鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 在宅医/作家・山崎章郎 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:向井 渉
発行:2007年1月
更新:2013年9月

2階3階は普通のアパートだから、どう住んでも自由

写真:ケアタウン小平の建物
中庭からのぞいたケアタウン小平の建物

鎌田 ぼくは2階3階がアパートというのを聞いて、いいなあと思いました。病院のホスピス病棟も今は動物可、飲酒可ですが、自分が入るのならもっともっと自由がいいな。アパートにいれば、自分の体力さえあれば、夜になって飲み屋にも行ける(笑)。ぼくなんかホスピスで飲むより、飲み屋に行きたいもの。
名古屋には「ゴジカラ村」というケアつき老人長屋があるのね。2階はOLや若夫婦が住む普通の賃貸し6万円のアパート。OLを置いているのは、おじいちゃんたちがときめくように(笑)。

山崎 はっはっはっ。いい発想ですね(笑)。

鎌田 で、長屋の入り口の一方にデイサービスセンターがあり、一方には飲み屋がある。デイサービスに行って、ご飯を食べてお風呂に入って、帰りに飲み屋に行くこともできる。普通のアパートだからこそ、だと思うんです。中では、要介護5の人がただケアをされているから、雰囲気はほとんど特別養護老人ホーム。なのに、形がアパートというだけで、空気がまるで違うんですよ。

山崎 そこはすごくこだわりたかったんです。

鎌田 あ、やっぱり。

山崎 私が求めたかったのも、最大の自由です。そこは自己責任の空間なのだから、ごみの山の中で暮らしていようが、清潔に暮らしていようが、その人の生活歴から発生する環境であり、その人の勝手です。ホスピスの場合、部屋をごちゃごちゃにしていると、ケアの妨げになるというのがありますが、「家にいる」というのは、だれにも支配されない空間である、ということの保証ですよね。
ただし、アパートであり、常勤のスタッフがいるわけではありませんから、1人暮らしの不便は仕方がありません。地域の1人暮らし老人とまったく同じです。その点、1人暮らしの限界にぶつかったとき、どうするか、ということが課題です。

鎌田 先生が往診に行くことも可能でしょう。

山崎 訪問診療ですね。そういう人もいます。デイサービスに来ている人もいます。
大事なのは、専門のスタッフがいない「ハザマの時間」をどうするか、です。車椅子に乗るなどして暮らせる人もいますが、さらにもう1段階悪化した場合、1人暮らしを続けられるか。今まで、がんの入居者が2人、このアパートで亡くなっていますが、最後の1カ月はやっぱり家族の方が泊まって、世話をしていました。つまり、家族や友人がいて、専門家のいない「ハザマの時間」を見てもらえれば、最後までここに住み続けられるんです。
逆に、天涯孤独の人が住んだ場合、最大限��介護の制度を利用しても「ハザマの時間」ができてしまい、そこで「限界」という話になるのかもしれません。その限界を乗り越えるため、何とかみんなで知恵を集められないかと思っているのですが。

ハザマの時間が解消すれば、最後まで家ですごせる

写真:山崎さん

鎌田 何とかやれるんじゃない?

山崎 ええ、できるとは思っています。たとえば、ボランティアさんの力はとても大きいけれど、現状ではどうしても公共的な場でのサポートに限られています。いくら親しくなっても、個人の家にまでは、なかなか入れない。そこを、何とか変えてみたいんです。
今、デイサービスセンターと2階の食堂に、40人ほどボランティアさんに入ってもらっていますが、こうした場所はボランティアさんたちと利用している人たちが出会える場所です。その出会いをきっかけに、友人的な関係ができてもかまわない。そして、「困っちゃったなあ。ヘルパーさんも看護師さんもきてくれるけど、どうしても困る時間があるんだ」というような訴えが出てきたとき、ボランティアさんが「私行きます」といえるような関係、そして、患者さんたちも「あの人が来てくれれば」というような関係ができあがったらいいなと。そうすれば、この問題はクリアできると思います。

鎌田 1カ月単位でアパートを借りることはできると思いますが、1週間はどう?

山崎 大家さんと相談でしょう。大家さんがオーケーだったら、オーケーだと思います。

鎌田 今は空いているの?

山崎 全部埋まっていますね。

鎌田 それは、みんな1人暮らしの人たち?

山崎 そうです。

鎌田 遠くからも来ているの?

山崎 そういう方もいます。家族がこの近辺に住んでいて、「年老いた母が心配なので、近くに呼びたい」といったケースもあります。

鎌田 ああ、いいねえ。

山崎 20戸のうち1戸は2人暮らしができる部屋で、今、親子が住んでいますが、あとは全部1人暮らしです。そのうち、私が往診しているのは5人で、ここのクリニックは一般外来を診ないので、残り15人の皆さんは病気をもっている人でも、ちゃんと別な病院に通院しています。つまり、自立して普通に生活している人が、半数以上ということです。

鎌田 クリニックでは、いわゆる風邪などは診ないわけね。

山崎 というか、診ている暇がない。医師はいつも往診中、訪問中で、いませんから。

自分が役に立っていると実感できるのはうれしい

写真:鎌田さん

鎌田 やって1年。満足している?

山崎 満足以上ですね。

鎌田 すばらしいね。おもしろい?

山崎 おもしろいです。長時間運転するので腰が痛くなったりしますが、肉体的な疲労を超える充実度、喜びがあります。

鎌田 患者さんや家族の方との交流がおもしろい、ということですか。

山崎 おもしろいというか、いろいろな場面で、自分が役に立っていることが実感できます。病棟にいたときは、チームとして動いていました。もちろん、ここもチームですが、医師も看護師も1人で出かけていって、患者さんに相対してくる。そして、戻ったところに、ケーススタディを共有するチームがあるんです。すごくもったいないと思います。できれば研修医に同行してもらい、コミュニケーションのとり方などを学んでほしいと思うくらいです。

鎌田 それはすごいねえ。

山崎 ホスピスケアの醍醐味は、困難の中にいる人たちとどう話をし、その人たちが自分の考え方で道を歩んでいくためのサポートがどうできるか。それがすごく実感できます。なおかつ、家という場では、まさにその人の歴史が見える。ベッドサイドの本棚を見ても、この人はこういう本を読みながら生きてきたんだ、と感じられます。ですから、よりナマの医療をしている実感があります。これはちょっと、やめられないなあと思いますね(笑)。

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