鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 千葉県がんセンター長 竜崇正 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
将来は「放射線外科」も
鎌田 放射線や化学療法も最先端の治療技術は、以前とは比較にならないほど進んでいますね。
竜 放射線では、照射精度の向上には目を見張るものがあります。たとえば脳腫瘍では高線量のガンマ線を集中的に照射するガンマナイフによる治療技術が格段に進歩しており、患者さんへの負担がずっと小さくなっている。千葉県がんセンターでも、前立腺がんの場合などはコンピュータ制御システムを用いて、腸をよけて腫瘍だけに放射線を照射する治療(IMRT=強度変調放射線治療)が現実に行われています。喉頭がんや咽頭がんで、手術なら失声するケースが放射線と抗がん剤を組み合わせた放射線化学療法で、機能を温存できるようになっている。優れた機械、システムが導入されたおかげで患者さんはもちろん、医師にとっても「ありがたい時代」が到来しているんです。
鎌田 放射線治療に関して言えば、現在の主流であるX線に変わる存在として重粒子線や陽子線が注目を集めていますね。重粒子線の治療装置は千葉の放医研(放射線医学総合研究所)などで導入されており、肺がんに対する治療効果が評価されていますね。
竜 重粒子線は世界で最初に放医研に設置され、現在は、兵庫県の粒子線医療センターとアメリカの病院に1台が置かれ、合わせて3施設で稼働していますね。適用範囲としては、肺がんは種類を問わず使えますが、リンパ節に転移があると難しい。その場合は抗がん剤+手術というのが私たちの標準治療です。肺がん以外では小児の網膜腫瘍にも効果があがっています。従来の放射線なら失明するところが、重粒子線なら腫瘍だけを狙い撃ちできるので、視力を失わずに済むのです。
他に脳腫瘍、頭頸部、肝臓などのがんに重粒子線に適用が可能で、肝臓がんの場合には95パーセントまで局所制御できることがわかっています。ただ重粒子線の場合は導入に人工衛星1台分の資金が必要だし、利用の際には呼吸制御が必要なので、あまり多くの人は利用できないかもしれません。
一方、陽子線はこの重粒子線の小型版というべき存在で、重粒子線ほどのパワーはないけれど局所制御機能は変わらない。導入にそれほどお金もかからないこともあってか、すでに国立がんセンターや筑波大学など7、8カ所で導入されています。現実的に考えれば、こちらのほうががん治療への導入は早いでしょうね。いずれにせよ近い将来にはこれらが従来のX線に取って代わり、放射線外科という診療科目ができるでしょうね。
鎌田 たとえばガンマナイフなどはその名称から、外科治療と勘違いする方もおられますが、それが現実になるわけですね。
竜 そうです。ただ放射線の場合は、肝臓などの実質臓器の治療には向いていますが、胃や腸などの管腔臓器の治療には適していない難点もある。管腔臓器に放射線をあてると、臓器の壁に穴があき、いろんなトラブルが発生する危険があるんです。放射線治療を拡大していくには、適用範囲の明確化が条件になるでしょうね。
様変わりしてきた抗がん剤治療
鎌田 抗がん剤治療も最近になって様変わりしていますね。私自身も7、8年前までは抗がん剤治療に抵抗を感じていましたが、何年か前に抗がん剤治療専門の腫瘍内科医を招いてからは考えが変わりました。最近では国内外を問わず、優れた薬が出てきているし、使い方しだいでは、やっかいな副作用をコントロールすることもできる。この抗がん剤治療も含めて、個々のがん治療の現況を教えてください。まず、先生の得意分野である肝臓がん治療からお願いします。先生は手術適用のボーダーラインとして3個、3センチ以内とおっしゃっていますね。
竜 おっしゃるとおりです。では3個以上、あるいは3センチ以上の腫瘍がある場合にはどうするか。いくつもの選択肢の中で最近の主流になっているのが、日本で高度化した肝臓動脈塞栓術と呼ばれる治療法です。がん細胞に血液を送っている動脈を縛ることで、言わば兵糧攻めにしようという方法です。
また、これも日本で開発されたものですが、患部に針を刺してがん細胞を焼き切る治療法にも期待が持たれています。以前はアルコールを入れていたが、今は、ラジオ波を照射する方法が広まり、超音波を用いる方法も試みられている。肝臓がんだけでなく、乳がんや前立腺がん、子宮筋腫にも超音波治療が使われ好結果を残しています。
鎌田 そうした多様なメニューがあれば当然、患者さんの多様なニーズにも対応しやすくなりますね。ところで腫瘍が3センチ3個以内の場合には移植も選択肢の1つですね。日本人にはなかなか移植という発想が出てこないものですが、現実にはかなりの頻度で生体肝移植が行われていますね。
竜 現在では肝臓がん治療の中でもっとも成績が上がっています。これは肝臓がんの原因となる肝炎ウイルスを抑える薬剤が登場したことによるものです。肝移植をしても、肝炎ウイルスが残っていると、再発するケースが多々ありますからね。千葉県がんセンターでも移植の実施に向けて準備を進めています。このように現在では肝臓がん治療にもさまざまな選択肢が用意されている。肝臓がんは治らないと言われた時代は過去のことになったと言っていいでしょう。
鎌田 なるほど。ところで肝臓がんではどんな抗がん剤が使われているのでしょうか。
竜 動脈を介して5-FUとシスプラチンを少量投与する治療が効果をあげています。塞栓療法よりもこちらのほうが成績がいいくらいですね。
鎌田 再発の場合の治療はどうでしょう。肝臓がんの場合は再発率が3分の2にも達していると聞いていますが……。
竜 3分の2どころではありません。私の実感で言えば、ほとんど再発すると言ってもいいくらい。ただ再発しても5年生存率60パーセントだから、そんなに予後が悪いとも言えません。その数値をさらに引き上げようと、千葉県のがん診療拠点病院を結集してC型肝炎ウイルスを抑えるインターフェロンの臨床試験を7月から行う予定です。
鎌田 再発を防ぐには元を断つ必要があるということですね。ところで再発と言っても肝臓がんの再発だけでなく、他の部位のがんが転移しているケースもあります。その場合の治療はかなり難しいと言われていますね。
竜 確かにそのとおりですが、治療の方法がないわけではありません。原発がんに抗がん剤が効くものなら、動脈を介して抗がん剤を投与する方法も考えられる。それに大腸がんが転移した場合には高い確率で改善するし、胃がんの場合にも腹膜転移さえなければ、10~20パーセント程度の確率でよくなりますね。ただ膵臓がんなどからの転移はやはり非常に難しいと言わざるを得ないのも事実です。
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