鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部部長・内富庸介 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
共感してもらえると、痛みは軽くなる
鎌田 がん末期の患者さんが痛いと言っているとき、私たちは薬を使って肉体的な痛みを緩和しようと考えますが、SHAREを実践することで、対応は違ってきますか?
内富 たぶん、違うでしょうね。そもそも、体の痛みも心の痛みも、要は頭が感じる「不快」感なのであって、頭の中では密接に関連しています。SHAREプロトコルでは、医師が患者さんの痛みをまず共有体験(共感)し、次に、他者としてその痛みを理解していることを患者さんに伝えますが、それによって患者さんは気持ちを満たされる。すると、心の痛みだけでなく、体の痛みも和らぐことがあります。つまり、体の痛みと心の痛みは、分かちがたく結びついていることが多いのです。
鎌田 技術として共感するわけですね。「痛かっただろうねえ」と言われた患者さんの痛みは軽くなることがあると。
内富 患者さんが医師に「共感された」と感じる場合、患者さんと医師の双方が同じように痛みを感じているらしいのです。また、人は痛みが来そうだと予測するだけで、痛んだときと同じ反応をします。医師が注射器をもつと、それだけで子どもはイタタといいますね。そしてもう1つ、痛みを左右するものとして、「情緒的な痛み」があります。シチュエーションによって痛みの値が上がったり下がったりするんです。告知のされ方によって、感じる痛みはまったく違ってきます。
鎌田 なるほど。シチュエーションや告知のされ方で痛みに差が出るとはすごいねえ。
知識や情報よりも、気遣いを求める日本人
内富 文化差も大きいと思います。悪い知らせを聞くとき、何を医療者に求めるかを比べると、アメリカではまずがんに関するあらゆる情報です。ところが、日本人は情報に関しては腹八分目で充分、できれば治療は医師にまかせたいと考えます。伝えた後の気持ちに対する配慮を大切にしているんです。
鎌田 そこを重視して、先生は一般医たちの研修に取り組まれたのですね?
内富 そうです。がんを疑う検査、がんの病名告知、再発・進行、抗がん剤治療の打ち切り、と、がん治療には4つほどの節目があります。調査をすると、こうしたライフ・イベントのあとには、いつもうつ状態の方が最低5人に1人くらい見受けられます。���ちばん多いのは、再発の告知を受けるときですね。
鎌田 ほう。抗がん剤の中止よりも、再発のほうがショックなんですね。
内富 医師が一番言いにくいのは抗がん剤の打ち切りですが、患者さんの多くは「再発のときが一番堪えた」といいます。生きるシナリオからそうではないシナリオに替わる節目、ということなのかもしれません。逆に、抗がん剤治療中止のときは、ご本人が自分の体調の悪化をかなり自覚されているため、ショックが見かけ上『和らいで』見えるのだと思います。
鎌田 もう抗がん剤で苦しまなくていいんだと、ほっとする気持ちもあるでしょうしね。 では、その悪いニュースを伝えるコツは、どんなところにあるんですか。
コミュニケーションは技術。だれもが上手になれる

内富 実は、言葉や字面だけでは学べないんですね。テニス・プレイと一緒です。ラケットを振って、真芯に当たったときのスコーンという感じは、理屈ではなく体験学習です。
たとえば、研修会に来るドクターは必ず『私は患者さんの目を見てしゃべっている』と言うんですが、では、そのときどんな表情でしたと聞くと、「あれ?」と。また、がんを伝えた後、気持ちに配慮して沈黙する時間をとるように言うと、「沈黙した」と言うんですが、せいぜい1~2秒。すぐマシンガン・トーク全開です。それが、2日間研修すると、5秒になり10秒になり、やっと患者さんから気持ちを引き出し、双方向性の対話ができるようになります。
鎌田 そして、共感するプロセスに入るけれども、医師は共感をした後、それを患者さんに伝えないとならないわけですね。
内富 沈黙するだけでも共感を示すことになりますが、さらに態度も重要です。こういうときはむしろ非言語的なコミュニケーションのほうが効果的だと思います。
鎌田 コミュニケーションは、やっぱり技術なんだね。ぼくはよく「鎌田先生だからできる」と言っていただくけれど、実は、ぼくが自分の技術を客観視できないために伝えられないだけ、という気がするんです。今日、お話をうかがったら、「ぼくが自分の勘でやってきたことは、こういうことだったのか!」と思うことが多々ありました。
たとえば、ぼくは自分が醸し出す空気に割合こだわってきました。その空気を作り出すためには、声の大きさや、声のもつ雰囲気などがすごく大事です。とりわけ、人生の大事な局面では、絶対に大きなトーンでしゃべってはいけない。いつもハイテンションで患者さんを元気づけて帰ってくればいいのではなく、患者さんが話したいんだなと思ったときは、自分の声を抑えることが大事、とかね。
コミュニケーションは技術なのだと、今日あらためて思いました。先生がやっているレクチャーを、たくさんの医師に受けてもらえば、コミュニケーションの質はかなり上がると思います。
内富 マザーテレサや鈴木千畝のような地球規模の共感(博愛)は無理にしても、勤務時間中だけでもそうなればと願っております。
コミュニケーションは相手を認めることで豊かになる
鎌田 コミュニケーションにおいては、バリデーションも大事ではないかと思います。ぼくは「相手を評価する」と訳しています。もともと、認知症の人の対応として、欧米で確立した言葉です。認めてあげると、認知症の人たちの「困った行為」が少しおさまるんですね。
今、この概念が、福祉の世界でブームになりかかっています。家族同士でも職場の人間関係でも、あるいは医師とがん患者さんの間でも、たがいを価値ある存在と思うかどうかで、コミュニケーションは大きく変わるはずなんです。
内富 そのとおりですね。
鎌田 それと、最後にもう1つ。よく医師は患者さんやご家族に「決めるのはあなたです」というけれど、今、多くの患者さんやご家族は、はやりの自己決定というやつに困っているんじゃないかなあ、と思うんです。
内富 パターナリズム(父権主義)から一気にパートナーシップになりましたからね。私も、「今求められているのは、ちょうどいいくらいのパターナリズムじゃないか」と思います。「一緒にこうしましょう」と言われるのが、いちばんいいみたいですね。
鎌田 そのとおり! いいんです。ぼくも「もう10年は自己決定ではなく、共同決定でいいんじゃないか」って言っているんです。もう10年もすれば、ぼくたち団塊の世代が情報を駆使し、自己決定を主張すると思うけれど、今は医師が「一緒にがんばりましょう」といって、治療するのがいいのではないかと。
内富 SHAREの意向調査でも、この言葉に対する要望はものすごく強かったです。
鎌田 告知だって、「一緒にがんばりましょう」で説明が終われば、ずいぶん違いますよね。先生にぜひ、そういうレクチャーを広めていただきたい。サイコオンコロジストの数ももう少し増えればいいですね。
内富 はい。こういった活動は本当に、オンコロジスト(がん専門医)とサイコオンコロジスト(精神腫瘍医)が協力してコミュニケーションの質の改善にあたらなければならないと思うんです。ですから、昨年からはじめた日本サイコオンコロジー学会主催のコミュニケーション指導者講習を両者がワンセットになって受講していただいて、拠点病院の中でさらに普及していければ、必ず変わってくると思います。幸い、今年から厚生労働省の予算がつきましたので、全国で展開できそうです。
鎌田 本当にがんばっていただきたいです。今日はどうもありがとうございました。
(構成/半沢裕子)
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