鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 全日本社会人落語協会副会長/作家・樋口強 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:向井渉
発行:2008年2月
更新:2013年9月

笑うと増えるがんを退治するNK細胞

鎌田 本来ならこのあたりで、樋口さんの経歴とか病気に関するお話をうかがうのが筋なんですが、それは後回しにして、今日はサプライズで、ここで落語を一席、やっていただけませんか(笑)。

樋口 うーん(笑)、では、私の定番になっている中から、軽~い噺を一席やらせてもらいましょうか(と言いながら、テーブルの上を片付ける)。

鎌田 本気モードですな(笑)。

樋口さんの即興寄席

鎌田さんとスタッフを爆笑の渦に巻き込んだ樋口さんの即興寄席の一席

樋口 (以下、落語の要約)さて、人間の身体には60兆の細胞があります。大きな人も小さな人も同じ数でできています。で、その細胞が毎日少しずつ、コピーして生まれ変わっているんですね。ところが、コピーのし損ない、し間違いというのがあります。これががん細胞です。どんなに健康な人でも、1日に5000個ぐらいのがん細胞ができています。でも、がんにならずに済みますのは、人間の身体に免疫システムが備わっているからです。
ところが、この免疫システムも歳とともに衰えてきます。ですから、歳を取るとがんになりやすいという理屈なんだそうです。この免疫システムの中でも、とくにがんをやっつけてくれるのがNK細胞、ナチュラルキラー細胞です。最近、NK細胞は笑うと増えることがわかり、笑いをがんの治療に取り入れている病院が、随分と増えてきました。
で、大きな声で笑うとその効果が大きいこともわかってきました。もう1つ、わかっていることがあります。おかしくなくても笑うと、同じ効果が出る。……よろしいですか。今、大変重要なことをお話しているんです……(笑)。
ところで、抗がん剤の共通的な副作用に、髪の毛が抜けるというのがあります。イヤなもんですねぇ。1度にズルッと抜けますよ。男の私でもイヤですから、女性はもっとつらいと思います。しかし、病院のほうはあまり心配をいたしません。なぜかというと、髪の毛はまた生えてきますからね。あっ、言っときますがね、また生えてくるのは、治療前に髪の毛があった人だけですよ!(笑)。
もう1つ、抗がん剤の共通的な副作用に、頭がボーッとするというのがある。本当にボーッとします。集中力がなくなってきます。病室でテレビを見ようか、とても見ておられません。新聞を読もうか、とても活字を追う集中力はありません。
じゃあ、ベッドに仰向けになって寝ていればいいじゃないか。これがまたできません。じっとしている、ということができない。じゃあどうするか。ただ点滴を吊り下げた棒を持って、ひたすら病院の中を歩くんです。止まれないんです。止まるにも、ものすごい集中力が要るんですよ。
私も病室でボーッとしてました。隣にいた家内が、「あなたの場合、治療の前からボーッとしているから、抗が��剤の副作用が出たかどうか、よくわからないわ」(笑)。失礼なことを平気で言います。
私は今、抗がん剤の後遺症で身体中がしびれたままです。家内が「今いちばんつらいことは何? 何してほしいの?」と言います。やさしくされると、かえって気持ち悪い(笑)。だから私、頼みました。「今までどおり、付き合ってくれ」と。そうしたらカミさんね、「あ、そう。わかったわよ」。本当に今までどおりです(笑)。
ですから、夫婦げんかになりますと、私がワァーッと言えば、向こうもワァーッと返してきます。今までどおりです。手加減といいますか、口加減といいますか、少しも加減してくれません。ただし、口げんかになると私が勝つんです。私は落語をやってますから、絶対に口では負けません。家内は口惜しい思いをしていると思います。今、家内が考えていることは、大体わかっています。口がしびれる抗がん剤を探しています(笑)。
笑いは最高の抗がん剤。そして生きてるだけで金メダル。 「病院日記」の半ばでございます。ありがとうございました(拍手喝采)。

鎌田 すごい! 今日の対談、もう終わっちゃってもいいなあ(笑)。

ドックで発見されたこぶし大の白い影

鎌田さん

鎌田 まあ、それは冗談として(笑)、毎年、落語講演会をやっていると、新しい落語を披露する必要もあるでしょう。

樋口 そうですね。定番の「病院日記」などは何回聴いても、ここで笑える、ここで泣ける、という場面があるようで、いつでも受けるんですが、そこに安住しているわけにもいきませんので、毎年新しいネタを高座にかけます。

鎌田 最新のネタは何かありますか。

樋口 まだCDには入れてないんですが、「一診一笑」という作品があります。近未来の話です。医師免許も更新制になり、更新の条件として、笑いのある診療ができなければならないことになった。外来診療では、医師は必ず1回は患者を笑わせる。それができない場合、医師法違反になる(笑)。

鎌田 いいねぇ(笑)。

樋口 とくに、がんの治療を行う医師には、更新時に、小噺実技が必須科目として課せられる(笑)。

鎌田 すごい、すごい(笑)。

樋口 全国のがん医師は小噺ができないといけない。全国の都市には、医師免許更新専門の小噺指導予備校が開設される。その中でとくに人気があるのが、「樋口塾」(笑)。あの樋口先生の講義を直接受けたいと、全国の医師が殺到します。今ではもう、紹介状がないと塾には入れない。予約を取っても3時間待ちは当たり前(笑)。

鎌田 その後を聴きたいのはやまやまですが、なかなか本題に入れませんので、このくらいにしておきましょう(笑)。さて、病気の話をうかがいます。平成8年に小細胞肺がんが見つかったわけですね。診断されたとき、どう受け止めましたか。

樋口 人間ドックで見つかりました。「大学病院を紹介しますから……」と言われた時点で、覚悟はしました。ドックで撮った写真で、肺の右上にこぶし大の白い影が見えましたからね。

鎌田 精密検査前にわかったんだ。

樋口 私にも、これは尋常な異常ではないとわかりました。大学病院でも1週間の入院手続きをし、すぐにCTだ、MRIだ、気管支鏡だ、骨シンチだと、精密検査が決まりました。あの冷たい大学病院が、1週間ですべての検査をやってくれるぐらいだから、これは普通ではない、がんだなとわかりました(笑)。

ショックだった小細胞肺がんの診断

鎌田 その時点で覚悟を決めた。

樋口 完全に覚悟ができました。情報ももらいました。大学病院の良いところは、研修医がいる点です。研修医はプライドが高い割には、人生経験が浅いですから、こちらが尋ねることは、正直にすべて話してくれるんです。「そんなことも知らないの?」と言うと、翌日にはちゃんと調べて、レポート用紙1枚に書いてきてくれました。大学病院では、肺がんについてかなり勉強させてもらいました。

鎌田 本当のことを知りたかったら研修医を攻めろ、ということですね(笑)。

樋口 そういうことです。ですから、がんと告知されても、ショックはそれほど大きくありませんでした。ただ、組織診で小細胞がんだと言われたときはショックでした。

鎌田 もう小細胞がんのことも調べていたんだ。

樋口 ええ、知ってました。まさか私はこれじゃないだろうと思っていましたから。タバコを吸っていましたから、多分、扁平上皮がんだろうと思っていました。

鎌田 腫瘍の大きさは何センチでしたか。

樋口 3センチを超えていました。

鎌田 1個だけですか。

樋口 主気管支に大きな巣になったのが1つだけでした。

鎌田 前年度のドックのときには、まったくなかったんですね。

樋口 まったくありません。目の前で両方の写真を比べて見ましたが、前年の写真には何もありませんでした。

鎌田 そして調べてみたら、非常に予後が悪いがんだった。

樋口 研修医の話や、読んだ本や、がんセンターのホームページなどによると、私の状態では3年生存率は5パーセントぐらい、5年生きることはまれです、ということでした。それがわかったときは、さすがにショックでした。がんは治療すれば治ると思っていましたから、自分は甘かったと思いましたね。

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