鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 全日本社会人落語協会副会長/作家・樋口強 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
失ったものを嘆くのではなく新しい世界に飛び込んでいこう
鎌田 樋口さんに話をうかがうにしては、ちょっと堅すぎる話が続きました(笑)。本来の樋口さんの話に戻します。「がん美人説」を唱えていらっしゃいますが、その心は(笑)。

樋口 「がんになると美人になる。ただし例外もありますよ」という説です(笑)。がんになると、いろいろなものを失います。物理的には、がんになった身体の一部を取ります。肺を取れば、呼吸がしづらくなる、階段の上り下りがつらい、走れなくなるなど、生活が不自由になります。
それだけではなく、友達を失くす、仕事を失う、笑顔や明るさがなくなる。ですが、その失くしたものを取り戻そうとあがいたら、余計につらくなるだけです。失くしたものは2度と戻ってこない。それががんという病気です。失くしたものを取り戻そうとするのではなく、新しい世界に飛び込んでいくと、そこに今までと違う世界が広がっており、新しいものが見つかります。また、それをつかみ取ろうとしている人たちに巡り会うこともできる。
鎌田 そういう人たちが生き残っていくんだ。で、美人は(笑)。
樋口 ここからです(笑)。そういう新しいものをつかみ取ろうと努力している人は、輝いて見える。全国を歩き、がん患者の皆さんと接していると、それがよくわかるんです。そういう女性は美しく見えます。
鎌田 姿・形ではない?
樋口 いえ、結果的には姿・形も輝いてきます。何かを求めて努力しているときというのは、内面から輝いてくるんですね。それが、外面にも表れる。がんになり、新しい道を見つけて輝く人、美しくなる人は、いっぱいいます。
鎌田 私も「がん美人説」って、あるような気がする。
樋口 男性だって輝いて生き生きしてきます。
鎌田 人生、真面目に生きるようになるからかなぁ。
樋口 真面目すぎるのは良くない。鎌田先生の「がんばらない」のように、いいころ加減がいいんじゃないですか。がんの人には真面目すぎる人が多いようです。また真面目に同じがんばり方をしてしまうと、かえってあとがつらくなります。真面目すぎてはいけないことに気づいた人が、輝いてくるんだと思います。
プロに最高の笑顔の写真を撮ってもらおう
鎌田 あまり真面目にがんばりすぎて、安倍さんみたいに投げ出すことになっては、どうしようもない。日本の代表が日本を投げ出しちゃあシャレにもなりません。命は投げ出しちゃいけないのです。ぼく「なげださない」って本、今書いているんです。さて本題にもどりますが、真面目すぎず、いいころ加減を見つけて輝くには?
樋口 自分から外に出ることです。外には自分の先を歩いて輝いている人が、いっぱいいます。そういう人を見つけて話を聞くことです。それから、笑うことです。家族に笑わせてもらうのではなく、自分が家族を笑わせてあげる。その家族の笑顔が自分に戻ってきます。きっと生きていて良かったと思える。いちばん美しいものがそこにあったことを実感するはずです。海外旅行もいい、美味しいものを食べるのもいい。しかし、家族の笑顔こそ最高の財産です。
鎌田 何が大切かが見えてくるんだ。
樋口 そうです。人間らしく生きたい、というような抽象的なことではない。抽象的なことでは迷路に入っていきます。自分が笑わせたことによって、家族が笑った。そこに自分の存在感があるからいいんです。「ここのコンニャク、おいしそうだね。いつ食べるの?」「こんにゃくう」(笑)。
鎌田 ダジャレでいいんだ。
樋口 お嬢ちゃんは「さぶうっ!」と思うかも知れませんが、それは外で友達同士で言いなさい。家族のなかでは、「うまいっ! うまいねぇ」と笑ってほめてあげればいいんです(笑)。
鎌田 ダジャレでもいいから、家族を笑わせる。ダジャレであっても、笑ってあげる。がん患者が輝いて生きる1つの知恵ですね。それから、樋口さんは笑顔の写真を撮ることを勧めていますね。
樋口 はい。自分の素顔の笑顔の写真は、なかなか持っていないものです。また、普通の生活の中で、自分の笑顔を見ることもほとんどありません。鏡で見る笑顔は、自然の笑顔ではない。自分の屈託のない底抜けの笑顔を見たことのある人は少ないと思います。そういう笑顔は、人は見ていてくれるんですが、自分が気づくことは少ない。
だから、私は自分のこの1枚という最高の笑顔を、プロの写真家に撮ってもらったらどうですか、と言っているんです。プロは必ず、自分が気づかなかった素晴らしい笑顔を撮ってくれます。自分はこんなにいい笑顔をしているんだという1枚を持っておれば、つらくなったとき、新たな1歩を踏み出すときに、その自分の笑顔が背中を押してくれるはずです。
プロに撮ってもらうと、多少費用がかかりますが、その1枚のベスト・ショットが何物にも代え難い宝物になるんです。がんになる前にしてきた無駄遣いに比べたら、安いものです(笑)。
1日1日、自分のためのささやかなイベントづくりを
鎌田 なるほど。がん患者さんが輝いて生きる知恵の第2は、笑顔の写真かぁ。第3は?
樋口 のんべんだらりと生きるのではなく、メリハリをつけて生きることです。来年ハワイ旅行に行くとか、世界一周するとか、そういう非日常のことは、もういい。それよりも、自分自身に毎日楽しいことがある、嬉しいことがある、ということが大事なんです。髪を切りに行くでもいい、カラオケに行くでもいい。
鎌田 ささやかなことでいいの?
樋口 そのほうがいいんです。大仰なことは、そのために大きなエネルギーを使いますし、毎日は訪れてこない。今日は横浜へ行って、あの店のケーキを食べる。明日はあの映画を観て、あの店で食事をする。それでいいんです。
1日1日にささやかなメイン・イベントをつくり、それを実現できた喜びを、日々実感する。それは、個人個人で違っていい。毎日、実現できるこの達成感と満足感が大切です。それによって、命が今日から明日へと無限につながっていくんです。

鎌田 がん患者が輝いて生きる知恵の第3は、今日1日のささやかなメイン・イベントを実現しながら生きる。3つの知恵が出ましたね。樋口さんのお話をうかがっていて、改めて「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」という言葉を想起しました。私はこの「ライフ」を3つの意味から解釈しています。第1は「生活」、第2は「人生」、第3は「魂」です。
そして「QOL」の真の意味は、生活の1コマ1コマを大事に積み重ねていくことが、生活の質を上げ、人生の質を上げ、ひいては魂の質を上げることにつながる、ということではないかと考えるわけです。そこに人間が生きる意味がある。
その意味からも、樋口さんのお話は大変勉強になりました。読者にも『生きてるだけで金メダル』を、是非読んでいただきたいと思います。どうもありがとうございました。
(構成/江口敏)
同じカテゴリーの最新記事
- 遺伝子を検査することで白血病の治療成績は向上します 小島勢二 × リカ・アルカザイル × 鎌田 實 (前編)
- 「糖質」の摂取が、がんに一番悪いと思います 福田一典 × 鎌田 實 (後編)
- 「ケトン食」はがん患者への福音になるか? 福田一典 × 鎌田 實 (前編)
- こんなに望んでくれていたら、生きなきゃいけない 阿南里恵 × 鎌田 實
- 人間は死ぬ瞬間まで生きています 柳 美里 × 鎌田 實
- 「鎌田 實の諏訪中央病院へようこそ!」医療スタッフ編――患者さんが幸せに生きてもらうための「あたたかながん診療」を目指して
- 「鎌田 實の諏訪中央病院へようこそ!」患者・ボランティア編――植物の生きる力が患者さんに希望を与えている
- 抗がん薬の患者さんに対するメリットはデメリットを上回る 大場 大 × 鎌田 實 (後編)
- 間違った情報・考え方に対応できる批判的手法を持つことが大切 大場 大 × 鎌田 實 (前編)