保健機関)が、がん治療を1つの長方形に表して説明しているんです。長方形の左から右へがんが進行するとした場合、左下から右上に対角線を引き、上の長い直角三角形がキュアで、下の長い直角三角形が緩和ケアだと説明しています。つまり、がん治療の初期段階ではキュアがメインですが、進行するにしたがって緩和ケアがメインになっていく。しかし、常にキュアとケアが共存する。そのことを教えているのです。つまり、がん治療には「がんばらない」という部分と「あきらめない」という部分が両方とも必要なんですよ。

鎌田 今まではがんばるキュアばかりやって、ダメだったら、ケアしないで見放していた。

中川 ですから、鎌田先生はがん治療の最先端を行っておられるわけで、今後ともご指導をお願いしたいと思います(笑)。

鎌田 いやいや、こちらこそ(笑)。お忙しいなか、どうもありがとうございました。

(構成/江口敏)

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