鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 国立がんセンター東病院放射線科放射線/陽子線治療部長・荻野 尚 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
陽子線が手術より優れているのは肝機能を温存できること

鎌田 もう少し、それぞれのがんについてお聞きします。たとえば、肝臓がんの場合、多発していることがありますね。いくつなら可能、といった判断基準はありますか。
荻野 肝臓がんは最初の1個を陽子線でつぶしても、時間がたつにつれて、ほかの場所にボコボコ出てきます。ですから、最初の1個のときに、あるいは何個かある場合にも、どの治療を選ぶかは非常にむずかしいと思います。
鎌田 従来の治療法として、エタノールの注入、ラジオ波、カテーテルによる動脈塞栓療法な どがありますが、それと同じくらいの選択基準で陽子線治療も考えていいのでしょうか。
荻野 多発しているがんの場合、動脈塞栓療法が第1選択だと思います。がんが3センチ以下、3個以内なら、ラジオ波とエタノール注入を選択されてもいいと思いますが。
陽子線治療はそうした治療法でなく、手術が適応になるような肝細胞がんが対象になると思います。手術より優れているのは、肝機能を温存できることです。また、肝細胞がんでは門脈浸襲がよく起きますが、陽子線はその場合にも効果があります。
鎌田 肝臓がんが門脈に浸潤すると、手術で切り取るのはむずかしいですが、陽子線なら脈間が残るように当てられると?
荻野 脈間内に入り込んだ腫瘍も一緒に治療する、ということですね。
鎌田 じゃ、脈間はどうなるんですか。
荻野 その部分は閉塞してしまうし、照射した部分の肝臓は最終的には萎縮しますから……。


肝細胞がんの局所再発は60例中2例だけ

鎌田 ほかの部分が残るから、手術より肝臓機能へのダメージが少ないわけですね。というと、手術と同じくらいの効果を期待していい?
荻野 私たちのところで、今まで50~60例、肝細胞がんに陽子線治療を行いましたが、局所再発は2例だけです。
鎌田 わあ、すごいね。
荻野 ですから、陽子線を当てた場所はまず、がん細胞に負けません。
鎌田 「負けない」か。いいねえ。でも、ほかの場所から出てくるのは、どうしようもない。
荻野 予防する手立てとの併用を考えなければならないと思いますが、なかなか……。
鎌田 整理すると、がんが1~2個なら手術可能だけれども、陽子線治療も手術と同じ効果を期待できるということですね。あるいは、高齢で手術がむずかしい場合にも、陽子線治療は手術と同じ効果が得られると。
荻野 はい。それでいいと思います。
鎌田 3つ以上だったら?
荻野 基本的にはやりません。2つまでです。
鎌田 大きさは?
荻野 大きさの制限はありません。8センチくらい大きくても、消えてしまいます。
鎌田 ほかにまたできて、治療が1回で終わらない可能性がありますが、その場合も……。
荻野 はい。がん細胞に限定して照射できるので、何度でも治療を行うことができます。
鎌田 そこがいいよねえ。
ピンポイント照射で、目と目の間のがんも完治
鎌田 鼻の中や咽頭など、顔の奥にできたがんにも陽子線は適しているそうですが。
荻野 はい。ただし、首から下の喉頭や下咽頭は、陽子線が不向きだと思います。
鎌田 なぜですか。
荻野 喉頭や下咽頭は首のすぐ下の浅いところにあるので、陽子線を使うまでもなく、普通の放射線治療と抗がん剤で効果が得られるからです。とくに、下咽頭がんはリンパ節転移の範囲が大きいので、最初に広く放射線を当てる必要がある。つまり、普通の放射線治療のほうが、むしろ適しているのです。
陽子線治療が適しているのは、もっと上の部位です。たとえば、眼球の間の篩骨洞にできたがん。普通の放射線治療を行うと失明したり、脳障害が出る可能性があります。しかし、陽子線によるピンポイント照射だと、目にも脳にもほとんど当たりません。実際、右目が飛び出るほどの症状があった34歳の患者さんが視力を温存し、脳障害もなく治った例もあります。




鎌田 食道がんは手術のリスクや後遺症が重いので、早期なら、手術と成績の変わらない放射線プラス化学療法のほうがいいわけですが、食道がんに陽子線治療をされることはありますか。ある場合、そのメリットは?
荻野 まだあまり行っていません。食道がんもリンパ節転移が広く起こるので、最初の放射線 を首からお腹まで照射するんです。
鎌田 ああ、なるほど。
荻野 私たちも臨床試験を計画中です。最終的に陽子線の部分照射は、選択肢としてあると思 います。事実、筑波大学でかなりの数が行われていますし、私たちも多少は経験があります。
鎌田 これからということですね。逆に、深部のがんである膵臓がんはどうですか。
荻野 膵臓がんには陽子線治療を行っていません。近くに胃と小腸があるためです。胃と小腸は放射線のダメージを受けやすい臓器で、一定以上当てると潰瘍ができて出血したり、穿孔を起こしたりします。そのため、放射線量の制限があるので、線量が従来のX線とほぼ変わらず、メリットもあまりないのです。問い合わせはとても多いのですが、残念ながら現時点ではお断りしています。
鎌田 膵臓がんに対しては、今のところ放射線プラス化学療法でいい、ということですね。
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