鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 埼玉医科大学病院臨床腫瘍科教授・佐々木康綱 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2007年6月
更新:2013年9月

がん専門の精神科医が必要なわけ

鎌田 今、チーム医療のお話が出たので、分子標的薬の話題はこのくらいにして、そちらのことを少し伺いたいと思います。先生がいらっしゃる埼玉医大におけるがんのチーム医療はどんな体制になっているのですか?

佐々木 チーム医療は2002年埼玉医大に腫瘍内科ができたときにスタートしましたが、最大の特徴は腫瘍内科の教授だけでなく同じチームの中に緩和医療の教授と、精神腫瘍科の教授が在籍していることです。

鎌田 精神科の教授まで入れるというのは日本でかつてなかった取り組みですよね。画期的なことだと思います。緩和医療の専門医がいても彼らが末期の患者さんのうつ病を診ることができるかというと、決してそうじゃないですからね。

佐々木 おっしゃる通りです。日本のがん医療は早い話、国立がん研究センターのように先鋭的になればなるほど細分化して、抗がん剤などで攻めの医療をやりつくしたら、まったく違う環境のところに移されて緩和医療となるわけです。それを象徴するのが国立がん研究センター東病院の一般病棟から緩和病棟までのあの長い廊下です(笑)。私は埼玉医大に来る前は東病院にいたんですが、患者さんから『これだと生きている証がない』という声を聞いたことがあります。環境はいいんだけど生きている現実感が乏しいわけです。理想はシームレス(縫い目や継ぎ目なく)にそれを続けることです。その意味で緩和医療医とともに精神腫瘍医は不可欠なんです。

鎌田 がん患者さんには初期で十分直ると言われていても、がんと言われて心が動揺しているケースも多いです。気の弱い人には精神科医がバックアップしようというシステムもあったほうがいい。

佐々木 そうです。たとえば、乳がんの患者さんは非常に鬱になりやすいことはデータでも出ています。乳がんの場合、手術のあと抗がん剤による補助化学療法を行うケースがよくありますが、患者さんのなかには抗がん剤治療を受けることに大きな不安を抱えている方がいらして、まず化学治療の前に精神治療だと思うようなことがけっこうあるんです。そういう場合、がんとがん患者のことをよくわかっている精神腫瘍医の先生がいてマネジメントしてくれると本当に助かります。化学療法は、身体的にも精神的にもそれをできる状態に持っていくことが必要ですから。

鎌田 無理をすると逃避する患者さんが出る恐れがありますからね。

佐々木 それは大きな問題です。無理にやると逃避したり、我慢しすぎて大きな合併症を併発してしまったりしますから、正確な判断ができなくなる。ですから、私どもでは、まず精神腫瘍医にかかっていただきながら、同じ日に化学療法を始めるケー��が多いですね。

オンコロジーセンターが大学病院に付属しているメリット

鎌田 それは先生、凄いことですよ。僕はこんな患者さんを経験したことがあるんです。静岡の方だったけど、乳がんになったんで、そこの地域では評判のいい胸部外科の乳がん専門医に診てもらった。そのとき1カ月ぐらい外国での仕事が入っていたんで、それから帰ったあとお願いしますって言ったら、その医者から「治療と仕事とどっちが大事なのか、あんたは頑固だからがんになるんだ」って言われたんだそうです。それでその方はものすごく落ち込んで、結局、逃避してしまって2年ぐらい放っておいたんですよ。僕らの病院にいらしたときには、腫瘍が大きくなって病巣が花開いたような状態になっていました。そのときに精神腫瘍医や話を聞いてくれる腫瘍内科医がいれば、と思いました。いれば早い段階で治療が軌道に乗っていたはずですから。

佐々木 それは言葉のハラスメント以外の何物でもないですが、ドクターだって忙しいからそういうことをついつい言ってしまうんですね。そこに精神腫瘍医がいてくれることは凄く大きなことだと思います。

鎌田 普通の精神科医では用をなさないんですか?

佐々木 一般の精神科医と精神腫瘍医とはまったく違う人種であると考えています。はじめ私のいる埼玉医大でも一般の精神科医をチームに入れる試みをしました。ですが、一般の精神科の先生だと、僕らが考えるレベルと同じような答えしか返ってこない。また先生自身ががんに対する興味がない。それががん患者の精神面のケアを専門にする精神腫瘍医が来てからガラッと変わりました。餅は餅屋です。

鎌田 具体的にどこが違うんですか?

佐々木 一番大きいのは、やはりがんの患者さんの思考過程をよく知っているということですね。精神的な変化によるさまざまな症状にも、熟知していますから、それに的確に対応することもできます。

鎌田 先ほど先生がおやりになっているチーム医療では精神腫瘍医も教授回診の際、一緒に回るとおっしゃいましたが、一緒にディスカッションしたりなさるんですか。

佐々木 はい。精神腫瘍医、緩和医療医、腫瘍内科医だけでなく、専門の看護師さん、薬剤師さん、栄養士さんも集まって、みんなで入院中のすべての患者さんをレビューします。

がんのチーム医療を総指揮する腫瘍内科医の役割

写真:佐々木康綱さんと鎌田さん

鎌田 腫瘍内科医というと日本では抗がん剤を使いこなす化学療法のエキスパートだと思いこみがちだけど、実際はがんに対する全体の総指揮者みたいな、トータルケアのコンダクターでなくてはいけないわけですね。

佐々木 その通りです。

鎌田 埼玉医大は今年4月からオンコロジーセンターをスタートさせましたが、これも、がんを総合医療と捉えた画期的な試みだと思います。

佐々木 がんというものを老人がかかる慢性疾患という捉え方をすると、当然のことながら、それに伴う合併症も起きてくる。そうなると国立がん研究センターのような体制では心臓病のある患者さん、あるいは、重度の糖尿病の患者さんに対応しきれない。ある意味で、あそこはセレクテッドペイシェント(選ばれし患者)の病院になってしまっているわけです。そういう合併症にも的確に対応でき、しかも、患者さんが通院でがん治療を受けられるニーズにも応えなくてはいけないというので、オンコロジーセンターをつくった意味は大きいと自負しています。

鎌田 大学病院にオンコロジーセンターができると、ほかの付属機関と補完しあえるメリットが大きいのではないですか?

佐々木 はい。埼玉医大では心臓血管センターと救急センターとオンコロジーセンターが1つの病院にあるので、今後さまざまな連係プレーを臨機応変にできるのではないかと思っています。海外でも、そういうメリットを考えてキャンサーセンターとかオンコロジーセンターは大学病院に付属している場合が多いんですね。独立したがんセンターではそれができませんから。

鎌田 先生は埼玉医大に来られる前は国立がん研究センター中央病院、ついで国立がん研究センター東病院にいらっしゃいましたが、今、そのころ感じていらしたマイナス点を埼玉医大で克服できるようになったわけですね。

佐々木 克服できているかどうかはわかりませんが、かなり前進しているという手ごたえは感じています。

(構成/吉田健城)


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