鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 厚生労働省がん対策推進室長・武田康久 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2007年9月
更新:2013年9月

がん対策予算の増額はいいけれども、まだまだ……

鎌田さん

鎌田 この「がん医療に携わるすべての医師に緩和ケアの知識を身につけさせる」ということは大変重要なことだと思います。緩和医療の知識には疼痛のケアだけでなく、心のケアも含まれますが、それを知らない医師が多いため、たくさんの「がん難民」が生まれてしまうのです。
今回の「がん対策推進基本計画」には、こうした患者さん側の視点に立った目標がたくさん設定されている点はすばらしいのですが、ぼくがちょっと不安なのは、これを実際に5年以内に達成するとなると、それに見合った資金を投入する必要があるわけですが、果たしてそれができるか危惧しているんです。
アメリカで以前、国を挙げてがん医療改革に取り組んだ際は、連邦政府が発想を転換してたくさんのお金をそれに重点的に回しました。まさに国家的なプロジェクトとしてやったわけです。だけど、日本ではそうも行かない面がある。ぼくが心配しているのは、そこなんですよ。

武田 国の財政事情が苦しいなかにあって、がん対策予算は突出した伸びを見せています。これは「がん対策基本法」ができたことも大きいと思いますが厚労省関連のがん対策予算だけでも、平成18年度には161億円だったものが、19年度は212億円に増額され、対前年度比32パーセントのアップです。
さらに18年度補正予算でも別途15億円が計上されましたので、合わせると約66億円、実質40パーセント以上の伸びです。これは今までの歴史から考えても非常に大きな伸びだと思っています。

鎌田 たしかにそれはすごいことなんだけど、がん対策予算が60億増えた程度では基本計画に書かれているさまざまな目標を10年ないし5年で達成することはとても無理だと思います。その実現には、予算面ではゼロを1つ加えて600億円くらい増額しないとだめだし、国全体の医療費も現在の32兆円から34兆円に枠を広げる必要があると思っています。
ところが、現実はその反対で、国の医療費の枠は、毎年何百億という単位で縮小傾向にあります。
今度の基本計画に記されているように、がんの専門医が緩和医療までやるには、医師にゆとりが必要。そのためには、マンパワーの拡充が不可欠です。
すべての拠点病院で化学療法と放射線治療を受けられるようにするという目標についても同様のことが言えます。これは病院が収入増の見込めないなかで医師の増員をしなくてはいけないということですから、それでなくても苦しい病院経営をさらに圧迫し、ひいては日本の国民皆保険制度自体を揺るがしかねない要因になると危惧しているんです。

武田 もちろん、先ほど申し上げたがん対策予算のほかに診療報酬や地方財政上の措置も別途なされており、それらも合わせて、がんの予防、早期��見、医療から研究まで総合的に進めているわけですが、おっしゃる意味はよくわかります。

拠点病院で言葉のハラスメントを受けた

武田康久さん

鎌田 ぼくが恐れているのは、結局はすべてのしわ寄せが現場の医師に行くのではないかということなんです。国民の週の労働時間は40時間と定められていますが、医師の労働時間はそれをはるかに超えています。厚労省が調べた病院医師の労働時間に関する統計では、週の労働時間の平均は64時間という結果でした。若い医師にいたっては、何と92時間です。こんなアップアップの状態ですから、どこの病院も人員増なしに初期の治療から緩和ケアを行う余裕など無いのが実情なんです。

武田 私も内科医として勤務したことがありますので、先生がおっしゃることはよくわかります。若い医師が長時間労働を強いられていることについても、私自身、朝から晩までフルに働いたうえに、ひどいときは2日に1度の割合で当直をしていた時期がありますので、どんな状況かは多少なりとも身をもって経験しています。

鎌田 武田室長はまだ若いから、それほど昔の話ではないでしょう。

武田 はい。90年代に入ってからのことです。

鎌田 そうした状況はいまも変わっていません。とくに拠点病院の状況はひどいものです。医師の増員が無いまま、増える一方の患者さんに対応せざるを得なくなっている。当然、患者さん1人ひとりに行き届いたフォローをすることなどできません。
地域の拠点病院に行って診察を受けたときに言葉のハラスメントによって「がん難民」になってしまったという例があるくらいです。
ある方は、乳がんが見つかって拠点病院で手術を受けました。その後再発してしまいました。担当の外科医からは「再発したらどうしようもない」と言われていたそうです。それが頭に焼き付いていて、再発がわかったときには、もう病院に行っても無駄だと治療をあきらめてしまいました。それでも何もしないわけにはいかないので、秋田県の玉川温泉にいって、不安を紛らわせていたそうです。それではどんどんがんが進行しますからぼくが診たときにはかなりひどい状態になっていました。
「がんこだからがんになるんだ」とひどいことを拠点病院でいわれて「がん難民」になった人もいます。がん治療医たちが緩和医療的なコミュニケーションを学ぶといいですね。「がん難民」は拠点病院がつくってきたと考えて改革したほうがよいと思います。
現状では、「がん難民」を無くす役割を担うはずの拠点病院が、逆に「がん難民」を発生させる元凶になっているんです。それを解消するには、何よりもマンパワーの拡充が不可欠なんですが、それにはおカネの手当てをしっかりやっておく必要があります。

武田 先生がおっしゃるように、マンパワーの問題はどの目標にもついてくる話です。「がん対策推進協議会」でも、絵に描いた餅に終わらせてはいけないという意見がありました。このため、今回の基本計画には予算に関する項目も設けられています。具体的には、予算にも限りがあることを示したうえで、予算をより効率的に活用するため、選択と集中の強化、各施策の重複排除、関係府省間の連携強化を図るとともに、官民の役割と費用負担の分担を図ることなどが挙げられています。
がん対策については、これからの施策も多いですが、1つずつ積み重ねていけば、かなり効果的・効率的にお金を使う体制ができるのではないでしょうか。
また、先ほどのがん対策予算の66億円増は厚労省関連分で、文部科学省や経済産業省の関連予算の増額分を加えると、その倍くらいになります。国ががん対策にあてる予算としてはかつてないスケールです。

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