鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 千葉県がんセンター長 竜崇正 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
「膵臓がんは治らない」時代は終わった
鎌田 今、膵臓がんの話が出ましたが、膵臓がん自体は治らないがんとして知られていますね。現在の治療実績はどんなものなのでしょう。何年か前に先生が書かれた本では、先生は15人の膵臓がん患者を手術で治したと書かれていましたね。
竜 何百人もの患者さんを治療して、その程度ですからね。治癒の目安とされる5年生存率は8パーセントといった程度でしょうか。中には20、30パーセントと言っている医師もいるようですが、分母の取り方で数値は自在に変わりますからね。
鎌田 主たる治療法はやはり手術ですか。
竜 そうですね。私の経験で言えば治っている人は全員が手術をしています。ただ、その場合でも抗がん剤を使うとより効果があがると考えられる。ある患者さんは膵臓がんで動脈に浸潤があり手術は難しいと判断しました。そこでジェムザールと日本で開発されたTS-1という抗がん剤を使用した。すると腫瘍が大幅に縮小したので手術で腫瘍を摘出したところ、3年以上経過した現在も再発はありません。他にも同じようなケースが何例かありました。この方法は将来的には標準治療となる可能性もあると思います。
鎌田 ジェムザールはよく効きますね。僕自身もジェムザールを投与して、膵臓がんでもこんなに元気で長生きできるのか、と驚かされることがある。当初は半年程度の余命と思っていたのが、1年以上たっても元気に働いている人もいます。
竜 最新の報告でインターフェロンを加えると、さらに効果があがることが確認されており、私のところでも1度、試してみようと思っています。こうしてみると、膵臓がんだから治らないと短絡的に判断する時代は終ったと言っていいでしょうね。
鎌田 胃がんは早期なら内視鏡で治るし、進行がんでも治療成績は上がっている。さらに最近では抗がん剤も使えるようになっている。胃がんには抗がん剤は効かないと言われていたのに、何が変わっ���のでしょう。
竜 やはりいい薬が出てきたということでしょう。この場合も前にあげたTS-1ですね。従来の抗がん剤治療でも進行胃がんの患者さんの余命を2年程度は延ばせていました。ただその場合には副作用で体はボロボロになっていた。しかしTS-1なら元気な状態で、同程度、余命を延ばせます。実際TS-1+ロイコボリンという抗がん剤治療は標準治療にもなっていますね。
鎌田 胆嚢がんも先生のご専門の領域ですね。
竜 このがんは抗がん剤が有効で、5-FU+シスプラチンがよく効きます。手術では胆嚢だけでなく、転移しやすいリンパ節、神経周辺、それに肝臓をよく調べて、必要に応じてしっかり削除することが基本ですね。胆嚢は胆嚢静脈を通じて肝臓の門脈につながっており、がんもそのルートで転移することが多いんです。
鎌田 胆嚢がんは予後がよくないですね。先生のようにきちっと転移ルートをふまえた治療を実践すれば、もう少し状況がよくなるように思えます。
竜 おっしゃるとおりですね。ただ胆嚢がんについては、国家としての治療方針が明確化されていない事情もあるんです。膵臓がんや肝臓がんではある一定の指針が定められている。そろそろ胆嚢がんについてもしっかりした方向性を打ち出す時期に来ています。
鎌田 大腸がんは最近急増していますが、治療成績は良好ですね。治療で手を尽くした分だけ確実に状態もよくなっていく。抗がん剤でもステージ3の患者さんに認められている5-FU、アイソボリンとオキサリプラチンの併用治療(FOLFOX)が効果的ですね。ただ、わからないのはステージ2の患者さんの術後の再発予防として、世界的にはスタンダードになっていない5-FUの単独投与が行われていることです。この方法にどれだけの意味があるのか。
竜 手術後の再発予防や手術の併用治療としての化学療法の有用性が証明されていないものは多い。これはこれまでの薬の使い方に問題があったということです。日本では医薬品メーカーの要望に応える形で薬が使われる結果、系統だったスタディ(研究、検討)が行われなかった。これからはそうした風潮を改めてキチッと効果を証明していく必要がありますね。
それに抗がん剤で言えば保険適用外とされている薬がよく効く場合が少なくない。そうした場合も医師はスタディとして使っていく必要があるでしょう。そうしてスタディがまとまればキチッとした形で報告すればいい。現在は保険適用外の薬は日本の薬であっても、海外からの個人輸入という形でしか使用を認められていない。日本の薬を海外から取り寄せなければ使えないのだから患者さんには申し訳ないとしか言えない状況です。
進行がん、再発がんだからといってあきらめる必要はない
鎌田 これまで見てきたもの以外でもたとえば悪性リンパ腫に対するリツキサン、慢性骨髄性白血病にも消化管の間質性腫瘍にも劇的に効くグリべック、さらには多発性骨髄腫に対するサリドマイドなど、いろんながんに対して有効な薬剤が出てきていますね。もっとも大半のがん患者さんは化学療法と言うと、抗がん剤イコール副作用というイメージがあり、それだけで拒絶反応を示します。せっかくいい薬があるのにもったいない話ですね。これは何とかならないものでしょうか。
竜 一昔前までの抗がん剤治療はたしかにひどかった。今のがん患者さんは、前にご自分の両親などが抗がん剤の副作用に苦しむ姿を見て、それが一種のトラウマとして作用しているんですね。このトラウマを払拭するためには、われわれがん専門医が化学療法の利点や効用をしっかりと説明していかねばなりません。医療が商品であるならば、商品の長所を伝えなければならないのに、最近は訴訟を恐れて悪いことばかり伝えたがる。
鎌田 がん専門医なら誰でも奇跡的に効果があった症例をいくつかは持っていると思うんです。そうしたケースをもっとアピールしてもいいような気もします。
竜 そうですね。それにもう1つ患者さんに化学療法の効果を理解してもらうには、明確なエビデンスを確立することも重要でしょう。そのためには医療施設の協力体制が不可欠なのに、日本ではかつての小藩分裂の時代のようにお互いが牽制しあっている。それでせめて千葉では協力体制を強化しようと、一般病院も含めたがん治療のネットワーク化を進めているんです。これは地域が1つの病院として機能するということです。実現すれば患者さんに安心できる医療を提供するうえでも大きなメリットがあるはずです。

もう、進行がんだから、再発がんだからあきらめるという
時代ではありません
鎌田 とても大切なことですね。最後にこの記事を読まれている患者さんやご家族にメッセージをお願いします。
竜 抗がん剤はもちろん、手術や放射線治療でも医療技術は長足の進歩を遂げ続けています。もう、進行がんだから、再発がんだからあきらめるという時代ではありません。
最近、流行になっている免疫療法も大切ですが、まずは当たり前の治療をしっかり受けていただきたい。それに応えるだけの医療基盤はすでに整えられていると確信しています。
(構成/常蔭純一)
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