鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 東大病院放射線科助教授・中川恵一 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實


発行:2006年10月
更新:2019年7月

手術と併用すれば、人工肛門を避けられる可能性も

中川恵一さん

鎌田 肛門近くに腫瘍がある直腸がんでは、放射線を先に当てると、人工肛門にしなくてすむ確率が少し高まる、と書かれていますが?

中川 直腸がんは腺がんなので、放射線だけではむずかしく、手術の治療成績がいいため、手術を中心に考えます。ただ、腫瘍が肛門に近い場合、お尻側に手術の糊しろがない。このときに、放射線でがんを小さくできると、糊しろができて、人工肛門が避けられるんです。
また、そもそも手術ができない大きな直腸がんのたぶん7割くらいも、放射線を先に当てると手術ができるようになります。

鎌田 そうした大きいがんでも、そこから完治ということがありえるんですか。

中川 あります。

鎌田 すると、人工肛門になりそうだといわれたら、放射線治療を加えてほしいということを、患者さん側から言ったほうがいいですか。

中川 もちろんです。

鎌田 頭頸部がんも術前の放射線が望ましい?

中川 頭頸部がんは扁平上皮がんですから、放射線単独や化学放射線治療がむしろ主役です。

鎌田 術中の放射線というのもよく聞きますが、たとえばどういう疾患が対象になりますか?

中川 膵臓がんが代表ですね。エビデンスがなく最近少し下火ですが、痛みがいちばん早く取れるので、痛い場合は、手術のときに放射線を加えます。ただし、照射室を滅菌するなど、すごく手間がかかるわりに、保険点数が1回につき3000点、つま3万円と安すぎます。

鎌田 ということは、膵臓がんに放射線治療をしてくれるところは少ないでしょうね。

中川 術中照射という点ではそうです。ただ、たとえばアメリカで、膵臓がんのスタンダードは、化学放射線治療です。

痛み物質サイトカインの放出を放射線が抑える

鎌田實さん

鎌田 骨転移があって痛むとき、内科医は放射線科に相談します。それは正しい?

中川 正しいです。ただ、最近は骨吸収抑制剤(ビスフォスフォネート)のゾメタが有効ですので、まずゾメタによる治療ですね。それでも痛む場合に、放射線で治療する。組み合わせでいろいろで���ると思います。

鎌田 そういうときは、何回くらい当てるの。

中川 すごく患者さんの状態が悪い場合には、8グレイを1回ということもあります。
そもそも、骨転移が放射線で痛まなくなるのはなぜでしょうか。がんが小さくなるためもありますが、8グレイを1回やっても、がんはほとんど小さくなりません。じゃ、なぜ痛みが取れるかというと、サイトカインの放出を抑えるからです。サイトカインとはご存知のように、痛み神経を刺激する痛み物質ですね。

鎌田 へえ。おもしろいねえ。放射線治療と免疫って、すごく関係があるんだねえ。

中川 サイトカインは直接の免疫ではありませんが、そうしたホメオスタシス(恒常性)というか、全体的な状態の改善に、放射線がかなり有効です。

鎌田 あと、乳がんや肺がんは脳に転移しやすいがんですが、脳に転移しても、まだ全身が元気で、もうしばらくいい時間が過ごせそうだと思うと、ぼくらはガンマナイフなどによる治療を提案します。これはどうですか。

中川 まったく正しいと思います。がんと神経細胞は相性が悪いんです。がんが脳に転移しても、神経組織との境が非常にはっきりしていて、しみこまない。そして、がんと正常細胞が完全に区別できれば、放射線はがん細胞に対して無限にかけられるわけで、治ることになる。転移性の脳腫瘍は、実はまさにその好例のような病巣なんですね。
脳転移の場合は、前頭葉や後頭葉の小さなものはともかく、症状を起こすと全然違う人格になってしまいます。ですから、ぼくは脳転移については積極的にやっています。

鎌田 内科医としては、食道がんの末期の方にも放射線を勧めたいのね。ご本人も家族も「もういい」と思いがちですが、食べることは最後の喜びにつながるし、唾すら飲み込めずに外に出しているのを見ると、ぜひやってほしいなと。

中川 それも正しいと思います。食道がんは最近、化学放射線治療が手術とほとんど同じ成績を出しています。今、おっしゃったのは根治ではなく嚥下機能の保存ですが、それも期待できます。

鎌田 費用的には早期の食道がんだったら、放射線治療にどのくらいかかるんですか。

中川 たぶん1回1万円、高くて1万5000円くらいですね。それを30回やったとして50万円くらい、自己負担はその3割ですから、15万円くらいだと思います。

鎌田 手術は? 100万円くらい?

中川 高いですよ。手術と放射線が同等の効果があるところでは、すべて放射線のほうが安いんです。放射線治療全体の年間の売上げは440億円で、抗がん剤は3500億円。ホルモン剤のリュープリンなど、1つで売上げ600億円ですよ(表8参照)。もっと放射線をしても、ばちは当たらないと思います。

鎌田 最近は重粒子線や陽子線についても聞かれますが、通常の放射線治療とはどう違いますか。

中川 陽子線と重粒子線の共通点は、ピンポイント性が高いことです。重粒子線と陽子線の違いは何かというと、ピストルと大砲です。X線と陽子線が効かないものに対し、重粒子線は効くことがある。たとえば、肉腫はX線も陽子線も効きにくいけれど、重粒子線は効きます。
肺がん、乳がん、前立腺がんなどは、エビデンス・レベルで違いはありません。それでも、ピンポイント性をふくめ、陽子線のほうがいい点はたくさんある。ですから、お金があるなら、検討してはいかが、という感じです。ただ、「お金を払ったがあまり差がない」と感じるリスクを承知のうえで、ご自分で選んでいただくと。

[表8 がん治療の売上げ]
2000 2001 2002 2003 2004
抗がん剤 1,740 1,904 2,343 2,700 3,085億円
リュープリン 465 531 551 568 597億円
放射線治療 430 436 442億円
米国 6,240 7,700 8,900 10,160 11,690億円

早期から緩和ケアを取り入れた治療を

写真:中川さんと鎌田さん

鎌田 先ほど、末期のがんに対して放射線治療はかなり有効というお話をうかがいましたが、一方、ぼくは早期の段階から緩和ケアの入った治療を行うべきではないかと考えています。この国には極端に闘う医療だけがあり、ぎりぎりまで引っ張って引っ張って、最後に見放すため、がん難民が生じてしまいます。そうではなく、早期のときから、どう緩和ケアを組み込めばいいか、そのへんをお聞きしたいと思います。

中川 それは本当に必要なことだと思います。先にも言いましたが、日本人はずっと生きるつもりで生きているんですね。医者も患者も死は悪と考える中で、がんを告げられてはじめて「おれは死ぬのか」と思う。そのときに、非常につらい思いをするわけです。ですから、スピリチュアルなサポートが必要ですが、今は告知からして非常に荒っぽくなっている。
しかし、日本の緩和ケアは本当にまだまだなんです。東大でも6年間の医学教育の中で、たった3時間ですよ。

鎌田 ほう。東大で? もっとも先生のご本にも、モルヒネの使用量がカナダやオーストラリアの7分の1とか、出てきますね。

中川 日本は医療用麻薬の使用が、アジア、アフリカをふくめた世界の平均以下です。アメリカと比べると、1人頭の使用量が20分の1。

鎌田 要するに、医師たちが患者さんにがまんさせている。

中川 そうですし、社会全体にそういうムードがある。で、モルヒネを使うと中毒になるとか、寿命が縮まるとかいわれるわけですが、医学的な話としては、たぶん寿命は延びると思います。

鎌田 うん、延びるよね。

中川 痛くなければ食べられるし眠れるし、仕事もできる。当たり前なんですけれどね。

鎌田 今回、緩和ケアまでじっくりお聞きしたかったのですが、時間が尽きてしまいました。でも、読者は放射線治療について知りたがっていましたから、非常によかったです。どうもありがとうございました。

(構成/半沢裕子)


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