鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 国立がんセンター東病院放射線科放射線/陽子線治療部長・荻野 尚 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:大関清貴
発行:2006年12月
更新:2013年9月

肺がん1期は劇的効果

鎌田 今日、こうしてお話しするきっかけになったのは、ぼくが主治医をしている肺がん1期の患者さんでしたが、肺がんの場合、何期まで陽子線を検討していいのでしょうか。

荻野 今はまだ原則1期のみが対象です。どうしても手術がいやという人もいますが、基本的には何らかの理由で手術ができない人が多いですね。古いペースメーカーが入っているとか、右肺がんの手術後、左肺にもできてしまったとか。もちろん、高齢で手術ができない方も少なくありません。

鎌田 肺がんの1期というと、腫瘍がひとつで、リンパ腺に転移がなく、肋膜にも浸潤していないがんですね。大きさは?

荻野 大きさには一応制限はありません。たとえば、この方は数少ない2期の例です(写真参照)。リンパ節転移はないけれど、胸壁浸潤がある。ハンコ職人の方で、「手術をすると肋骨を削るから、右手が使えなくなるかもしれない」といわれ、まだハンコを作りたいからと陽子線治療を希望されました。最初に来院されてから、3年半になります。

[2期の肺がんに対する陽子線治療]

[治療前]
治療前
[治療後]
治療後


胸壁浸潤のあった79歳、男性の肺に80 グレイ照射。再発もなく治療から3年半になる

鎌田 うわあ、すごい。この方は79歳ですから手術の適用ではないと思いますが、手術を選んだ場合の治療成績はどのくらいでしょうね。

荻野 50パーセントくらいだと思います。

鎌田 すると、手術と陽子線治療はほぼ一緒?

荻野 私たちはそう考えてはいます。ただ、若くて標準治療が受けられる人には、まず手術を勧めます。もし希望されても、いきなり陽子線治療はしません。

肺がん3期に対する治療は?臨床試験を準備中

鎌田 3期の例もあるんですか。

荻野 まだありません。3期というと、75歳以下なら化学療法と通常の放射線治療が標準治療です。その放射線治療を陽子線治療に変えるには臨床試験が必要なので、現在、準備をしているところです。

鎌田 3期も放射線治療+化学療法より、陽子線+化学療法のほうがいいような気がしますが、ちゃんとエビデンス(根拠)を出してから患者さんに勧めると。つまり、現時点では、肺がんの陽子線治療は1期と、場合により2期ということになりますね。

荻野 はい、そうです。

鎌田 直腸がんが肛門に近く、人工肛門になりそうな場合には、放射線治療で病巣を小さくしてから手術をすることがありますが、それを陽子線に変えることはありますか。

荻野 その場合はリンパ節領域もふくめて照射するため、範囲は小骨盤区全体になります。ですから、通常の放射線治療でいいと思います。

ネックは高額な自己負担だが副作用はほとんどなし

荻野さんと鎌田さん

鎌田 ところで、一般の方が陽子線治療を考えるとき、高額で保険が効かないということは、だいたい知っていますね(笑)。でも、実際どのくらいかかると考えたらいいでしょう。

荻野 国立がん研究センター東病院では、高度先進医療として陽子線治療を行っていて、金額は288万3000円です。でも、だいたいの施設が横並びだと思います。

鎌田 ぼくの患者さんもそうおっしゃっていました。それ以外は高齢ということもあり、全部で1~2万円しかかからなかったって。

荻野 陽子線治療以外は保険診療ですからね。陽子線治療の部分だけが、自己負担ですね。

鎌田 ベッドがあかなくて通院治療になったけれど、予想以上に副作用がなく快適だったので、かえってよかった、といっていました。普通の放射線治療には「副作用がある」というイメージがありますが、陽子線治療は本当に副作用が少ないんですか。

荻野 はい。ほとんどないと思います。

鎌田 非常に楽な治療と考えていいですか。

荻野 部位と照射範囲にもよりますが、かなり楽と考えていいと思います。

鎌田 たとえば肺がんなら、何回くらい照射するんですか。

荻野 国立がん研究センター東病院では20回、4週間ですね。今、これを2週間にできないかと考えているところですが。

鎌田 線量は同じで、期間を短くするということですか。

荻野 いえ。1回の量を多くし、全体の量を少し少なくするということです。効果は同じと思われるので、2週間の治療を目指しています。

鎌田 それから、1回にかかる治療時間はどのくらいと考えたらいいですか。

荻野 陽子線が当たっている時間は、まあ1分ですね。ただ、非常に正確に位置あわせをするので、けっこう時間がかかる。治療室にいる時間は更衣もふくめ、短い人で15分、長い人で25分くらいになります。

鎌田 それにしても、一般の医師が陽子線のことを全然知らないのは問題だと思いますね。せっかく優れた治療が日本で受けられるのに、主治医に相談したら「普通の人は受けられないよ」といわれてしまうとか。どうも、特別な人たちがデータを出すために行っている治療、といったイメージがありますね。

荻野 私たちもなるべくほかの学会に行って報告をしたり、頑張ってはいます。でも、ほかの 学会に行くと、「放射線治療」というセッションになり、集まるのは放射線治療の医者ばかり、 ということになるケースが多いんです。

門戸はだれにでも、開かれている

鎌田 混み具合はどうですか。数が少ないから、予約でいっぱいとか?

荻野 いえ、キャパシティはあります。

鎌田 陽子線治療をもっている5つの施設はみんな同じような状態なんでしょうか。

荻野 必ずしもそうではないみたいですね。たとえば、兵庫県立粒子線医療センターや静岡がんセンターなどは、県の施設なので県立病院などにネットワークがあります。また、放射線医学総合研究所は、最初に大きなネットワークを作ってからスタートしたため、いろいろな方面からどんどん紹介が来ているようですよ。

[日本の重粒子線(陽子線&炭素線)治療施設]
日本の重粒子線(陽子線&炭素線)治療施設

鎌田 お聞きしたいことがもうひとつあります。再発がんや、多発していて、できることはもうないといわれたようなケースで、陽子線が適していることはありますか。あまり適していないことは、今日のお話でわかりましたが。

荻野 首から下のがんで再発した場合は、かなりむずかしいですね。ただ、肺がんで手術をしてリンパ節再発をきたしたというようなケースでは、抗がん剤とX線照射が標準治療になりますが、患者さんの希望により陽子線治療を行うこともあります。
それから、首から上のがんが手術後に再発した場合に、陽子線治療の適用になることはあります。首から上のがんは、首から下に転移することがきわめて少ないんです。つまり、首から上で勝負が決まるので、これを何とかするのは私たちの使命だと考えています。

鎌田 それじゃ、大腸がんで肝臓や肺に転移したような場合は、陽子線の適用ではないと。

荻野 はい、そうですね。

鎌田 でも、はじめの頃はそういう相談が多くなかったですか。

荻野 もう、ほとんどそうですね。いわゆる末期がんの方が藁にもすがる思いで、というケースばかりでした。

鎌田 今はイメージが変わってきたと思います。少なくとも、敷居は高くないわけですね。

荻野 全然、低いですよ。

鎌田 開業医の先生が直接がんセンターに電話をしなくても、紹介状と検査資料を貸してくれさえすれば、患者さんのご家族が直接病院に持って来られるのですね。

荻野 検査結果は絶対必要ではありませんが、これがないと検査をもう1度受けていただかなければなりません。それは患者さんに負担を強いるので、できれば持ってきてほしいということです。完全予約制ではありませんから、予約外でも診察が受けられますし、決して敷居は高くないと思いますよ。

鎌田 門戸は開かれているということですね。心強いです。今日はありがとうございました。

(構成/半沢裕子)


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