鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 北里大学生命科学研究所客員教授・白坂哲彦 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:向井 渉
発行:2007年3月
更新:2019年7月

低用量シスプラチン併用で長期にわたる投与が可能に

鎌田 現在、抗がん剤に対していちばん期待されているのは進行・再発がんに対する効果です。TS-1は、再発した場合も手術した結果「進行がんです」と言われた場合も推奨されるわけですね。その場合、どの程度の効果といえるでしょうか。

白坂 TS-1単剤では進行・再発胃がんに対して約45パーセント、大腸がん約35パーセント、乳がん約42パーセント等の奏効率が得られています。ただ、実際の臨床では単剤ではなく、他の抗がん剤との併用で用いられることが多いわけです。TS-1とシスプラチン(一般名)を併用したFP療法といわれるものが代表的な1つですが、これだと進行・再発胃がんで60~70パーセント、肺がんで約47パーセントの奏効率が出ました。大事なのは、それをいかに繰り返し長く治療するかですが、今のところTS-1と低用量のシスプラチンの併用療法が継続が可能であり、延命につながるデータが出つつあります。

鎌田 今、我々が勧められている併用療法は、TS-1を月、水、金の週3回にシスプラチンをよく使われている量の10分の1くらいにして、それを週2回使うという方法ですね。これは低用量法ということでしょうか。

白坂 そうです。私たちはいろいろな基礎実験からのデータに基づいて投与法を組み立てますが、TS-1は隔日(月、水、金投与)に投与し、長期継続したほうがいいことがわかっています。着目したのは、下図上段の図に示すように細胞のターンオーバー(入れ替わり)が、がん細胞と正常細胞で違いがあること。消化管細胞や骨髄細胞などの正常細胞ではターンオーバーが早くて、1日で入れ替わるのに対して、がん細胞はゆっくりしていて、4~5日で替わります。だから5-FUを高い血中濃度で毎日続けると、がん細胞が死にますが、同時に正常細胞も死に、消化器毒性、骨髄毒性という副作用が出てきます。そこで1日おきの投与にして、正常細胞だけをレスキューするように組み立てたのです。
TS-1を朝・夕で連日投与すると、92例中72例(78パーセント)の患者さんが下痢、全身倦怠感、食欲不振、悪心・嘔吐などの副作用で約半数の患者さんが継続投与できないのですが、月、水、金の隔日投与に変更すれば、数年継続投与が可能になるのです。

[隔日投与F(S-1)P療法の理論と方法]
図:正常細胞とがん細胞の細胞周期の違い
図:連日投与と隔日投与の副作用発現率
図:同一症例における連日及び隔日での投与期間

「ベストパートナー」探しに立ちはだかる壁

鎌田 ご著書を読むと、1つずつのがんに対してTS-1が適応承認を得るための審査に非常に時間がかかったことを、先生は憤慨されていますね。1つひとつについて1年半くらいかかったそうですね。

白坂 そうなのです。しかも胃がんで「優先審査」とされ、1999年に承認されました。にもかかわらず、膵がんの適応が認められるまでに6、7年もかかっているわけです。これでは何のために胃がんを優先審査としてくれたのかわかりません。抗がん剤の場合、どんながんでもほとんど同量飲むわけですから、安全性がいったん証明されれば、ある程度がん種が異なっても、効果はそう変わらないはず。だとすれば、適応するがん種をある程度広げるような承認の仕方があってもいいのではないでしょうか。

鎌田 しかも併用の問題がありますね。

白坂 併用については、それぞれのがん種に承認された薬剤同士の併用でないと、保険診療が認められませんし、さらにその併用療法が認められるには時間がかかります。

鎌田 そうした中でTS-1はシスプラチンと併用するFP療法がこれから主流になると考えてもいいのでしょうか?

白坂 ところが大きなハードルがありまして、現在TS-1は6種類のがんに承認されていますが、併用するシスプラチンには適応がないがんもあるのです。胃がん、頭頸部がん、肺がんではシスプラチンは承認されているので併用できますが、大腸がん、乳がん、膵がんではまだ承認されていず、併用ができないのです。現場ではそのことにとても困っています。TS-1は、また胆道がん、子宮頸がん、肝がん、前立腺がんに対しても臨床治験が始まっていて、近いうちに承認されるでしょう。ところが、実際に行う併用療法となると延命効果に寄与できるTS-1のベストパートナーはなかなか見つからないのです。

6種類=承認されたがん種と承認時の奏効率、胃がん(44.6 %)、頭頸部がん(28.8 %)、大腸がん(35.5 %)、肺がん(22.0 %)、乳がん(42.0 %)、膵がん(37.5 %)

進行・再発胃がんの生存期間延長は驚異的

鎌田 日本は胃がんの多い国ですが、胃がんの手術を受けて再発すると、これまで「抗がん剤は効かない」と言われてきました。TS-1によって具体的にはご飯を食べられる生存期間はどのくらい伸びたと考えていいでしょうか?

白坂 胃がんが再発した場合の化学療法、あるいは手術したあとの補助化学療法を検討する大きな臨床試験が行われていますが、まだ結果は出ていません(昨年12月の対談時)。ただ従来は再手術しても抗がん剤を点滴しても、延命効果は3~4カ月程度でしたが、TS-1によって「数年生存」という人も出てくるようになりました。しかも外来通院で長期生存しておられる例も報告されています。スキルス胃がんについても臨床治験が実施中です。従来は1年以内に亡くなっていた人が2年、3年と生きられるという驚異的なケースがいっぱい出ていますので、効果は十分期待していいのではないかと思います。

鎌田 TS-1の適応するがんが増えそうですが、いちばん推奨できるがん、手応えがありそうながんは、胃がんということになりますか。

白坂 そうですね。実際、胃がん治療では第1選択薬になっています。これからはTS-1の隔日投与と低用量シスプラチンの週2回投与との併用療法が患者にやさしい治療法の1つとして注目されるでしょう。

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